第82話 キュウギタイカイ
夏休み明けから1週間が過ぎた
久しぶりの授業に加え、球技大会の実行委員として当日に向けた準備なんかの仕事が重なり、俺はなにげに忙しい日々に追われていた
臨時の委員会活動でこれなんだから・・・常設の委員会や生徒会の役員なんかをやってる奴らにはホント頭が下がる
「お疲れ~、義川くん。いよいよ明日だね~。明日の本番さえ終われば、ようやくこの忙しい日々からも解放されるね」
定例の放課後の会議が終わり、一緒に会議室から出たユミが隣を歩きながらそう言ってきた
「そうだな。明日でやっと・・・っていうか、準備の仕事もほとんど俺がやってて、お前はろくに仕事してねーだろ!」
俺は同意しかけたセリフを途中からツッコミに代える
去年同じクラスだった時もそうだったが・・・ユミの奴、面倒な仕事は全部俺に押し付けてきて自分はいつもラクなことしかしていない
「えー、そんなコトないと思うケドな~」
俺の非難に視線を逸らし、のらりくらりとした返事を返すユミ
「そんなことよりさー、明日の放課後パーっと打ち上げしない?ファミレスとかで。委員会お疲れさまーってカンジで」
都合の悪い話題をさっさと打ち切り、自分勝手な提案をしてくるユミ
「ほら~、こないだ駅前にオープンした店あるじゃん。今朝入ったチラシにクーポン券が付いててさー」
相手のことなどお構い無しにしゃべくるユミに対し、げんなりとした目を向けていた俺だったが・・・
反対側の視界の端
通りかかった教室の前、その扉が音もなくスッと開くのが見えた
次の瞬間、その隙間から伸びてきた手に二の腕を掴まれた俺は、声を上げる間も無くそこへと引っ張り込まれる
ドサッ
「うぐ!?」
尻餅をつく形でしこたま腰を床に打ち付けた俺は痛みに息が止まる
俺をそんな目に会わせた張本人はというと・・・外の様子を伺うようにドアに耳をへばりつけていた
その人物とは・・・言うまでもなく園崎だ
俺はこの乱暴な仕打ちに文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけたが・・・そこで再び息が止まる
顔を上げた俺の視線はちょうど斜め下から見上げる形となり・・・
こちらに腰をつき出すような体勢になった園崎の・・・
スカート内部が一望できる状態になっていた
白くすべやかな太ももはもちろんのこと、その奥にあるミントグリーンの下着までもが余すところなく・・・
被った被害に対する対価としては十分過ぎる見返りと言えた
園崎は廊下側に意識を向けている
俺は園崎の乱暴を糾弾することから、全神経を集中してガン見することに方針を転換した
柔らかな丸みを帯びた愛らしいお尻
少し下着が食い込んで、右側の尻肉が僅かにハミ出しているのが物凄くエロい
しかも両脚が軽く開いた状態になっているため、股の部分までもがよく見えて・・・
布地表面によったシワの形が、その内側にある部位のカタチを連想させてくる
俺は息を止めたまま、眼球から送られてくる視覚情報を8Kの最高画質で脳の記憶領域へと刻み込んだ
「でさー、チョコレートパフェがけっこー美味しそうで・・・って、ありゃ!?いない」
ドアの向こうからユミの困惑した声が聞こえた
「ちぇー、また逃がしたかー。なんか昔より逃げ足早くなってるなー」
ぶつぶつとした呟きとともにユミの足音が遠ざかっていく
「・・・フン、やっと行ったか」
扉の隙間からユミが去ったのを確認した園崎が振り返る
俺は瞬時にあさっての方向へと視線を逸らした
「済まなかったな。急に引っ張って」
そう言いながら園崎はバツが悪そうに目を泳がせた
「・・・いや、まあ、別に・・・おかげで等価交換以上の見返りが得られたし・・・」
「うん?」
ぽろっとこぼした俺の言葉に怪訝そうな顔をする園崎
「いや、なんでもない。こっちの話」
「そうか?」
俺の性欲まみれの視線に晒された事になど気付きもせず、きょとんとした顔をする園崎
そんな園崎に、俺は今さらながらに罪悪感を覚える
「それより、いつまで座ってるんだ経吾。まさか・・・どこか痛めて立てないのか?」
心配そうな表情で俺を覗き込む園崎に、さらに罪悪感が募る
「いや、その、立ってるから立てないというか・・・いやいやいや、なんでもない。・・・収まるまでちょっと待ってくれ」
「うん?」
俺の不振な言動に園崎は小首を傾げるが、
「まあいいや・・・、座って話そ」
