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プロミステイク ~俺と彼女の中二病的恋愛遊戯~  作者: 阿津沼一成
第2章 サマータイム・ラプソディ
70/90

第70話 SU・E・ZE・N

結局、昼メシは手っ取り早く、家に買い置きしてあった素麺で済ませようということになった


園崎一人に任せるのも悪いので二人で分担して作ることにする


・・・といっても俺は麺を茹でる係


鍋にお湯を沸かして、そこに二人分の乾麺をほうり込むだけの簡単なお仕事だ


素麺なら茹で上がるのも2、3分だしな


園崎は俺の隣に立ち、別の鍋でつゆを作っている


冷蔵庫の中に水で薄めるだけの既製品のめんつゆもあったんだが、園崎はそれは使わず手慣れた感じで醤油、砂糖、顆粒のだしの素などをブレンドしていく


それにしても・・・園崎と並んで台所に立つなんて不思議な気分だ


なんか、まるで・・・新こ…って、なに考えてんだ俺。乙女か?


一瞬脳裏に夢見がちな妄想が浮かび、慌てて払いのける


「くふ・・・二人の・・・共同作業・・・」

「ん?なんか言ったか、園崎」


隣に立つ園崎がなにか呟いたようだったが、鍋のグツグツ音でよく聞き取れ無かった


「え?・・・・・あぅっ!?・・・・な、なんでもない」


俺の問い掛けに園崎は一瞬キョトンとしたあと、頬を染めて首をブンブンと振った


どうやら独り言だったようだ


園崎って、よく自分の世界に入りこんで独り言呟いてることあるよな


ま、中二病ってのはだいたいそんなもんなんだろうけど


でも、そんな中二病な女の子のことをどっぷりと好きになっちゃった俺も大概な奴だよな・・・


確かに園崎は黙ってれば、とびきりの美少女だけど・・・


っていうか、見た目云々置いといて、そんな『奇行』と言ってもいいような中二病な部分自体を可愛らしいって思っちまってるんだよな、俺


いくら姉さんやその友人達のおかげで、そういう連中の扱いには慣れてたとはいえ・・・


そもそも、そんな奴を相手にするのは懲り懲りだって思ってたハズなんだがな・・・


複雑な気分で横に視線を滑らす


園崎の・・・愛らしく整った横顔


ふっくらとした唇は何か塗っているのか、濡れたように艶めき輝いている


・・・昨日、首筋で感じた柔らかく心地好い弾力


あの感触がもう一度味わえたら・・・


出来ることなら今度は・・・是非この唇で・・・・・


ごきゅ


邪な欲望が沸き起こり、思わず喉が鳴った


ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ・・・


突然の電子音にハッと我に返る


キッチンタイマーの音に現実へと引き戻された俺は、慌てて鍋の火を止めた

妄想を掻き消そうと意識を作業に振り向ける


茹で上がった麺をざるにあけ、流水で洗う


麺のぬめりが取れ、冷めたところで一口分ずつ掴み取り、皿に盛っていく


園崎の方はと視線を向けると、氷を入れ冷たくしたつゆを小皿に取って


「ふむ・・・こんなものかな」


なんて呟きを漏らしていた


どうやらあちらも完成らしい


それにしても・・・


俺が自宅で女の子と一緒に料理をつくってる、なんて・・・まるでマンガのワンシーンみたいで現実味が無くて不思議な感覚だ


とびきりの美少女である園崎なら画面的にも文句なしのヒロインだけど、俺はモブ代表みたいなもんだしな・・・


「ん?どうかしたか、けーご」


俺の視線に気付いた園崎が軽く小首を傾げる


「な、なんでもない。ほら食おうぜ」


妙な気恥ずかしさを誤魔化し、俺はそう言って園崎をテーブルに促した

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


園崎と二人、テーブルに向かい合い素麺をちゅるちゅるとすする


箸休めには園崎が作ってくれたキャベツの塩揉み


梅干しが和えてあって、そのさっぱりとした酸味がパリパリとした食感と相まって心地好い


ホント、園崎ってこういうの上手いよな


学校じゃ中二的奇行で知られる園崎にこんな家庭的な一面があることを知ってるのは、たぶん俺だけだろう


そんなことを考えると胸中にえもいわれぬ優越感が満ちていく


園崎ほどの美少女、本来なら高嶺の花・・・俺なんかには声をかけるのも躊躇うような存在だったはずだ


そして、本当ならそれ相応の二枚目男子と、ラブなストーリーの恋愛ドラマみたいな高校生活を謳歌していただろうに・・・それが俺みたいなモブ男と『親友ごっこ』とは・・・つくづく中二病とは因果なもんだな


