第74話 Summer Date final part_01
目の前に園崎の端正な顔がある
瞼を閉じ、唇を軽く突き出した状態で
「けーごの『魔素』・・・少しわけて貰っても・・・いい?」
さっきのセリフとこの状態が意味するものは・・・考えるまでもなく『唇を合わせろ』ってことだよな?
マジか!?
昨日のことは奇跡的に訪れたレアイベント・・・あんなラッキー、そうそう無いと思っていた
忘れようにも忘れられないあの甘美な感触・・・
いつの日か・・・また味わってみたい
そんな贅沢な望みを抱いてはいた・・・だが、まさか昨日の今日でそれが叶うとは・・・!
再び舞い降りた幸運に全身を廻る血液が瞬時に沸き立ち、循環の速度を加速させていく
俺は衝動的に園崎へと両腕を伸ばした
だが・・・しかし、その身体へと触れる寸前、僅かに残った理性でブレーキをかける
改めて確認するまでもなく俺と園崎の関係は『恋人同士』などではない
愛という感情で繋がっている訳でもない男女が唇を重ねる・・・
そんな行為が道徳的に許されないのは言うまでもないだろう
園崎のこの行動は妙な方向に拗らせた中二設定によるもので、俺に対する恋愛感情からくるものではないのだ
それを判っていながらこれ幸いとそこに付け込み、自分の欲望を満たそうというのはあまりにも卑怯じゃないだろうか・・・
いつか・・・園崎の中二病も治る時がくるだろう
その時、彼女はこれらのことを思い返し、後悔することになるんじゃないか?
『中二病設定をもとに恋人でもない男子とキスを交わした』・・・なんて過去は、黒歴史としては最大級のものになりえる
ましてや昨日のアレは園崎にとっても初めてのものだという
つまりは・・・
ファーストキス
それは本来、女の子にとってかなり特別な意味を持つものであるはずだ
一生忘れられないほど大切な・・・
初恋の相手と交わした甘酸っぱい思い出・・・
そういうのが理想的な初キスというものだろう
それが中二病のせいであんな風に・・・
あんな・・・
『夕暮れのオレンジ色に染められ、煌めき輝く観覧車の中』
なんてシチュエーションですることになるなんて・・・
・・・
・・・・・・・・・・。
えーと・・・
いやいやいや、確かに思い返すとまるで少女マンガのハイライトシーンみたいだけどな
それこそ偶然とは思えないほど・・・まるで緻密に計算されつくしたかのようなベストタイミングの情景だったけどな
えーと・・・
いや、しかしアレだ
いくら恋愛映画のワンシーンとも見紛う見事な背景だったとはいえ、肝心の相手役がモブ代表みたいなこの俺だ
顔面偏差値の高い二枚目男子なら絵にもなるだろうが全国平均並の平凡な容姿でしかない俺なんかとじゃ美しい思い出になど・・・なるべくもないだろう
とにかくだ
いまさら昨日のことを無かっことに出来ないが、せめてこれ以上『黒歴史』を重ねるのを回避させることはできる
俺が本当に園崎の事を思うなら今度こそ自分の欲望に抗い、ここは踏み止まるべきだ
そして、園崎が思い込み、拗らせている中二設定を改めるよう教え諭すのが親友としてのあるべき姿だろう
俺の中にある良心とでも呼べる意識が、そんな模範的行動指針を提示する
だが、それを行動に移せるかどうかは別の話だった
水菓子を思わせるような質感で濡れ光る唇
それが『どうぞ召し上がれ』とばかりに目の前に無防備に差し出されているのだ
俺のそんな偽善的で薄弱な決意など軽く吹き飛ばすほどの破壊力があった
どんなに理性でコントロールしようとしてもオスとしての本能はそこにむしゃぶりつくことを求めている
今の俺にはこうして踏み止まるだけで精一杯だ
「けーご?」
動きを止めたまま、なんの反応もない俺を不審に思ったのだろう
園崎が閉じていた瞼を僅かに開き、怪訝そうな眼差しを向けてくる
吸い込まれそうな綺麗な瞳
それが・・・不意に曇った
「もしかして・・・嫌?・・・・・あたしと・・・するの・・・」
「・・・え?」
まるで想像もしていなかったセリフに俺は二の句を継ぐことも出来なかった
いつまでも行動に移さない俺の態度を『自分を拒絶してる』って勘違いしたのか?