そう言いながら俺の隣へとしゃがみこんでくる
ふんわりと動いた空気が、園崎の甘やかな香りとともに鼻先をくすぐってきた
「今日は随分と遅かったじゃないか」
唇を尖らせ、拗ねたように言う園崎
何か塗っているのか・・・その唇は濡れたように艶めいていて実に扇情的だ
「えっと・・・、明日本番だし。細かい打ち合わせとか、最終確認とか・・・色々やってて、遅くなった」
俺は挙動不審になりながら言い訳のようなセリフを口にする
「・・・ずっとボクの事ほったらかしにして・・・あんな女と・・・」
ブツブツと不満を口にしながら爪を噛む園崎
ずっと『部活』をしてないことでかなりフラストレーションが累積してるみたいだ
「それにしても忌々しい学校行事だ・・・いっそ何らかの手を使って中止せざるをえない状況に・・・」
物騒な呟きを漏らし始める園崎
その身体からは次第に仄暗い負のオーラが立ち上ぼり始めていた
いかん
このままでは学校にテロをほのめかす不審な電話がかかって来てしまうかもしれん
「園崎」
俺は園崎の名を呼びながらその両肩に手を置いた
そして多少強引にその口唇へと・・・自分の口唇を重ねる
驚きに一瞬、目を見開く園崎
しかし、その瞼はすぐにそっと閉じられた
今更説明の必要もないだろうが・・・これは園崎の淀んでしまった精神を『中和』するための術式だ
明日行われる球技大会
俺はその実行委員だ
委員として俺は明日の大会を安全に運営する責任がある
テロルの可能性が少しでもあるなら、それを未然に防ぐのは実行委員として当然の義務だろう
そのためには、これはやむを得ない措置なのだ
俺は何かに自分自身の行為の正当性を訴えながら、園崎の口唇の隙間へと舌を差し入れていった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
秋と呼ぶにはまだ早い9月初旬
今日は球技大会当日だ
幸い、開催中止を求める脅迫電話なども無く、大会は無事スタートした
これも偏に園崎が闇落ちしないよう、特に念入りに『中和』をした俺の人知れぬ活躍の結果と言えよう
それはそれとして・・・
本日の球技大会、種目は大きく分けて3つとなっている
男子によるバスケ、女子によるバレー
そして男女混成によるソフトボールである
主審は教師と運動部所属の実行委員が行うが、俺みたいな運動部じゃない委員は副審その他、点数の記録や道具の準備、選手の召集などで・・・なにかと忙しい
それに加え自分の試合もあったりして、ずっと動きっぱなしという感じだ
ちなみに俺はバスケ、園崎はソフトボールへと振り分けられている
もっとも園崎は補欠扱いではあるが
しかし去年の球技大会はサボったというし、休まず来たというだけ大きな進歩じゃないだろうか
開会式のあとバスケ、バレー組は体育館、ソフトボール組はグラウンドへ移動となった
俺と離れてしまうため、園崎は移動を渋っていたが、ソフトボールの総監督に就任したホヅミ先生により無理矢理引き擦られていった
ソフトボール組にはタナカや委員長もいて色々と不安が残るが・・・まあ大丈夫だろう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先輩、委員のお仕事お疲れ様です」
体育館の中、ひと仕事終えて休憩していた所にそう声をかけられた
振り向くと・・・鼻の頭を真っ赤にしたサクマが笑顔で立っていた
「よお、お前の方こそ大活躍だったじゃないか」
「いやー、お恥ずかしい。照れ照れ」
俺が称賛するとサクマは頭を掻きながら照れた
直前に行われたサクマの出場したバレーの試合
1年生対3年生という、クジ運が悪いとしか思えない試合は、1年生の勝利という番狂わせの一番となった
その立役者がなんとこのサクマなのだ
「鉄壁のガード・・・っていうか鉄壁の顔面だったな」
サクマの顔面ブロックは守備率10割を誇り、紛うことなき『鉄壁』だった
最初の一発目を顔面に受け、『げこ!?』という潰れたカエルのような声を出した時、相手チームやギャラリーからは失笑が漏れていたのだが・・・
それが2発、3発と続くうち、誰しもの顔から笑いが消えていき、場にいる全員が戦慄を覚えた
あれだけボールを顔面に食らったら鼻骨が折れてても不思議ではないと思うのだが・・・
目の前に立っているサクマは鼻の頭が赤くなっている程度で鼻血すら出していない
どんだけ頑丈なんだ?