「?・・・・どうした、園崎?」


ふと、園崎の視線があらぬ方向を向いてることに気付いて声をかけた


「えっ!?・・・・・・・あ、いや、その・・・・」


俺の声に一瞬体をびくんとさせた園崎は目をわたわたと泳がせる


園崎の見ていた方向は・・・・と視線を動かした先にあったものは・・・なにも珍しいものでもなんでもない、各ご家庭の台所になら必ず存在するであろう白物家電・・・冷蔵庫だった


「えっと・・・な、夏休みももうすぐ終わりだな・・・って思って」


俺の視線に答えるように園崎がそう言った


なるほど、冷蔵庫そのものではなく、その側面に貼ってあるカレンダーを見てたんだな


ウチの家族の予定などが書き込まれた、主婦雑誌の付録についてたカレンダー


その日付は、すでに今月の半分以上の日付に×がついていた


「け、けーご。この『〇にバ』ってもしかして・・・」


「あ、ああ・・・、俺のバイトのある日だよ」


「そ、そっか・・・、じゃ、じゃあついてない日が休みってことだな?・・・こ、こふん。こ、今後の部活の進捗状況にも影響することだ。ボクが把握しておく必要があるな。うん」


そんなことを言いながら園崎は身を乗り出すようにしてカレンダーを凝視する


う、お!?


その瞬間、前屈みになった体勢に大きく開いたワンピースの胸元が奥まで丸見えになった


二つの膨らみを包み込む清楚なパステルグリーンの布地・・・


さらにその奥の薄暗がりの先には愛らしいおへそまでもが・・・


「ごふッ!?」


不意打ち気味のラッキースケベに対応しきれず、俺はすすりかけていた麺を本来入れるべきではないところへとすすり入れ、激しくむせた


「ど、どうした、けーご!?大丈・・・わきゃっ!?・・つ、冷た・・・」


「そ、園さ・・・!?・・・げふっげふっ・・・・」


俺が起こした不始末を皮切りに、お互いマンガのように連鎖的な失敗が繰り広げられ、俺達は軽いパニックに陥った


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「どうだ?大丈夫そうか?園崎」


俺は風呂場に続く脱衣所の前で、そう扉の向こうに声をかけた


「・・・うん。すぐに洗ったからシミにはなってないみたい」


園崎からの返事に、俺はやれやれと軽い安堵の吐息を漏らす


俺がむせたのがきっかけとなり、その拍子に園崎がめんつゆの入ったお椀をひっくり返し・・・こぼれたつゆが園崎のワンピースへとかかってしまったのだ


俺は慌てて風呂の脱衣所にある洗面台へと園崎を連れて来て、そのまま扉の外で待機して様子を見ていた


「夏だし・・・干しとけばすぐ乾くと思うよ」


「そっか、よかった」


「えっと・・・・それでね、けーご・・・お願いあるんだけど」


「ん?」


「服・・・乾くまで、けーごのTシャツとか・・・貸してくれる?」


「お、おう。わかった、待ってろ」


俺は園崎の言葉に、急いで自室へと駆け上がった


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おまたせ。どう?変じゃない?」


脱衣所から出てきた園崎は・・・先程まで着ていたワンピースを片手にかけ・・・それの代わりに俺が持ってきたTシャツを羽織った姿だった


ベタ過ぎるそのビジュアルに俺の全細胞が歓喜にむせび、下半身の一部が全力のスタンディングオベーションを始めようとするのを必死に抑える


「べ、別に、変じゃ、ないぞ」


もつれる舌でそう答え、際どいラインを描くTシャツの裾へと動きそうになる眼球の筋肉を必死に御する


視界の隅に映る、計算されたかのような絶妙感で根本ギリギリまで露出している白く滑らかな太もも


出来うることなら跪き、じっくりねっぷり鑑賞したいところだが、それを実行したら俺の今まで積み重ねてきたものが粉々に崩壊することになるだろう

俺は油断すると下降しそうになる視線の手綱を引き締めつつ踵を返した


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「けーご、椅子借りていい?こうしとけばすぐ乾くと思うから」


