第73話 Summer Date act.4 -after to next-
※注意
若干の性的表現がございます
俺の視界に・・・現実とは思えないほどの美しく幻想的な光景が広がっていた
夕日の光を受け、オレンジ色に染まる観覧車のゴンドラ内
窓の外に見えるのは夕日を照り返してオレンジ色に煌めき輝く海原
その美しい情景はまるで、天才的な演出家が緻密に画面を構成した映画のワンシーンのようだ
そして目の前にいるのは・・・ヒロイン役として十分過ぎるほどの美少女、園崎
そんな園崎が俺に向けている眼差しには、まるで恋い焦がれる相手を見るかのような熱が篭っていた
えっと・・・いま、どういう状況なんだっけ・・・
頭がぼうっとして上手く働かない
「ダメ・・・だよ。けーご・・・術式・・・途中で止めると・・・大変なことに・・・なっちゃうよ?」
「大変な・・・こと?」
「うん・・・。えと・・・その・・・術の・・・暴走?的な?・・・とにかく大変・・・なの」
そうか、俺達は『術式』を行なってる最中だったんだ
よく分からないが・・・大変なことになったら大変だよな
とにかく・・・『術式』は継続しないと・・・
妙な大義名分のもと、園崎の肩へとまわした腕に再び力を込める
俺は熱に浮かされたような気分のまま・・・園崎の唇へと・・・再び自分の唇を重ね合わせた
瞬間、脳が痺れるような快感に包まれる
その甘く柔らかい感触は言葉では形容することもできない
「・・・ん・・・ぅ・・・」
微かに動いたその隙間から漏れた熱っぽい吐息が・・・甘く俺の舌を蕩かす
・・・続いてやってくる、なめらかな舌先の感触・・・
さっきはいきなりのことで驚いたが、その動きはたどたどしいもので・・・手慣れたものには感じられない
たぶんマンガとか小説の類いから得た、偏った知識からによるものなんだろう
応える・・・べきだよな?
俺は園崎に倣い、舌を伸ばして・・・その舌先に触れた
瞬間、驚いたように園崎の身がぴくんと動き、舌が一瞬引っ込む
しかし・・・すぐ戻ってくると・・・怖ず怖ずとした動きで俺の舌先へと触れてくる
俺は園崎のそれをくすぐるように、自分の舌を小刻みに動かした
「んっ・・・んぅ・・・」
園崎が鼻にかかった声を漏らす
その愛らしい声に反応した俺の脳の聴覚を司る部位が、快楽物質の過剰分泌を起こす
俺の意識はえもいわれぬ幸福感に包まれ、思わず園崎を抱いた両の手に力がこもる
結果、その身体をきつく抱き寄せる格好となり、お互いの口唇はさらに深く結合することになった
そのカタチを維持したまま俺は園崎の舌に自らのそれを絡ませ、擦り合わせる
「んっ・・・んう・・・ん・・・」
応えるように園崎も俺の動きに合わせて舌を動かしてくる
くちゅ・・・ちゅ・・・つちゅ・・・
繋がりあった唇の隙間から水音に似た音色が漏れる
俺達はそうやって密着させた口の中で、舌同士を戯れ合わす行為に耽った
僅かの不安に、うっすらと瞼を開き園崎の様子を伺う
それに気付いたのか・・・園崎も僅かに瞼を開ける
そして・・・目許だけで柔らかく微笑してきた
それを見た瞬間、俺の胸にかつて感じたこともないような多幸感が溢れ、園崎への愛おしさに気が触れそうになる
「んう!?・・・んっ・・・んっ」
ぢゅっ・・・ぢゅ・・・ぢゅづっ・・・
俺は溢れ出る激情のまま園崎の口腔内を貪り、吸い、味わった
繋がりあった口中に満ちてくる彼女の唾液の味が甘露な蜜にも思え、俺はそれを夢中で啜り飲み下す
「ん・・・・・・んむっ・・・」
