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プロミステイク ~俺と彼女の中二病的恋愛遊戯~  作者: 阿津沼一成
第2章 サマータイム・ラプソディ
62/90

第62話 Some small material

「さくらでんぶ・・・」


「・・・・・・・はい?」


俺のバイト先であるコンビニ


そのカウンター内


隣に立つマキさんが、ふっと呟くようにそう言った


ちょうど客足が途切れ、一息ついてたところでの・・・そんな脈絡の無いセリフ


多分独り言だったんだろうけど、つい俺は困惑を顔に出してしまった


えーと・・・『さくらでんぶ』って確か海苔巻き寿司とかに入ってるピンク色の甘いやつだよな?


そんなしみじみと遠い目をして言うセリフなのか?


俺の怪訝そうな視線に気付いたマキさんは照れたような微笑を浮かべた



「義川は・・・女の子のお尻は好きか?」



なんで続くのがそのセリフ!?


脈絡なさすぎだろ!?

意味不明だ


大丈夫かこの人!?


俺の脳は想定外の話題について行けず思考停止の状態に陥った


「お尻を表現する言葉に『桃尻』ってのがあるよな」


言葉を失ったままの俺を置いてきぼりで、マキさんはしみじみとした口調で語り始める


「これはある程度成熟した女性のお尻を表現する言葉だと思うんだ」


俺はツッこむタイミングが掴めず、ただ聞いているしか出来ない


「いま花開かんとする少女の可憐なお尻を表現する、適切な言葉は無いものかと俺は常々考えていたんだが・・・」


そんなこと常々考えてたのか、この人・・・


「ほんのりと淡い桜色に色づき始めた少女のお尻を・・・・





桜臀部さくらでんぶと呼ぶのはどうだろうか?・・・って、どうした義川!?突然膝をついて!」


俺は全身を襲った虚脱感により崩れ落ち、両手両膝を床へと突いてしまった


訳わからん!


「貧血か?夏バテには気をつけろよ」


そんな的外れなセリフにも、言い返す気力も湧かない


「大丈夫か?・・・あ、いらっしゃいませ」


店の扉が開き、マキさんは瞬時に仕事モードで挨拶の言葉を上げた


相変わらずオンオフの切り替えが早い人だ


俺もマキさんに遅れ慌てて立ち上がる


「い、いらっしゃいませ。・・・って、お前らかよ」


挨拶をした俺は再び軽い脱力感に襲われる


入ってきたのは二人の女子だった


「『なんだ』とは、ご挨拶ですね先輩」


「キヒ・・・、この店には失礼な店員がいるようだネ。お客様電話センターに凸電でも入れるとしようカ?・・・」


ドアを開け入ってきたのは、言うまでもなく後輩女子サクマとゴス服中二病女サツキだ


「お客様、物騒な冗談はお止め下さい」


俺はサツキのタチの悪いセリフに引き攣る頬を、無理に営業スマイルに変える

隣のマキさんはあからさまに目をハートに変え、顔を緩ませていた


はあ・・・


他人の女の趣味をとやかく言う気は無いけど、こんな奴のどこがいいんだ?


・・・いや、Mにはたまらない悦びなのか?


まあ、少なくとも俺の好みとは掛け離れてることは確かだ

俺はM的な趣味はないしな



・・・・・・ないからな?



「それはそれとしテ・・・よっしぃ、ガ●ダムは知っているよナ?」

「ん?・・・まあそりゃあ・・・・」


急に向けられた質問に、俺はそう返事を返す


俺だって男子の端くれだ

日本を代表する伝説的ロボットアニメくらい、ちゃんと見てる


てゆーか見せられた


姉さんに


正直、XとかVとかWとか、どれがどれだか記憶がごっちゃになってるが、全てのルーツであるファーストは、ほぼストーリーも正確に覚えている


「ガン●ムをモチーフにイラストを描いてみたんだガ・・・せっかくだから君にも感想を貰いたくてネ」


そんな事を言いながら、サツキは手にしていたバックからスケッチブックを取り出した


「ガ●ダムにおける設定では、宇宙服は『ノーマルスーツ』と呼ばれているのは知ってるナ?」


「ん?まあな」


「それを少々アレンジしてネ・・・・





『アブノーマルスーツ』っていうのを・・・」


「おいいいいいいいいいいいいいいいぃぃい!!!!!!!!!!?」


俺は腹の底からの絶叫を上げた


「いいか?そのスケブをそれ以上開くなよ。開くんじゃないぞ!」


「なんだイ?・・・・せっかく君をモデルにしたキャラで描いてあげたのニ・・・」


「ぜってー見せんなよ!?」


断言してもいい


そのイラストは、見た瞬間MPやLIFEやSANがごっそりと持って行かれる系のヤツだ


「なんだイ、結構自信作なんだヨ」


「そうですよ先輩、わたしはすっごいイイと思いましたよ!特に宇宙服のはずなのに全く気密性が考慮されて無いとことか・・・斬新でした!」


「いや、死ぬだろそれ!?」


宇宙服の存在意義を否定してるぞ


「だいたイ僕は『ノーマルスーツ』のデザインの変遷には疑問を感じているんダ。なんで7年後のZの方が分厚くなってるんダ?性能が低下していないカ?」


「ですよねー。7年も経てば品質が向上してなきゃおかしいですよ。更に薄く高品質になってるはずです。もっと身体にフィットするようにボンテージ感がアップして、表面ももっと光沢感が上がってエナメルっぽい質感になってるべきだと思います!」