二人で俺の部屋に戻って来た後、園崎がそう言いながら椅子の背もたれに抱えていたワンピースをかける


・・・机に乗った靴と相まってフェチ感ハンパないな


園崎は濡れた部分が表になるようにワンピースの生地を整えたあと




ぽふ




一緒に持っていたらしき何かもうひとつの布地を椅子の座面へと置いた



・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい



その見覚えのあるパステルグリーンはさっき俺の網膜を焼いたそれじゃないのか?


反射的に園崎の胸元へと動いた眼がTシャツを押し上げる豊かな双丘の頂上にその突起を確認する


一瞬で全身の血管の内圧が高まった


声が出なかったのは我ながらよく堪えたと思う


なに考えてんだ園崎


誘ってんのか


いや、落ち着け、俺


はやまるなよ


園崎は俺を『親友』として信頼してるからこそ、こんな無防備な格好出来るんだ


そう、これは男同士感覚で接してきてるからこその行動だ


それだけ俺の存在を『自然なもの』として受け入れ、リラックスしてるんだ


それを『俺を誘惑してる』なんて自惚れた勘違いして、軽はずみな行動を起こせば取り返しのつかない事態になるぞ


俺は内側から沸き起こるムラムラとした熱情を必死に宥める


『お前が童貞を捨てる時は!・・・ボクが処女を捨てる時だぁッ!!!!』


耳の奥に昨日のセリフが蘇る


まるで少年マンガの、


『お前が死ぬ時は・・・俺が死ぬ時だッ!!』


みたいなノリの叫びだったけど・・・・


でも園崎ははっきりと自分を『処女だ』って言った


つまりは自分自身をちゃんと『オンナ』って認識してるってことじゃないのか?


そうなるとやっぱりあの宣言は俺とのそういった行為を前提としたもの・・・と考えてもいいのか?


いやいやいやいや、だから自分に都合良く考えるなっての


園崎は俺との関係を『男同士の親友』っていう状況に設定してるんだ


それを前提に園崎の思考をトレースしてみよう・・・


仲のいい男友達が童貞卒業したって状況を自分に置き換えてみる


例えば、タナカやサトウ・・・・


あいつらが俺より先に童貞卒業・・・・・・・・







・・・・・・・くっ


その状況は・・・・すげえ悔しいぞ!


置いてかれた感ハンパねえ!


これか!?


この俺より先に!?


っていう悔しさと羨ましさとやっかみが・・・ないまぜになったドロドロとした感情


そう考えると・・・ある程度の説明はつく・・・・・・のか?