園崎が僅かに息苦しそうな呻きを漏らす
俺は一度唇を離し・・・
「ふはっ・・・・・・・・・んっ」
・・・園崎が呼吸したのを確認してから・・・再び唇を塞いだ
唇全体を口に含むように吸って・・・その柔らかさを愉しむ
それから上唇だけを軽く唇で挟み込み・・・そうしておいて、そこを舌先でくすぐるように左右になぞった
「ふ・・・んぅ・・・」
園崎が甘い吐息を漏らす
ひとしきりそれを続けていると・・・今度は園崎の方が俺の下唇を同じように咥えてきた
そして俺がしたように、そこを唇で挟んだまま舌先でなぞってくる
俺は自分の動きを止め、しばらくその快感に身を委ねた
ちゅ・・・・・・・・ちゅぽっ
園崎が俺の下唇を軽く吸ったまま引っ張るようにしてから・・・音を立てて離した
そして悪戯っぽい微笑を浮かべる
俺はそんな園崎に、間髪入れず唇を塞いだ
ちゅ・・・ちゅちゅ・・・くちゅ・・・ちゅ・・・
そして仕返しするようにわざと大きな音が立つように舌と唇を動かす
接合した唇の隙間からエロティックな音色がもれ、たどたどしかったお互いの唇と舌の動きが段々と滑らかになっていく
それに伴い、心の内側から昂ぶってきた情動は段々と抑えきれなくなっていく
俺はさらに園崎を求めもっと奥へと舌を挿し入れ・・・激しく動かした
「んぐっ・・・んっんっ・・・んむ・・・」
獣じみた俺の身勝手な動きに園崎が呻くような声を漏らす
しかし、それでもなお俺に合わせようと激しい動きで応えてくる
もっと・・・もっと園崎と深く交じわりたい
俺は欲望に突き動かされるまま夢中で園崎の口中を攻め、蹂躙する
ずちゅ・・・ぢゅっぢゅっぢゅっ・・・ぢゅくっぢゅくっ・・・
性交を連想させる音に俺の興奮はさらに増していく
愛しさのままに、両腕の中にある園崎の柔らかな身体をきつく抱きしめた
園崎も俺の背中にまわした腕でしがみついてくる
俺達は飽くこともなく互いを求め合った
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・・!!!!!
突然鳴り響いた電子音により俺は強制的に意識を覚醒させられた
瞼をゆっくり開けると、目に映るのは見覚えのある天井
目を横に向けるとカーテン越しの光に浮かび上がるのは見慣れた自分の部屋だった
「・・・。」
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「はあ~・・・・」
俺は横になったまま深い溜息をつく
また夢オチかよ・・・
これでいったい何度目になる?
俺の園崎への片想いも、こうなってくるといよいよ重症だな
もはや苦笑いも浮かばない
それにしても今日のは、いつにも増して濃密な夢だったな
舌触りや味なんかまでリアルに感じた気がする
もちろん俺にはキスの経験など皆無なワケだが、今日の夢は妙なリアリティがあった
状況設定やお互いの反応など、『いかにも』って感じの展開で、睡眠時の無意識下だというのに己の旺盛な想像力に感心するばかりだ
それにしても頭がぼーっとして重ダルい
夏だってのに風邪でもひいちまったかな?
身体も汗でベトついた感じがして気持ち悪いし・・・
こりゃ、バイト行く前にシャワー浴びなきゃならないかな・・・
そんなことを考えながら身を起こしてみて・・・自分がTシャツとチノパンという外出着のままで寝ていたことに気付いた
道理で身体が不快な訳だ
昨日帰ってきたあと着替えもしないまま寝ちまったみたいだな
ん、昨日?
あれ?昨日って・・・俺、何してたんだっけ?