「けいごに・・・拒まれたら・・・あたし・・・・つらいよ・・つらくて・・・せつなくて・・・・胸が・・・くるしい・・・」
眉を歪め、今にも泣き出しそうな表情でそう訴える園崎
っ・・・そうか
時に精神的な思い込みが肉体に影響を及ぼすことはままある
『病気かもしれない』と心配するあまり、そのストレスで本当に病気になってしまうように・・・
思い込みの激しい園崎のことだ
『自分は魔力が欠乏した危険な状態だ』・・・・なんてことを思い込むあまり、本当に具合が悪くなってきたのかも・・・
だとすれば園崎の望む通りのことをしてやらなければこのまま体調を崩すことになりかねない
そう・・・、俺がキスしてやらないと・・・
そんな欺瞞的な大義名分が俺の心を支配していく
例え未来の園崎が後悔することになったとしても・・・
今の園崎を救うため、俺は敢えてその罪を犯す
訳の判らない理屈でキスすることを正当化した俺だが、それを実行する上で懸念がある
―――俺はただ唇を合わせるだけで済ませられるのか?
昨日だって我を忘れ、夢中で園崎のことを求め続けてしまった
あの時、係員の女性に声をかけられなかったら、俺はさらにそれ以上の事をしでかしていたかもしれない
今日もそんなふうに我を失ったとしたら・・・
制御不能に陥った俺の指先が、園崎の胸や太もも・・・さらにはその奥に存在する神秘の部位へと魔の手を伸ばさないとも限らない
その危険性を排除しないうちは軽はずみなことは出来ない
・・・そうだ!
不意に俺の頭にひとつの対応策が閃いた
「園崎っ」
「・・・・・・え?」
俺の急な呼びかけに園崎が伏せていた顔を上げる
その双眸には今にも零れ落ちそうな涙が浮いていた
そんな園崎へと俺は右手を伸ばし・・・・その片方の手を握った
「え?・・・け、けーご?」
突然の俺の行動に戸惑う園崎
だが俺はそのまま捕らえた手の平を開かせると、その細い指の間へとそれぞれの己の指を滑り込ませ・・・ぎゅっと握った
「園崎も・・・・俺の手、強く握って」
「え?え?・・・・・・ふあぁああああ・・・・・・う、うん!」
俺の急な要求に園崎は一瞬面食らった顔をするが・・・・すぐに承諾すると俺の手を強く握り返してきた
よし、これで大丈夫だ
これは言わば園崎の手により拘束された状態
この指が解かれない限り、俺が不埒な行為に走る危険はないだろう
我ながらいい考えだ
後顧の憂いが無くなった俺は、園崎の要望に応えるべく行動に移す
「・・・園崎」
不安にさせたことを詫びる気持ちで、出来るだけ優しくその名を呼び顔を寄せると、どこかぼおっとしていた園崎がはっとしたように慌てて瞼を閉じる
俺はそんな園崎の唇に、なるべくソフトに・・・ゆっくりと唇を重ねた
触れた瞬間、柔らくふっくらとした感触が伝わってきて、俺は脳がじんわりと蕩けていくような感覚に陥る
重ね合わせた園崎の唇がゆっくりと開いていくのを感じた俺は、導かれるようにその隙間へと舌先を挿し入れた
え?