「けーご?どうかした?」


「え?・・・・・おわっ!?」


園崎の声に黙考から意識を戻した俺は、覗き込むようにして寄せてきていた


その端正な顔と至近距離で目が合い・・・思わずのけ反った


「いや、別に?何も」


俺はバクバク鳴る心臓を押さえながら平静を装う


「そう?」


俺の反応をどう受け取ったのか、僅かに眉を寄せたその表情から、心中を読み取ることは出来ない


「あー、それで?今日は何の用で来たんだっけ?『部活』だっけ?」


俺は自分の中に渦巻く性欲的な澱みを気取られぬよう、努めてぶっきらぼうな感じでそう言った


「なんだよ。ボク達は『親友』だぞ。会いに来るのに理由が必要か?」


園崎は少し拗ねたように唇を尖らせる


「う・・・、いや・・・、必ずしも必要ではない、かもしれないけどな」


俺はキスするかのように突き出された、濡れ光る唇をまともに見れず目を泳がした


「と、取りあえず座ろうぜ。立ったままなのもなんだし」


俺は園崎にそう促しながら床に腰を下ろした


「ん、それもそうだな」


園崎も俺の正面へと腰を下ろす


それにしても・・・いくら俺のこと『親友』って認識でいるとしてもなんとも不用意な座り方だ


園崎は・・・足をM字に、ぺたんと床につけた形で座っている


およそ90度近い角度で開かれた白いふともも


わずかに頭の位置を下げればその奥すら見えてしまいそうだ


もはや無防備というより煽情的ともいえる


いかん、油断してると眼球がその一点を凝視しようと勝手に動く


俺は不自然にならない程度に首の角度を園崎の正面から逸らした


「・・・・あ」


そんな俺の動きに園崎が僅かに息を飲むような声を漏らした


「それ・・・・ボクがつけちゃったんだよね?」


「え?」


ああ、例のキスマークのことか


しまったな


顔を逸らしたことでちょうど首筋が園崎の正面に向いて・・・またこれを意識させる結果になったみたいだ


「さっきはつい勘違いして・・・いきなり首とか絞めちゃって・・・本当にごめん」


出会いしなのいきさつを思い出した園崎がバツが悪そうに俯いた


そういえば俺、軽く殺されかけたんだよな


今更ながらに冷や汗が出る


あの時、首にかかった手にはかなり本気の力が篭っていた


「本当にすまなかった・・・あの時の僕は冷静さを欠いていた・・・我を失って、刹那的に僕と経吾の存在を『このセカイ』から『強制リセット』しようとしてしまった・・・」


「強制・・・・リセット・・・・?」


ゲーム的表現でぼかされてるけど、それって『あなたを殺して私も死にます』みたいな意味なんじゃ・・・


「次の『転生セカイ』でも再び経吾と巡り会える保証なんかないっていうのに・・・・浅はかだったよ・・・・」


そう言って苦笑する園崎


「はは・・・・・」


園崎のどこまで本気ともとれない中二設定話に、俺はただ乾いた笑いで返すしか出来ない


「激情のままに誤解からの殺意でお前の命を奪おうとするなんて・・・まったく、僕は本当に愚かだ・・・前世から何も学んでいない・・・・」


園崎が自嘲するようにそう言って俯く


あー、そういや園崎が前世設定にしてる『クオン』は俺・・・『クロウ』を親の仇って思い込まされていた刺客・・・・って設定だったんだっけ


まあ、それはそれとして置いとくとして、どこまで本気で言ってるのか解らないが『このセカイ』が嫌になったら強制的に『リセット』・・・って考え方は問題あるよな


この現実世界はゲームとは違う


安易に『リセット』していいものじゃないことは確かだ


もしかしたら園崎のいうように『転生』も『来世』もあるのかもしれない


だが、そんなことを確かめる術なんかないんだから、『無いもの』と仮定して、無様に藻掻いてでも精一杯『このセカイ』を生き抜くべきだって俺は思う


そして、好きなコにもそうあってもらいたい


よし


「園崎、俺はお前と一緒に『このセカイ』を生きていきたいと思ってる。例え苦しいこと辛いことがあってもお前がついていてくれるなら俺は乗り越えて行けると思う。だからお前も決して諦めず・・・俺の側にずっと居てくれ。俺の背中を預けられるのは・・・お前だけだ」


俺は園崎の好みそうな言葉を選び、中二的な言い回しでもって彼女の刹那的ともいえる人生観の修正を試みた


「え?・・・・ずっと・・・・側に?・・・・・・・・・あ、や・・・・まるでプロポ・・・・!?、・・・・・・・・・・・ハ、ハイ!判りました」


俺の言葉に一瞬キョトンとした園崎だったが、急にワタワタした後、承諾の言葉と共に大きく頷きで肯定の意を表してくる


ちょっと変な反応が混じってたが俺の意思は伝わったようだ


よし、これで園崎も安易な『人生の放棄』など考えないようになってくれるはずだ


「約束しよう、経吾。僕達は何があってもずっと『親友』だ。生涯、『友』であり続けることをここに誓おう」


真っ直ぐに俺の目を見詰めそう宣言する園崎


そんな園崎の言葉に・・・・・俺の胸がズキンと痛んだ


生涯、『友達』でいると言ってくれたその言葉が・・・・・


生涯、『恋人にはなれない』と言われてるようで・・・・・


俺は上手く笑い返す事が出来ず、その真っ直ぐな眼差しから目を逸らし・・・・って、うおぅ!?