不意に、自分が左手に何か握りしめている事に気付いた
小さな紙片のような・・・
手を開いて確認してみると・・・
それは遊園地のチケットの半券だった
ぶわっと全身が総毛立つ
混濁していた頭が一気に覚醒し、記憶が濁流のように溢れ・・・
昨日の情景が走馬灯のように甦ってきた
って、走馬灯見てどうする俺!?
死ぬのか!?
つーか、さっきの夢って・・・
現実に・・・あったこと?
一度に甦った記憶は箱からぶちまけたパズルのように一つ一つが鮮明でいて・・・バラバラだった
俺は脳内に散らばったピースの修復作業を慎重に開始する
昨日・・・、俺は部活するって園崎に呼び出されて駅で待ち合わせしたんだ・・・
向かった先は遊園地で・・・
そこで俺達は・・・恋人同士がデートするみたいに乗り物乗って遊んだり・・・
昼には園崎が持ってきた手作りの弁当を食べたりして・・・
そして最後に誘われて乗った観覧車・・・
その中で園崎の言っていた『術式』を行うことになり・・・
俺は園崎と・・・
キス・・・したんだ
え?嘘?・・・マジか?
あれは夢じゃなくて、ホントにあった出来事・・・だったのか?
確かに、夢にしては妙に細部まで鮮明に覚えている
しかしその内容が現実に思えない
俺のことをまるで愛する人を見るような眼差しで見つめてくれた園崎
でも昨日、本当にそんなふうだったのか、と言われると正直自信が持てない
そもそも、俺達があの行為に至った原因は園崎の中二病的設定が元だ
二人が恋人として愛し合った結果交わした・・・というものじゃない
考えてみればマンガやアニメにおける『キス設定ネタ』などは枚挙に暇がない
使い魔契約の証だったり、能力の封印解除だったり・・・etc
そんな鉄板ネタなのだ
園崎がその設定を持ち出してきたのも頷ける
本来なら俺はあのとき園崎を諭し、『術式』の実行を思い留まらせるべきだった
愛の無いキスなど不謹慎だと・・・
それなのに俺は突然降って湧いたような神展開を前に我を見失い・・・
言われるがままにその唇へと己がそれを重ねてしまった
その後は・・・無我夢中、一心不乱で園崎の唇を貪ってしまった
挙げ句の果てに観覧車が地上についたことにも気付かず・・・係員さんに・・・他人にそんなとこを見られるという最低最悪な失態まで・・・
ああ・・・思い出したら恥ずかしさで死にたくなってきた
ましてや女の子である園崎にしてみたら俺の何倍もそう感じてることだろう
・・・そんな事になって、俺達は逃げるように遊園地をあとにしたんだった
帰り道、俺達はほとんど会話のようなものもないまま歩いた
いくら園崎の方から言い出して始めたこととはいえ、途中からは完全に俺の暴走
あんなふうに唇をメチャクチャにされるなんて園崎にしてみたら想定外のことだったろう
もしかしたら軽蔑され、嫌われて、二人の関係もこれっきり・・・なんてことにも・・・
前を行く園崎の背中を見詰めながらついて歩く道すがら、俺はそんなことを考えて気が気じゃなかった
だから別れ際、振り向いた園崎が俯きながらも
「おやすみ・・・またね、けーご」と言ってくれた時は安堵のあまり膝の力が抜け・・・危うくその場にへたりこみそうになった
夕闇の中、伏せたままの園崎の表情は読み取ることはできなかったが、その声音には怒りや侮蔑の響きは混じっていなかった・・・ように思う
辛うじて俺の失態は致命傷に到らずに済んだ
しかし、園崎からの叱責はなかったとはいえ、自分の犯した罪科がなくなった訳ではない
恋人でもない相手にあんなことをしてしまった背徳に対して、道徳心が責め苛んでくる
と同時に相反して沸き起こる歓喜と充足感、達成感、至福感
色々な感情がごちゃまぜになった脳髄はうまく思考が働かないほど、ぐつぐつに煮詰まり・・・
俺はフラフラの状態で家に辿り着くと、食事も着替えもしないままベッドに突っ伏し、気を失うように眠りについてしまったのだ
・・・ああ、次に園崎にはどんな顔で会えばいいんだ?