「・・・園崎、甘い・・・・・」
昨日とは異なる味わいを舌先に感じ、俺は思わず声を漏らした
「ふえ?・・・あ、・・・さっき、クッキーとか・・・色々、お菓子頂いてたから・・・・・・・・んむっ」
園崎の回答が終わるのも待たず再び唇を塞いだ俺はもっとその甘さを味わうべく、さらに奥へと舌を深く割り入れる
園崎が甘い・・・園崎が甘い・・・園崎が甘い・・・甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い・・・・
微かに鼻をくすぐるこの香りはシナモンだろうか
唾液はまるでシロップのように俺の舌を蕩かす
ちゅぷ・・・ちゅ・・・くちゅ・・・
園崎自体が上質な砂糖菓子になったような錯覚を覚え、俺はじっくりと味わうように舌を動かした
「・・・・・んむ・・・んぅ・・・・・」
園崎が喉の奥から微かな呻きを漏らす
それを耳にした時・・・俺はなんとか我に返ることができた
マズい
暴走しかけた
ちゅ・・・ぷ・・・・・
深く組み合わせていた口唇を離すと、
「ふ・・・にゃぅ・・・・・ぁ・・・・」
園崎が唾液まみれになった口唇から言葉にならない声を漏らした
その表情は酩酊したように紅潮し、目の焦点は微妙に定まっていない
やっちまった・・・
予想もしていなかった甘味を舌に感じた時、一瞬で理性が崩壊しかけた
今みたいなのは園崎の望むようなやり方じゃなかったはずだ
『園崎を諭す』のではなく、『その中二病に付き合う』と決めたからには、キッチリその役割を果たすのがスジというものだろう
ちゃんと・・・やり直そう
「園崎・・・」
俺が再び彼女に顔を近づけると、ぽーっとした表情をしていた園崎が慌ててその両目を閉じた
そして僅かに顎を上げると唇を突き出してくる
俺は慎重にその唇へと、もう一度己が唇を重ねる
「・・・・ん」
園崎が鼻にかかったような吐息を漏らす
繋いだままでいる手から、その指先がぴくんと動いた感覚が伝わってきた
・・・再確認するがこの行為は『園崎の魔力を回復させる為の術式』・・・という設定
つまり・・・『ヒーリング』・・・『癒し』だ
とすればそのやり方は、園崎が
『魔力が回復してる』
『心地好い』
『癒されてる』
・・・そう感じるような、優しく丁寧なものでなければならないだろう
俺はその事を心に置き、慎重に『術式』を開始した
重ね合わせた唇を優しくマッサージするようにむにむにと動かす
愛でるように・・・慈しむように・・・優しく・・・丁寧に・・・
しばらく唇でのその動きを続けるうち・・・園崎が僅かに唇を広げ、その隙間から舌先を出してきた
それが催促するように、ちょんちょんと俺の舌先へと触れてくる
俺はそれに応えるべく、舌を伸ばし絡め合わせるように密着させ・・・ゆっくりと愛撫するように擦り合わせた
「ん・・・・んぅ・・・」
園崎が鼻にかかった呻きのような声を漏らすが・・・それはさっきのような苦しげなものではない
園崎が頭の傾きを左右に変えながら唇を深く密着させてくる
舌が別の生き物のように蠢き俺の舌と縺れ合う
くちゅ・・・ちゅ・・・くちゅ・・・
戯れ合う舌同士がエロティックな音を奏で、その音にさらに昂ぶりを募らせていく
緩急をつけた色々な動きを試し合い、二人で『キモチのいいやり方』を模索する
ぎこちなく、たどたどしかった動きが段々と滑らかになり、二人の息が合っていくのが分かる
まるで園崎と恋人同士になり愛を確かめ合っているような錯覚を覚え、全身に悦びが満ち溢れていく
・・・でも、そろそろおしまいにしなきゃ・・・いけないよな
俺はいつまでもそうしていたい思いに鞭打ち・・・名残を惜しみながらゆっくりと唇を離した
「・・・園崎・・・ソーマ…だっけ?・・・ちゃんと補充、できた?」
キスのあと、相手に掛ける言葉としてはかなり奇妙なセリフを園崎に問い掛ける
園崎はぽおっとした表情で目元を緩ます
「うん。補充、できたよ・・・・・・・・でも・・・」
「ん?」
なにかマズいとこがあったのだろうか?
「・・・もうちょっと・・欲しい。・・・・ダメ?」
上目遣いでそんなおねだりをしてきた
「そか・・・わかった・・・」
園崎の希望に応えるべく、俺は再び術式を開始した
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
結局、そのあとさらに2回ほど追加のおねだりをされたあと『術式』は無事完了した
火照らせた頬でご満悦といった風に笑む園崎に、俺の胸が熱くなる
「ありがと・・・けーご、今度また・・・・・・・・・・・ぴっ!?」
術式の余韻が残るとろんとした表情で語り始めた園崎だったが・・・突然変な声を上げると顔を引き攣らせ、固まった
ど、どうしたんだ?一体
見開かれた視線の先は・・・俺の背後へと向けられている
一体なにが?