「いやー、わざとやってるわけじゃないんですけど・・・どーしても目測を誤ってしまうんですよねー」
そう言って『てへへ』と笑うサクマに、俺は複雑な笑みを返すしか出来なかった
そんなところに、どこかから俺を呼ぶ声が耳に届いた
声の方を見やると体育館の向こう側でユミが手を振って叫んでいる
「義川くーん、仕事ー。なんか予備のボール取ってこいだってー」
「あー、わかった。今、行く。・・・じゃーな、サクマ」
俺はそう言ってサクマと別れ、ユミの方へと向かった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボールを取りに行く先は校庭の隅にある体育倉庫だった
体育館から外履きに履き替えて外に出る
ソフトボールの試合が行われているグラウンドを横目に見ながら、俺とユミは二人でそこへと向かった
体育倉庫はコンクリート製の四角い建物で扉は金属製だ
その重い引き戸を半分くらい開け、中に足を踏み入れる
内部は薄暗く、湿気を含んだ独特の匂いがした
「うわっ、チョーク臭っ!」
あとから入ってきたユミがそう言って顔をしかめた
チョークっていうか、ライン引くとき使う石灰の匂いだよな
「ラブコメとかマンガとかでさー、体育倉庫の中でーみたいな展開よくあるけど、実際こんな臭いとこでとか、ありえないよねー」
「ああ、男女二人で閉じ込められたりするパターンな」
俺がそんなことを言った時だった
背後でバンッと引き戸が大きな音を立てた
まさか、本当にいきなり閉まって閉じ込められた!?
俺は慌てて振り返るが・・・
扉は心配とは逆に、全開になっていた
外からの逆光の中、それを開けた人物が両腕を広げた体勢で立っている
ハアハアと肩で荒い息を吐くその人物は・・・ジャージ姿の園崎だった
「えーと・・・園崎?」
俺は状況が飲み込めず、困惑するばかりだ
「・・・二人で歩いてるのが見えたから慌てて来てみれば・・・貴様らこんな如何わしい場所で何するつもりだ!」
鬼の形相でそう吠える園崎
「いやいやいや、委員の仕事でボール取りに来ただけで・・・ってゆーか体育倉庫は別に如何わしい 場所じゃねえぞ」
「そんな言葉が当てになるか!体育倉庫だぞ?体育倉庫!どんなハプニングイベントが引き起こされるか分かったもんじゃないだろう!それをこんな女と!ボクだってまだ一度も経吾と体育倉庫になんか入ったことないのに!!」
えらい剣幕で捲し立てる園崎
いやいやいや、どんだけ体育倉庫に思い込みあんの?ここはイベント発生の特異点なのか?
「あははは、噂通りエキセントリックな子だねえ」
そんな園崎にユミが笑いながら感想を述べる
「とにかく、早くこんな場所から出るんだ!」
「ちょ、待っ・・・うわっ!?」
「え?・・・きゃ!?」
急に腕を取られ、強引に引っ張られた俺はバランスを崩し・・・足元にあった何かに足を取られた
そして、そのまま園崎を巻き込む形で転倒してしまう
ボフッ
幸い、倒れた衝撃は予想していたより遥かに少なかった
どうやら偶然にも倒れた所はマットの上だったようだ
とっさにその身体を避けて両手両膝をついたが、それでも園崎は俺の下敷きみたいな状態になってしまっている
「だ、大丈夫か?園崎・・・!」
まぶたを開けると・・・目の前に園崎の端整な顔があった
断っておくが『倒れた拍子にお互いの唇がくっついてキスしてしまった』なんていうベタなラブコメのような事態にはなっていない
俺と園崎の顔はあとわずか数センチという距離で接触を回避していた
そもそも普通、倒れて顔がぶつかったとしたら、キスになるような丁度いい衝撃で済むはずがない
歯とかあるんだから、絶対当たった衝撃で唇が切れたりするのが当たり前だろう
そんな現実的なことを考えながら身を起こそうとした時だった
不意に園崎の顔が近づいてきたかと思うと・・・
ちゅ・・・
口唇が重なった
ちゅ・・・ちゅく・・・
舌が入ってきた
「・・・ふは・・・・・・こ、転んだ拍子に偶然くちびるがくっついちゃうとか・・・マ、マンガみたいになっちゃったね?」
口唇を離した園崎が小声でそう言ってきた
・・・え?
偶然?
転んだ拍子に?