とりあえず謝るか?
・・・いや、なんかそれは正解じゃない気がする
じゃあ他にどんな手がある?
そもそも会ってくれるのか?
夏休みももう残り少ない
次に会うのは新学期の教室って事もありうるよな
それまでにはなんとか上手い考えが浮かぶかもしれないし・・・案外、時間の流れが解決してくれるかもしれないよな
そんな消極的な考えに至った辺りで、バイトのことを思い出した
とりあえず出掛ける前にシャワー浴びなきゃまずいよな
俺はベタついた身体からTシャツを引きはがしながら立ち上がった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手早くシャワーを済ませドライヤーで髪を乾かした後、新しい服に着替える
そのあと歯ブラシに歯磨き粉をつけ、それを口へと持っていったところで・・・俺はそれまで全速だった身体の動きをピタリと制止させた
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おはよう、経吾。って・・・なんで泣いてるの?」
リビングに入ると朝の挨拶とともに母さんが俺に怪訝な顔を向けてきた
「おはよう母さん。・・・なんでもないよ。ちょっと歯磨き粉が目にしみただけさ・・・」
そう言ってニヒルに口の端を上げ笑う俺
「・・・変な子ねえ」
俺の返答に母さんが眉根を寄せる
洗面台の前、俺は歯ブラシを手にしたまましばらく葛藤した末に泣く泣く歯磨きをすることを選んだ
あんなにも歯を磨くことを惜しまれたことは未だかつて無い
しかし、歯も磨かずバイトになど行けるはずもなく、その選択は余儀なきものでもあった
口の中に残った園崎の舌の感触や唾液の味が歯磨き粉のミントの香りとメントールの刺激で上書きされていく・・・
洗面台の鏡に映る俺の顔には、頬を伝う大粒の涙があった
「俺、もうバイト行かなくちゃ。なんか、すぐ食べられるものある?」
俺は目尻に残った涙を指先で払い落とすと共に、僅かに残った未練を断ち切る
「昨日の夕飯の残りでいい?」
「うん。いいよ」
母さんが冷蔵庫から小鉢を取り出し電子レンジに入れてる間に、自分で茶碗にご飯をよそう
それを手にテーブルにつくと別の小鉢を母さんが俺の前へと置いた
中身は小海老の佃煮
いただきますを言ってそれをのせた白米を口に入れたとき、今度は温められた方の小鉢が来る
中身は筑前煮のようだ
「昨日は帰ってきてからすぐ寝ちゃったみたいだけど・・・どこ行ってたの?カノジョとデート?」
突然のそんなセリフに俺は危うくむせそうになる
「べ、べつにそんなんじゃ・・・」
俺は動揺を隠して曖昧な答えを返す
「ふふん。でもカノジョとは一緒だったんだ」
「だ、だから何度も言ってるように園崎は彼女じゃ・・・」
にんまりした顔で楽しそうに俺をからかう母さん
俺は半分諦めのため息を漏らし、ご飯をかきこんで返答を拒む
「夏休み入ってからも毎日のように会ってるくせに・・・もう付き合ってるも同じでしょ?」
俺は母さんの言葉を無視して箸を進める
「実際のとこどこまで進展してるの?もうキスくらいした?」
「!?」
母さんが口に出した単語に危うく吹きそうになった
「ど、どうでもいいだろ、そんなこと!・・・ご馳走さま」
突き放すように席を立つ俺に母さんが目を丸くする
「・・・やだ。・・・したの?キス」
「・・・え?・・・なんで?」
確信したような母さんの言葉に俺は愕然としてふり返る
「これまではキッパリと『してない』って言ってたでしょ?でも今は『してない』とは言わなかったわよね?」
「うぐ・・・!?」
これが女のカンってやつか?僅かな言葉のニュアンスの違いに気付いてその裏にある真実を炙り出すとは・・・
女のカン恐えぇ・・・
「お、俺もうバイト行かなきゃ!ご馳走さま行ってきます!!」