感傷に浸りかけた俺は、直後に園崎がとった行動に面食らう


胡座をかいて座る俺の組んだ足の間に・・・園崎がその身体を割り込むように乗せてきたからだ


「そ、園崎・・・・!?な、何を!?」


突然お互いの下腹部が密着する体勢になり、慌てる俺のその目の前に園崎が紅潮した顔を寄せてくる


どこかとろんとした表情が堪らなくエロ可愛い


「なにって・・・・だから・・・お互いの『友情』を確かめ合うためにね?・・・・ハグ、しよ?」


そう言うと園崎はその両手を俺の背中に回し、ぎゅうっと身を押し付けるようにして抱きついてきた


お、おお・・・・おおおお・・・・・・!


二枚のTシャツ生地を隔てて感じる園崎の弾力・・・


その甘美な感触に一瞬意識が飛びそうになった


天にも昇る気分というのはこんな感覚だろうか


俺は、





















あれ?


なんだ?


本当に一瞬・・・・どころか数瞬意識が飛んだぞ


「けーご・・・・ボクのことも・・・・『ぎゅっ』て、して?」


胸に頬を寄せた園崎が甘えたような声を出す


えーと、これは本当に『親友同士のハグ』なのか?


僅かな疑問が浮かびはするが、そのお願いを拒む理由など何もない


俺は園崎の背中へと両腕を廻・・・・

















え?


今度は腕が動かない!?


一体どうしちまったんだ?俺の身体!


「・・・・けーご?」


何の反応も返さない俺に園崎が困惑したような声を漏らす


しかしそれでも俺の身体は金縛りにあったように指一本動かない



・・・・・・・。



そうか!


これは『金縛り』だ!


ただし、いわゆる『心霊現象』としての『金縛り』ではない


意識が眠りに入るより先に、肉体の方が先に睡眠状態になってしまい、『頭は起きてるのに身体は眠っている』っていう状態のことだ


あまりにも疲労が溜まり過ぎた時にこうなるって聞いたことがある


思い返せば俺の身体は睡眠不足でボロボロだった


バイト明けの帰り道


その時点でもう歩くのがやっとの状態だったんだ


しかし園崎と顔を合わせた瞬間、アドレナリン的な脳内物質が爆発的に分泌された


そのお蔭で一時的に疲労感を忘れ去ったが・・・消えて無くなったわけじゃない


いや、寧ろますます静かに疲労は積み重なっていった


そして食事により血液が胃腸へと集中、部屋に戻り座ったことで身体がリラックス状態になり強制的に疲労回復モードに移行したのだろう


ぐっ・・・・


こんな超絶に美味しい状況だというのに指一本動かすことも出来ないなんて・・・・!


「けーご?・・・・どうしたの?・・・・ハグ・・・・してくれないの?」


園崎の声に切なげな色が混じる


そんな園崎の懇願にも似た言葉を聞いてすら、俺の身体は全く動かない


それどころか、筋肉が弛緩したかのように全身の力が抜けていき・・・前のめりに崩れていく


「ご、ごめん・・・・そのさき・・・おれ、もう・・・げんかい・・・・」


僅かに動く唇でそれだけやっと搾り出しながら・・・俺は園崎の身体にもたれ掛かっていった


「え!?・・・・げ、限界って・・・・きゃ、うそ・・・・わ、わ、わ・・・・」


もたれ掛かっていく俺に園崎が慌てたような・・・でもどこか嬉しそうな声を上げる


だが俺は・・・身体はもちろんのこと、意識すら自由を失い眠りの深部へと落ちはじめていた


「・・・・・・・・・え?・・・けーご・・・眠っちゃった・・・・の?」


俺の頭を肩に乗せた状態の園崎が呆けたような声を出す


だが、すでに睡眠状態に落ちた脳は言葉の意味を理解することも出来なくなっていた


「なんだ・・・げんかいって、そういういみか・・・・・ぼくのこと・・・・おかしてくれるきになったのかとおもって・・・・・きたいしちゃった・・・」


気が抜けたような響きの声が遠のくように聞こえる・・・・


「くす・・・・、かわいーねがお・・・おやすみ・・・けーご・・・・」


柔らかな響きの声とともに頬の辺りに柔らかな感触が触れる


それを最後に俺の意識は完全に眠りの闇へと落ちていった


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


「う、むぅ・・・・・」


うっすらと瞼を開けると、ぼんやりとした視界に映ったのはいつも通りの自分の部屋だった


いまは何時なのか、部屋の中は薄暗い


あれ?