・・・今、明らかに園崎の方から・・・
「二人とも大丈夫?おでことか、ぶつけた?」
後ろからユミがそう声をかけてきた
良かった。どうやら今のは死角になってユミの方からは見えてなかったようだ
「いや、大丈夫だ。どこも、ぶつけてない」
俺は平静を装いながら立ち上がる
「うん。ぶつけては、いないよね」
園崎が上半身を起こしながら意味ありげな言い方で俺の言葉を肯定した
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
色々あったが特に大きなトラブルもなく球技大会は無事閉会した
まあ、ソフトボールの試合で打席に立ったタナカが、いい感じに地面から跳ね返ってきた自らの打球をデリケートな部位に受けてしまい再起不能になってしまったくらいだ
目撃していたフジモリさんが顔を真っ赤にして笑いを堪えていたから結果としてはオーライだろう
良かったなタナカ、超ウケて
身体を張って笑いを取っていくそのスタイル、俺は嫌いじゃないぜ
ともあれ、やっと肩の荷が下りた俺は軽い足取りで校門へと向かっていた
「ふふん、明日からまた部活を再開するからな。・・・この一週間ボクをほったらかしにしてたんだ・・・覚悟しとけよ?」
隣でニンマリ笑う園崎の言葉に、俺の背中に冷や汗が伝う
「お、お手柔らかに頼むぜ?」
そんなやりとりをしながら校門を踏み出した時だった
「義川くんゲットー!!よーし、待ち伏せ成功!!」
そんな声と共に俺はいきなり腕を掴まれた
「ユ、ユミ!?」
掴んできた相手は、さっきまで一緒に片付け作業をしていたユミだった
『じゃーね、お疲れ様ー』とか言ってさっさと帰っていったはずなんだが・・・
「打ち上げしよーって言ってたじゃーん。へへー、いつも逃げられてたからねー。帰ったと見せかけてここで待ち伏せしてたんだよー」
ニッと歯を見せて笑うユミ
「ボクが裏をかかれただと・・・!?・・・クッ、委員会が解散したからと安心して・・・油断した・・・」
隣で園崎が苦虫を噛み潰した顔になる
「さー行こー。あたしチョコパ久しぶりー」
俺の腕を掴んだまま歩き出そうとするユミ
「ちょ!?なに勝手に連れて行こうとしてるんだ!」
慌てて反対側の腕にしがみついてくる園崎
・・・くっ、相変わらず凄い弾力だ。そして凄い牽引力だ。腕が肩から引き抜かれそうだ
俺は女子二人に両側から腕を引っ張られるという、男子としては羨ましがられるであろうシチュエーションを我が身で体験していた
その対価として、右肩の脱臼は高いのか安いのか・・・
俺が接骨院への通院を覚悟したときだった
「何をしているの?貴女たち・・・」
そこに現れたのは・・・
大岡越前・・・ではなく
委員長だった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
・・・なんでこうなった?
俺は自分の置かれた状況に困惑の念を禁じ得ない
今、俺が座っているのはファミレスの四人掛けボックス席
隣には園崎
そして向かいにはユミと委員長
何故か俺は男女比率1対3でファミレスに来ていた
「・・・悪いな委員長、なんか巻き込んじゃって」
俺が向かいの委員長に謝罪の言葉をかける
「べ、別に迷惑だとは思ってないわ。久しぶりに元クラスメイトと話もしたかったし」
そう言って委員長は隣のユミに少しぎこちない笑顔を向ける
「ちょーど、この割引クーポン券が四名様までご利用可、だったしねー」
ユミが紙切れをヒラヒラさせながらそう言った
隣に座る園崎はむくれた顔で前の二人に警戒した視線を送っている
それにしてもこの状況は落ち着かない
女子の中に男一人とか
これじゃまるで・・・
「まるでハーレム物の主人公みたいじゃないカ?やれやレ、暫く見ないウちにヘタレ主人公ぶりに磨きがかかってルようだネ。キヒヒヒ」
・・・この変なイントネーションの喋り方は・・・
嫌な予感に声の方へと振り仰ぐ
いつの間にか俺達の席の傍らに立っていたのは・・・
もう一人の中二病女、サツキメイだった
(つづく)
【あとがき】
皆様おはこんばんちは
お久し振りでございます。ちゃんと生きておりましたよー
仕事の方が忙し過ぎて色々と滞っておりますがこれかりも亀の歩みで進みますのでどうかよろしくお願い致します
それはそれとして・・・
こないだ『すぴんおふ』ってタイトルの短編をひっそりと投稿しております
(https://novel18.syosetu.com/n0549fv/)
よろしかったら、読んでやって下さい
エロ度高めモラル低めの18禁小説ですので18歳以上の方のみですが
まあ、いつものようにヘタレ男子がヒロインに振り回されるお話なんですけどね
感想など頂けたら幸いです
ではまた~