俺は逃げるようにリビングを飛び出した
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
いつもと変わらぬ内容のバイトをこなし、俺は憂鬱な気分で帰宅の途についていた
朝のやり取りで母さんに俺と園崎がキスしたことを気取られてしまった
そんな母さんがコトの顛末を聞き出そうと手ぐすね引いて待っているのは容易に想像出来る
だけどあれは、俺達二人が愛し合った末に交わした・・・なんていう美しい類いのキスじゃない
園崎の持ち出した中二設定につけ込んだ俺が、一方的に己の欲望を満たす事に耽った最低の行為だったんだ
とても誇らしく話せる類いのものじゃない
それどころかあれによって園崎が俺に対して軽蔑と不信感を抱いたかもしれないという不安も残ったままだ
決して楽観視できる状況じゃない
そんな事をぐるぐると考えてるうちに家の前まで着いてしまった
いっそのこと俺のした不始末を洗いざらい話して母さんの知恵を借りようか?
そんな諦観と共に玄関のドアをくぐった俺は・・・それが目に入った瞬間、心臓が止まりそうになった
この・・・見覚えのあるサンダルは・・・
それにリビングから漏れ聞こえてくる、母さんの話し声に応じるおずおずとした困惑の混じった声は・・・
俺は足を縺れさせつつ靴を脱ぎ捨て駆け上がり、リビングへの扉を開く
目に飛び込んできた光景は今まで何回か見たことのあるもの
ソファに並んで座る二人
満面の笑みで談笑する母さんとその隣で固い微笑を浮かべた園崎
その前に並べられたお茶のカップと様々な菓子類
「あら、お帰り経吾」
「あ・・・け、けーご・・・帰ってきたんだね・・・」
母さんと園崎、二人から一斉に視線を向けられ、一瞬怯む俺
頬を染め、疲れたような表情を浮かべる園崎の様子に大体の状況を理解する
たぶん園崎は俺の身代わりになる形で母さんからの好奇の質問攻めに合っていたのだろう
頬は羞恥に染まり、助けを求めるような眼差しを俺に向けている
とにかく園崎をこの状況から助け出さないと・・・
「そ、園崎。部屋、行こうぜ」
多少強引だったが、そう言って園崎の手を取った俺は、母さんから何か言われる前に速攻でリビングから脱出したのだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇
引っ張るようにして園崎を自分の部屋へと連れてきた俺だったが、あのことに対する言い訳をまだ何も考えていなかったことに気がついた
「えっと・・・その・・・」
俺は握った園崎の手を離すのも忘れ、必死に思考を巡らす
部屋の中に暫しの静寂が流れた
「け、けーご!」
先に沈黙を破ったのは園崎の方だった
朱に染まった頬で、睨むように見詰めてくる
俺は身を硬くしてその視線を受け止めた
やっぱり園崎が昨日の事で俺に怒りを抱いているのは明白だ
だが、こうして面と向かって責めてきてくれるだけまだ救いがある
もし顔も合わせてくれないようでは謝罪のしようもないからな
いまからどれくらい非難の言葉を浴びせられるか分からないが、全て真摯に受け止めよう
そしてその後、たとえ土下座してでも園崎に許しを請おう
情けないかもしれないが、今の関係を失うことになるよりは遥かにマシだ
「けーご・・・昨日の件だが・・・」
「う、うん」
園崎からの叱責に備え、俺は緊張に身を固くする
「昨日のアレはな・・・アレは・・・キ、キ、キ・・・キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ、キス、などと、いう、ニンゲンの、男女が、行う、俗っぽい行為などでは・・・ないッ!!」
「お、おう・・・・・・・・・・・・・・え?」
俺は想像もしていなかった言葉に戸惑った
あれはキスじゃ・・・ない?