俺、いつ寝たんだっけ?


なんかすげえリアルな夢を見てた気がする


確かバイトして・・・・その帰りに園崎と会って・・・・いきなり首絞められて・・・・それから・・・・あれ?どこからどこまでが夢だ?


まだぼうっとした頭のまま、状況を把握しようと目を動かす


園崎の姿は・・・・・・・・・どこにもなかった


記憶・・・と思われるものを頼りに視線を向けた先にあったのは、見慣れた自分の椅子


しかし、その背もたれにはワンピースなんてかかってもいないし、もちろん机の上にサンダルが、なんてこともない


・・・・・やっぱ全部夢だったのか?


頭に残った映像が現実だったことを証明するものが何一つない


バイトを上がった時点でかなりフラフラな状態だったしな・・・そもそも園崎に会ったとこから既に夢だったってことも有り得るかも・・・・


狐につままれるってのはこんな感覚だろうか


そんなことを思いながら身を起こすと、テーブルの上に紙片が置いてあることに気付いた


「・・・・・・・・?」


手に取って目の前へともってくる


――経吾へ。今日は夜、用事があるから帰ります。よく寝てたから起こさないどくね。


そこには・・・園崎の字でそんなことが綴られていた


どうやら夢ではなかったらしい


ぼんやりと、眠りに落ちる直前に見た園崎の姿を思い出す


俺のTシャツを羽織った園崎


くっきりと浮き上がった胸のライン


裾ギリギリの位置から伸びた白いふともも


そして・・・親友に向けて、というよりは、まるで恋人に向けるような甘い声で・・・


けーご、ハグ・・・しよ?


そんなセリフとともに身体を預けてきた園崎


ぐぬう・・・・、睡魔に負けたことが心底悔やまれる


お互いの下腹部を深く押し当てたような体勢で行うハグ・・・・


どれほど甘美な感触を味わえた事だろうか



いや・・・・、出来なくて正解だったのか?