振り返った俺の視界に写った物は・・・代わり映えのない自分の部屋の風景
・・・いや、何か違和感が・・・・・
机の上、お盆にのせられた二つのグラスがある
中身はその色から・・・たぶん麦茶
・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・俺は・・・・そんな物を持って来た覚えはない
・・・・ということは・・・・母さん?
全身の毛穴から汗が吹き出した
つまり・・・・俺達が『術式』を行なってた時に?
夢中になってて全然気がつかなかったぞ!
グラスに浮かぶ氷は解けて小さくなっており・・・
そこに置かれてからかなりの時間が経ったことを物語っていた
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
母さんに・・・園崎とのそんなシーンを見られてから数日、俺は気まずさにおかしくなりそうな精神状態で日々を過ごしていた
母さんの方はというと・・・さすが母親の貫禄というものか、何一つ変わらず普段通りだ
もしかして見られてなかったんじゃ・・・なんて思えるほどだが、あの状況でそんな事は有り得ない
こんな気まずい状態は中学の時、アレの後そのまま寝ちまって翌朝発見された時以来だ
うぐっ・・・
俺の心の古傷が開いた
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあ経吾君、明日から留守番よろしくな」
夕食の時、父さんがそう俺に言ってきた
父さんと母さん、明日から予定していた2泊3日の旅行へ出掛けるのだ
父さんはここ数日、俺と母さんの間に微妙な空気が流れてるのを感じ取っていたようだったが、特になにか言って来ることは無かった
もしかしたら母さんからそれとなくいきさつを聞いていたのかもしれないが、現場を見られたわけでもないのでまだ会話はしやすい
「うん、わかった。ゆっくり羽根を伸ばしてきなよ」
「火の元、戸締まりには・・・って、経吾君はしっかりしてるから大丈夫か」
「そんなこと、ないけど・・・」
父さんのお世辞に多少の照れ臭さを感じる
・・・まあ、実の娘がゆるふわ・・・というかユルユルでフワフワなので相対的にしっかりして見える、ということみたいなのだが・・・
なにはともあれ明日から数日、この家は俺一人か・・・
夏休みも残り僅か・・・
バイトも昨日で最終日だった
休み中の課題追い込み期間のつもりで、8月最終の数日間はバイトを入れなかったんだが、園崎との勉強会のお陰で休みの前半にはほとんど終わっていた
今年の夏休みは焦燥感に追い立てられることなく済みそうだ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、俺はドアをノックする音で目を覚ました
「経吾、起きてる?」
ドア越しに母さんがそう聞いてきた
「う、うん」
俺はベッドに横になったまま返事を返す
面と向かっていなければ気まずさもそれほどではない
「じゃあ母さん達行くからね?」
「うん、気をつけて。・・・楽しんで来なよ」
俺は欠伸混じりにそう言った
「経吾、分かってると思うけど・・・」
「うん、戸締まり火の元だろ?大丈夫だよ」
「それは心配してないけど・・・」
「?・・・じゃあ、なに?」
「・・・・。」
「?」
「ちゃんと避妊はするのよ?」
「何の話だよ!?」
眠気が飛んだわ
「なにって・・・柚葉ちゃんとのことよ。
連れ込むんでしょ?留守中に」
「連れ込まねえよ!!」
俺は身を起こしドアの向こうへと吠えた
・・・ったく
母さん達が家を後にすると俺はふて寝を兼ねた二度寝を決め込んだ
どうせバイトも無い事だ
昼過ぎまで寝てやる
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「けーご、起きて。けーごってば」
そんな声と共に身体を揺すられる感覚に俺は眠りの底から意識を覚醒させる
・・・園崎?・・・いや、そんな訳・・・夢?・・・・じゃあこの振動は?
「しょうがないなあ・・・・。じゃあ、お目覚めの…」
ちゅっ
なっ!?