いやいや、でも俺、思いっきり園崎の唇に自分のを密着させてたはずだし、その上・・・し、舌まで・・・奥深くまで無遠慮に挿し入れて・・・
「じゅ・・・術式だ・・・」
困惑する俺の眼前で園崎は目を伏せるとボソリとそう言った
しかし再びガバと顔を上げると物凄い勢いで詰め寄ってくる
「さ、最初に言ったハズだ!『これはボク達二人の体内を廻る魔力回路の同期を図る神聖な術式だ』と!それを忘れた訳ではあるまい!勘違いするんじゃないぞ!確かにカタチとしてはキ・・・キスと呼び習わされるニンゲン共の習俗に非常に似通っていたかもしれない!し、しかし本質的にはまるで次元の異なるものなのだ!キス・・・などという低俗な行為と一緒に考えられては困る!」
興奮し、まくし立てる園崎に対し俺はただ黙ってコクコクと頷きを返すしか出来なかった
て言うか、昨日味わったその薄桃色の唇が至近距離で開閉する様に目を奪われていた
それと同時に強く押し当てられた二つの柔らかな感触に思考の停止を余儀なくされる
「・・・だ、だから・・・あれは我々二人にとって必然的で必要不可欠な行為だったワケで・・・・・・・・・・けして下心とかがあって無理矢理こじつけた・・・とかじゃ・・なくてだな・・・」
一転して急に勢いを失った園崎が何かモゴモゴと言っていたが、視覚と触覚からの情報を処理することに大部分のリソースを割いていた俺の大脳は聴覚情報処理領域の機能停止を余儀なくされていた
「と、とにかく!あれは厳然たる重要な意味を持った神聖にして不可侵なる必然的行為だったのだ!そのことを勘違いしないで貰おう!」
そこまで一気に喋った園崎は、ふう・・・と息を吐くと押し付けていたその身を引いた
俺の思考は魅了の呪文から解放されたように活動を再開する
えーと・・・
俺は断片的に耳に入った園崎の言葉を頭の中で整理し解釈を試みる
要するに、あれはあくまでいつもの中二設定の延長線で行ったものであり、愛情を元に交わすキスという行為とは根本的に意味合いの異なる物だ・・・て、ことを主張したいわけか
うん・・・
まあ・・・分かってはいたけど・・・
改めてそうはっきり言われると・・・ちょっとヘコむな・・・
・・・だが、あれが俺にとって女の子とのファーストキスであることには変わり無い
記念すべき人生初キスの相手が園崎のようなとびきりの美少女だった、という事実は動かしようのないものであり、その輝かしい出来事は俺史に永遠に刻まれ語り継がれていくことになるだろう
「そ、それを踏まえた上で・・・そろそろ今日の部活を行ないたいと思うのだが、異論は無いな?」
「え?部活?・・・お、おう」
園崎の言葉に俺は意識を現実へと引き戻す
どうやらキスの件はあくまでも『術式』を行なっただけであり、それ以外の意味などない・・・という体で落ち着くことになるみたいだ
俺の暴走についても特に追及されることもない様子にホッと胸を撫で下ろす
とりあえず今はキスについて考えるのは保留しよう
俺はこの件を心の引き出しへとしまい込み、気持ちを切り替えることにする
「で、今日はどんなことするんだ?」
「うむ・・・、今日の部活はミーティングに充てたいと思う」
「ミーティング?・・・会議的なことでもするのか?なんの?」
俺は園崎が口にした、いつもとは毛色の違う活動内容に戸惑い、問い返した
「昨日の『術式』の成否を判断するための意見交換をしたいと思う」
「はあ!?」
『術式』・・・キスのこと話し合うってのか?成否って!?
しまいこんだモンいきなり引っ張り出された!
心の整理が追いつかねえ!