俺はそんな状態のままいつまでも理性を保ち続ける自信がない


情欲に支配され、もし『親友』にすること以上の行為をしてしまったら・・・・


園崎からの信頼は無に帰すこととなり、もう今までと同じ関係でいることはできなくなるだろう


それにしても・・・最近、園崎からの『親友』としてのスキンシップが濃厚さを増してる気がする


それだけ俺の『親友度』が上がったってことなんだろうが・・・それは『恋人』という最終目標からは真逆の方向に進んでるってことだよな


やってることは恋人同士の様な錯覚を覚えることばっかりで、思わず勘違いしそうになるが・・・・


ぴろりぴ・・・・・・ピッ


テーブルの端に置いたケータイが着信音を鳴らし、それが園崎からのものだと理解した瞬間・・・俺はすでに通話ボタンを押していた


「もしもし?」


『あ、けーご?おはよう』


耳元をくすぐるような園崎の声


「ああ、おはよ・・・ってか、もう夜みたいだけどな」


苦笑混じりにそう返す


『くふ、よく寝てたから。起こすの悪いと思って黙って出て来た』


「そっか・・・悪かったな、急に『寝落ち』しちまって」


『んーん、大丈夫だよ。・・・・それより、明後日のことだけど・・・』


「あさって?」


『うん、けーご・・・バイト休みなんでしょ?」


「え?・・・おう」


そうか、冷蔵庫のカレンダーで俺のバイトスケジュール、チェックしてたよな、園崎


『もし、用事無いなら・・・久しぶりにデ・・・部活しない?』


「部活・・・か。おう、大丈夫だ。用事はなにもない」


園崎からのお誘いに、俺は一も二もなく承諾の返事を返す


・・・おい、俺。冷静になれ


ここでいう『部活』とは『中二的奇行を行う集まり』の事だぞ


なに、デートのお誘いを受けたみたいな気分になって浮かれた返事を返してんだ


『よかった。・・・じゃあ朝から目一杯、一日中遊・・・・・活動に勤しむぞ。けーごもその積もりでいろよ』


「わかった」


一日中か・・・・


まあ、いいか。夏休みだしな


『じゃあ、集合場所と時間は追って連絡する』


「おう」


『じゃあな・・・・・・・あ、そうだ』


「ん?どうした」


通話を終えようとしていた園崎だったが、急に何かを思い出したような声を出した


『ゴメン。借りたTシャツ、洗って返すつもりだったんだけど・・・・うっかりして持ってくるの忘れちゃったんだ』


申し訳なさそうにそう言った園崎に、俺は軽く吹き出す


真面目というか義理堅いとこあるんだよな、園崎


「なんだ、そんなことか。気にしなくていいよ、別に」


『うん、借りたのに悪いな。・・・じゃあ』


ピッ


明後日か・・・・なんとも待ち遠しい・・・・・ってアホか、俺


デートとかって甘いイベントじゃなくて中二的活動を行う謎部活だぞ


でもまあ・・・・好きなコと一日中一緒にいられるなら多少の中二的奇行に付き合うのも悪くないか・・・


「だが、まあ、何はともあれ今の最優先事項は・・・・・」


俺はそれの所在を確認するべく眼球を動かす


・・・・・あった


ベッドの端に無造作に置かれたTシャツ


園崎が脱いだそのままの状態を維持したまま・・・・そこに存在していた


先程まで園崎のカラダを包みこんでいた布地・・・


特にその内側の生地はナマの素肌に直接触れたものであり・・・


・・・・ごきゅ


「取りあえず・・・・洗濯する前に色々と調査が必要、だな」


今夜は・・・・また長い夜になりそうだ


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


待ち望んだデート・・・・じゃない、『部活』の予定当日になった


いま俺は、その後かかってきた電話で指定された待ち合わせ場所


駅の券売機前に立っていた


時間は午前9時の少し手前くらい


まだ今日の『部活』の内容は聞かされていないが、電車でどこか行くつもりなんだろうか


ちなみにあのTシャツはちゃんと翌日の朝、洗濯機に入れた


・・・・まあ、その前に一晩中じっくりと堪能させて頂いた訳だが


「待たせたな。経吾」


芝居がかったようなニヒルな口調の声に振り向いた俺は、いつものように軽い不意打ちを受ける


歩み寄ってくるのは、はにかむような微笑を浮かべた美少女


今日の園崎は向日葵を連想させるような鮮やかなオレンジ色のサマーワンピだった


これからどこでどんな『部活』をするのか・・・その『カモフラージュ』は完璧といえた


誰が見ても『特別なデートに精一杯気合い入れてオシャレしてきた女の子』にしか見えないだろう


ぐっ・・・マジ可愛い過ぎだろ


『部活』だって解ってる俺でさえ『デート』みたいな気分になってくる


「けーご、どうかした?」


園崎が軽く小首を傾げるようにして俺の顔を覗き込んでくる


艶やかな唇に思わず目を奪われそうになり、慌てて視線を逸らした


「いや、別に・・・で、わざわざこんなとこで待ち合わせってことは、今日はどこか行くのか?」


「くく・・・察しがいいな経吾。・・・ではそろそろ今日の目的地を教えてやろう」


勿体振るようなセリフと共に、手にしていたバックに右手を入れる園崎


「今日これから我らが向かう場所・・・それは・・・・ここだッ!!」


そう叫び、ズビシッ!っと俺の鼻先へと突き出してきたものは・・・一枚の短冊状の紙片だった


え?・・・これって


「・・・遊園地の・・・・・入場券?」


「ふはははッ!そうだッ!!今日、ボク達はここに赴き、一日中、目一杯、遊・・・じゃなかった・・・・か、活動を行うのだ!!!!」


園崎はわずかに紅潮した頬でそう高らかに宣言した


(つづく)

【あとがき】


・・・・申し訳ありませんッッ!!


また大幅に遅延してしまいました


理由は色々とあるのですが一言で言いますと自分自身のだらし無さでございます


今後も亀の歩みだと思いますが見捨てないでやってください



さて、次回は夏休みも大詰め。

遊園地でのラブラブデート…じゃなかった…部活です、部活。

ちなみに、皆様もうお忘れになってるかと思いますが、ここは第31話にチラッと出て来た、園崎さんが「あ、そうか・・・あそこは・・・」と呟いてた遊園地です。

やっと伏線回収…っていうか引っ張り過ぎて、もはや伏線でもなんでもない状態になってますね…。

次回はなるべく早くお届け出来るよう…頑張りたいとます


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