一気に目が覚めた俺はガバと身を起こす
「って、園崎!?なんで?」
目の前にいたのは間違いなく園崎本人だった
「おはよう、けーご。もう昼近いよ」
そう言った園崎は腰に手を当てたポーズで軽く睨んでくる
てゆーか、いま確か唇にむにっとした感触が・・・
「園崎、いま・・・」
「・・・・ん?なに?」
俺の言いかけた疑問に園崎が軽く首を傾げる
微かに頬を赤らめて
「いや・・・その・・・なんでもない」
間違いなくそう思うものの絶対的な確信も持てず、俺はそれ以上の言葉を飲み込む
「てゆーか、園崎なんでここに?」
俺は園崎に疑問を投げかけるが・・・
その返答を待つことなく、視界に入った開け放たれた窓により全てを理解した
「なんでって・・・部活に決まってるだろ?夏休みも残すところ数日だ。貴重な高二の夏、青春は一度きりなんだぞ」
・・・その貴重な時間を・・・俺はこれから謎部活で浪費することになるのか
「・・・で、今日の部活は何をするっていうんだ?」
俺は諦め混じりの口調でそう園崎に尋ねた
「くくく・・・、今回の部活だが・・・この夏を締めくくるに相応しい最後にして最大の活動を執り行う!」
園崎が鼻息が荒く、そう宣言した
「これから我等二人、あそこへと赴くぞ!!」
園崎はそう叫ぶと窓の外へとズビシッ!っと、人差し指を向けた
俺はその指し示す先・・・空の彼方へと目を動かした
・・・・・・どこ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても紫峰山か・・・、懐かしいな」
俺はバスの窓の向こう、これから向かう先の山を目を細めながら見た
俺の部屋の窓から園崎が指し示したものは遥か先に見えるこの山だった
園崎に起こされた俺は用意もそこそこに、この山へと向かう事になった
しっかりと戸締まりを確認してから駅に向かい、電車のあとバスへと乗り継ぎ・・・いま現在その麓まであと僅かだ
紫峰山・・・この近隣を代表する、それなりに標高のある山だ
中腹にある神社を中心に観光地化されており、登山道の他、ケーブルカーとロープウェイがあって、それを使えば手軽に山頂付近まで行くことが出来る
「小学校の遠足で来たなぁ・・・すげえ懐かしい」
「けーごもか?僕も小学校一年のとき、来たぞ」
俺のセリフに園崎がそう言って相好を崩す
「まあ、この辺りの小学校で遠足って言ったら定番の行き先だよな」
「うむ・・・だが経吾、そう言って甘く見るなよ・・・古来、山とは神々の住まう聖域・・・神聖にして不可侵なる場所として信仰の対象となっていた・・・」
「うん、それは聞いたことあるな」
神妙な表情で語り始める園崎に俺は頷きを返す
「その上、これから向かうあの山に祭られているのは、この国における国産み神話で名の知れた男女神ニ柱だ。さぞやその霊力は強大なものだろう。我等が部活・・・この夏最後の締めくくりにこれ以上相応しい場所はあるまい」
園崎が鼻息荒くドヤ顔でそう宣った
「・・・ここ紫峰山は万葉の昔から続く由緒正しい霊域・・・古来より大規模な歌垣なども行われ・・・・」
「?・・・・かがい?なんだ、それ?」
園崎がまるでウィ●ペディアを丸暗記したかのような説明を始めるが、そこに混じった聞き慣れない言葉に俺はその意味を聞き返す
「・・・うむ、歌垣とはな。その年の豊穣を喜び祝い、また来る年のさらなる実りを祈る行事で、近隣から多数の男女が集まり歌を詠んだり・・・」
「・・・詠んだり?」
「・・・。」
「?」
「・・・わ、忘れた。と、取り敢えずその事は今回の部活には関係の無い情報だ」
「・・・・お、おう」
途中まで解説を始めた園崎だったが急に赤面して口ごもると、その説明を打ち切った
俺はもやもやした物を胸に抱えつつ頷きを返す
・・・なんなんだ?
かがい・・・か。覚えてたら後でググってみるかな・・・でも、どんな漢字なんだろ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお・・・近くで見るとホントでかいな・・・」
バスから降り立った俺はそびえ立つ巨大な鳥居に感嘆のため息を漏らす
「経吾・・・ここはすでにもう神域・・・油断はするなよ」
「おう・・・」
神妙な顔をする園崎に俺はジト目を送りつつ頷いた
神域・・・っていうか思いっきり観光地なんだが・・・
油断するなって、スリとか置き引きに対してか?