「ま、まず最初に言っておきたいんだが・・・じ、実を言うとあの『術式』は・・・ボクも実際に行なうのは初めてのことで・・・上手く出来たか自信が無い・・・もしも・・・ふ、不快な思いをさせていたなら・・・謝る・・・」
そんな言葉とともに自信無く俯き、瞳を揺らめかせる園崎
「な!?・・・ふ、不快だったなんてこと、ぜ、絶対に無いから!・・・てゆーかメチャクチャ気持ちよかったですご馳走さまでしたありがとうございました!!」
園崎の物言いと佇まいを前に、何かが込み上げてきた俺は変なテンションで彼女の抱いている懸念を全力で否定した
「ふえ!?・・・気持ちよ・・・!?って・・・そ、そなんだ・・・そか・・・」
園崎は俺の言葉に一瞬目をまるくさせたあと、頬を真っ赤に染め口許をもにゅもにゅと動かした
ぐ・・・、勢いで物凄く痛恥ずかしい事を口走っちまった
顔面がスゲえ熱い
「そ、園崎の方こそイヤな気分じゃなかったか?あのとき俺、なんか我を忘れてたっていうか・・・夢中で・・・お前のこと・・・」
俺もずっと気掛かりだったことを思い切って園崎に尋ねた
あの時、俺は自分がセーブ出来ずに、ただ欲望のまま園崎の唇を求め続けた
園崎にとってはケダモノに犯されてるような気分だったんじゃないのか?
「ぜ、全然イヤじゃなかったよ!・・・あんなけーご初めてでちょっとびっくりしたけど・・・それがまた・・・・・・・・・・・・鬼畜攻めっぽくて・・・ゾクゾクしてたまんなかった・・・」
園崎は俺の懸念を全力で否定してくれた
後半はモゴモゴと尻すぼみになって良く聞き取れなかったが、本当に怒ってはいない様子に俺はホッと胸を撫で下ろす
「こふん・・・二人とも精神的な反応は良好だったようだな・・・肉体的には・・・どんな感覚だった?」
「え?肉体的に・・・?」
正直に言ってしまえば・・・肉体の一部分がかつてないくらいガチガチに硬化していた
「えっと・・・さて・・・どうだったかな・・・園崎は?」
そんなこと正直に言える訳もなく、俺は考え込むフリを装いつつ園崎へと逆に質問を返す
「あたし?・・・・・・あたしは・・・頭がぼうっとして・・・身体がふわふわして・・・宙に浮いてるみたいな感覚になって・・・風邪引いたみたいに内側から熱くなってきて・・・背中もゾクゾクしてきて・・・
でも、イヤな感じのゾクゾクじゃないっていうか・・・それに・・・たぶん・・・
・・・・・・・ちょっとだけ・・・濡れ・・・あああああああああああああああ!なんでもない!!け、けーごは?」
俯きながら自分の感想を語り出した園崎だったが、段々と消え入るような声になっていったかと思うと、突然声を張り上げて俺に質問を返してきた
「えーと・・・、お、俺も・・・なんか上手く言えないけど、頭ん中で何かが弾けたみたいになって・・・身体中強張ってるのに力入んないみたいなおかしな状態で・・・座ってたからよかったけど・・・実は膝とかガクガクになってて・・・いい意味でヤバかった」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
なんだこの状況
どうして俺らお互いに見つめ合いながらキスの感想言いあってるんだ
「こふん・・・。な、なるほど。互いの精神的肉体的双方において術式中の状態は良好、その後も拒絶反応とみられる状態の発現も無し・・・ということだな」
「お、おう・・・」
要約すると、俺はもちろん園崎の方も感想は『気持ちよかった』・・・で『後悔はしてない』ということか
正直、俺もキスがあんなにキモチいいものだなんて思ってもみなかった
唇からの刺激が・・・くすぐったいような・・・何とも言えない快感で・・・
出来ることなら・・・もう一度・・・
知らず知らず園崎の口唇へと視線が動き、慌てて逸らす
なに考えてんだ、俺
昨日の一件は幸運に訪れたレアイベントのような物だ
一回できただけでも超絶ラッキーだというのに、どれほど贅沢なんだ、俺
身の程をわきまえない欲望が沸々と沸いてきて、俺は必死にそれを押さえ込む
「・・・これらのことを鑑みるに『術式』は成功をもって完了した、と結論付けたいが・・・異論は無いな?」
耳たぶを紅くした園崎が話し合いをまとめの段階へと進めてくる
「ああ・・・まあ、それで、いいんじゃないか」
言葉を紡ぐ園崎の口唇を努めて見ないようにしながら俺はつっかえつつ、そう返す
俺の同意を受け園崎が満足げに頷いた
「よし。これにより我等二人の間において『魔素』の相互補完が可能となった」
「・・・そうまのそうごほかん?」
なんかまた新しい妙な言葉が出てきたぞ
そうま・・・・ってなんだ?