「・・・フ。まさかこれほどの霊力とはな・・・。バスが山を登り始めてから耳鳴りのような物が続いている・・・。もの凄いプレッシャーだ・・・」
そう言って園崎は冷や汗を拭うが・・・それって、高いとこ登ったとき気圧の変化で鼓膜が変になるあの現象じゃないのか?
「んー、園崎。それ多分アメ舐めれば治るぞ」
「飴!?・・・成る程、経吾・・・博識だな」
「ただの経験則だ。・・・で、ここでなにするんだ?取りあえず参拝でもするのか?」
俺は彼方に見える伽藍の瓦屋根らしきものを仰ぎ見てそう尋ねた
「ふむ・・・参拝か・・・、ちなみにここにあるのは拝殿で本殿は山頂にあるらしいぞ」
「へえ・・・」
まさか山頂まで行くつもりなのか?
遠足なんかだと貸し切りバスで直行だから1時間程度で来れるが、今日は電車と路線バスを乗り継いできたので2時間くらいかかっている
なにをするにしても早くしないと帰りが遅くなるだろう
俺は家が留守で誰も居ないから気にすることはないんだが・・・
園崎の方は女の子だ
あまり夜遅く帰らせるのはマズいだろう
「参拝も悪くはないが・・・」
園崎はそう言うと微妙な表情をする
「何か問題があるのか?」
「ここに祭られている二柱は国産みの男女神・・・我が国初の夫婦ということで、その御利益は『縁結び』とのことなんだが・・・」
「え、縁結び!?」
その単語に俺は思わず過剰に反応してしまう
すげえ御利益だ
参拝してえ!
困った時の神頼み・・・密かに園崎との仲を・・・
「でもな・・・確かに我が国初の夫婦には違いないが・・・」
「うん・・・?」
「初の離婚夫婦でもあるよな?それもかなりエグい別れ方してる」
「・・・・・そう、だったな」
日本神話に語られる黄泉比良坂での一件を思い出した俺はげんなりとした気分になった
・・・その後に不安の残る御利益だな
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で、結局どこに行くんだ?」
俺はズンズンと進んで行く園崎の背中へと声をかけた
「・・・・うん・・・もうすぐ・・・着く・・・・・」
前を向いたままそう返事を返す園崎
心なしかその声音はどこか上擦ってるように聞こえる
この夏における最大級の部活・・・なんて言ってたからな
その意気込みは並々ならぬ物があるのかもしれない
と言っても、この前の遊園地でのことを上回るようなことではないだろうが・・・
園崎に代わり、俺が肩から下げている彼女のバックは大きさの割に重さはさほどでもない
いまから行なう部活に使う重要な物が入っている・・・なんてことを言ってたが果たしてなんなのか・・・こっそり開けて見たら怒られるかな?
そんなことを考えていた時・・・
「つ、着いたぞ。けーご。ここが、今回の目的地だ」
振り向いた園崎が些か緊張の混じった声でそう告げた
心なしか頬も僅かに紅潮している
「え?・・いや・・でも・・・ここって・・・・・」
園崎が指し示すその背後にあった建物に、俺は困惑せずにはいられなかった
そこにあった和風建築物は・・・俺の目にはどう見ても『旅館』にしか見えない
「夏の部活、最大級のイベントといえば『合宿』だろう
こ、こ、今夜はここに泊まって、部員同士のし、親睦を、はかるぞ!」
園崎のそんな宣言に、俺はただ絶句するしかなかった
(つづく)
【あとがき】
皆様お久しぶりでございます。3カ月ぶりの更新です。いつもお待たせして申し訳ありません。
遅延の主な原因は…
お察しの通りMMDでえろい動画作ってニコニコに投稿してたりしたせいです
すみません すみません すみません。
それはそれとして…
連載4年目にして、とうとうレビューを書いていただきましたっ!
ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます
感想もそうですが、やっぱりはっきりと分かる反応が貰えると書いててよかったなーと思えますね
他の作者さん達ってSNSとかで読者の皆さんと交流してたりするんでしょうかね?
ワタクシはリアルに輪をかけたネットコミュ障なんでツイッターもフェイスブックもやってませんしブログっぽいやつも開店休業状態ですしね…
て、ことで感想とか叱咤激励、罵倒など貰えると嬉しいです。悶えます。
ふう、何はともあれ更新出来て一安心。ほんじゃ心置きなくえろ動画を…