「ニンゲンの身体に血液が流れるがごとく、我ら魔の者の身体には魔力が流れている・・・その魔力の源たる元素・・・それが『魔素』だ。ニンゲンが生きるため酸素を必要とするように我ら魔の者が生きるためには『魔素』が必要となるのだ」
「・・・へえ・・・そうなんだ・・・」
ツッコむのも面倒なので俺はいつものようにただ頷きを返す
「先だって執り行った『術式』はそれぞれの持っている異なる質の『魔素』を混じり合わせ体内に取り込み合うことで、その身にお互いの『魔素』を馴染ませることを目的としていた」
「・・・へえ」
魔力にも血液型みたいなのがあるんだ・・・
元ネタはマンガかラノベあたりか?
園崎の説明を聞きながら、
『いや、あのとき混じり合い取り込みあったのはお互いの・・・』
とか頭の中に途中まで浮かんだが下品過ぎたので、それ以上考えないでおいた
「ちなみにお互いの身体に『魔素』を取り込む為、触媒として利用したものは・・・
お互いの唾液だ」
「おいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
言うなよ!
生々しいわ!
口の中にあのとき感じた『園崎の味』が甦ってきて・・・顔が熱くなる
「えーとそれで・・・そうごほかん、てのは?」
「つ、つまり・・・二人のうちどちらかの『魔力』が低下し、生命活動が危険なほどの状態に陥った時・・・もう一人が『魔素』を分け与え『魔力』を回復させることが・・・出来るようになったのだ・・・」
目をしきりに左右にさ迷わせながらそんな説明をしてくる園崎
MPの回復的な?
「ゲームでいう〈ヒーリング〉みたいな感じか?でも『魔力』って輸血みたいに分け与えられるモノなんだ?」
「えーと・・・輸血というよりどちらかというと・・・じ、じんこう呼吸・・・的な?」
「じ・・・!?」
園崎の言葉に絶句する俺
反射的に目が、それまでわざと見ないように心掛けていた園崎の・・・口唇へと引き寄せられる
ごきゅ
思わず喉が大きな音を鳴らす
瞳が・・・園崎の口唇に吸い寄せられたまま逸らすことが出来ない
「えっと・・・それで、その・・・けーご・・・」
艶めき光る口唇が俺の名を紡ぎながら近づいてくる
「さ、早速で悪いんだが・・・ボクはいま・・・いささか『魔力』が不足しているようで・・・その・・・
けーごの『魔素』・・・少しわけて貰っても・・・いい?」
園崎はそう言うと言葉を失っている俺の目の前で・・・ゆっくりと瞼を閉じた
(つづく)
【あとがき】
読者の皆さま。お久しぶりでございます。
永らくお待たせして申し訳ありませんでした。
前回の更新から既に ヶ月…。リアルの季節は冬真っ盛りですが物語中はまだ真夏です。いつになっても夏休みが終わらない…。
次回もよろしくお願いします