サツキの苦言に対してサクマが鼻息荒く相槌を打つ


「そう言えば、以前見せて頂いた『プラ●スーツ』をアレンジした『プラグインスーツ』も秀逸でしたよね。見た目は普通の『プ●グスーツ』なのに、中にア●ルプラグが内蔵されていて、着るだけで着用者を受け男子として最適なカラダへと開発してしまうとか・・・グヒッ、素晴らし過ぎます!」


「ギヒヒ・・・、あれは自分でも会心の作だったヨ」


「お前ら、そういう会話は他でやれえぇえええええええええ!!!!!!!!! 」


女子への幻想を容赦なくぶち壊す二人の会話に、俺は腹の底からの叫びを上げる


「マキさんも黙って見てないで、なんか言ってやって下さいよ!」


そう言って隣を見ると・・・マキさんは目を細め、和やかな微笑みを顔全体にたたえていた


「可愛いなあ・・・女子高生が『キャッキャウフフ』とガールズトークする姿は和むなあ・・・癒されるなあ・・・」


どうしてあれが『キャッキャウフフ』に聞こえるんだ!?


俺には『ゲヘヘグフフ』にしか聞こないぞ!?


この人の脳内ではどんなエフェクトがかかってるんだ!?


俺はマキさんという人間に戦慄を覚え愕然となる



この店に・・・俺の味方はいないのか?


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


労働だけのものではない疲労感とともに、フラフラとした足取りで帰宅した俺は玄関のドアを力無く押し開いた


「ただい・・・・・・おかえり」


そして・・・ドアを開けながら発した言葉を、途中から正反対のものへと変える


「ただいま。そして、おかえり」


俺の言葉を受け、座って靴を脱いでいた姉さんがそう返してくる


まあ、外に姉さんのクルマが停まってるのが見えたから、帰って来てることには気付いてたんだけど・・・、どうやら今しがた着いたところらしい


傍らにはいつか見たカート付きの大きなトランク


視界の隅に傘立てに突っ込まれたL字型の金属棒が映るが、見なかったことにした


今日の俺はこれ以上なにかにツッコミを入れる気力はすでに無い


ありのままを受け入れようじゃないか


「どしたのけーくん?なんか『フッ』ってニヒルな笑いを浮かべて・・・・って、そんなことより・・・聞いて聞いて、けーくん!いた!いたのよ!!」


姉さんは突然立ち上がると興奮した声でそう捲し立てた


「い、いたって、何が?」


俺は姉さんの勢いに軽く上体を引きながら尋ね返す


「さっき帰ってくる途中、駅前を通ったんだけど・・・そこで見たの!チラッとだったけど・・・間違い無いわ!!」


「・・・・だから、何を見たのさ?」


俺は靴を脱ぎながら質問を繰り返した







「美少女肉人形ちゃんよ!」


「ブフォ!?」


吹いた


言うまでもなく姉さんの言うそれは園崎の事だ


「すれ違いながらの一瞬だけだったけど・・・あれは間違いなく『美少女肉人形ちゃん』だったわ!やっぱりあれは夢なんかじゃなかった!『美少女肉人形ちゃん』は実在したのよ!!」


「み、みみみみみみ見間違いじゃないの?また夢見てたとか?」


鼻息荒く語る姉さんに対し、俺は動揺を隠すことも出来ず舌をもつれさせる


「けーくん!いくらあたしでも運転中に夢を見るくらい深い居眠りはしないよ!・・・あれは現実!やっぱり『美少女肉人形ちゃん』はこの世に存在してたんだよ!」


・・・マズイことになった


あの時は『夢だった』って思わせて、なんとか誤魔化したのに・・・


姉さんと園崎を接触させるのは危険過ぎる


そもそも『ドール』なんて厄介な設定が追加されたのも、姉さんが原因だ


この人の常識外れの行動や言動に、感受性の強い園崎が悪影響を受けるのは目に見えている


うっ!?


その時、久しぶりに感じる嫌な感覚


言いようのない不吉の塊がズルズルと背中を這い登ってくるような・・・そんな感覚


「!?」


姉さん、さっき園崎の事、駅前で見かけたって言ってたよな?


それって・・・オレんちに来る途中だったんじゃないか!?


ヤバい!?


「ね、姉さん。俺、バイト先に、えーと・・・忘れ物?・・・したっぽい。ちょ、ちょっと行ってくるね」


「え?けーくん?」


俺は咄嗟に浮かんだ言い訳を口にすると踵を返してドアを開けた


そして、戸惑う姉さんにも構わず、玄関を飛び出す


脱ぎかけた靴に足をもつれさせながら家の前の道に一歩足を踏み出した時・・・


「あ、けーご?」


歩いてきた園崎と鉢合わせした


「どうしたの?なんか慌ててる?」


俺の様子に園崎が軽く眉を寄せる


「いや、あのな・・・」


「どうしたの?けーくん。誰かきた?」


「!?」


俺が園崎に口を開きかけた時、背後のドアの隙間から姉さんの声がして心臓が縮こまる


「え?・・・・・・きゃっ!?」


俺は反射的に園崎の手首を掴むと、全力でその場から駆け出した


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


「はあ・・・はあ・・・ここまで、くれば、大丈夫、かな?」


家の近くにある公園まで全力疾走した俺は、そこでやっと足を止め一息ついた


「えっと・・・・、けーご。ちょっと・・・痛い・・・」


「え?・・・・わわわわわわわゴメン!」


園崎の困ったような声で気付いた俺は、まだ掴んだままだったその手首を慌てて解放した


可哀相に、園崎のほっそりとした白い手首は俺の掴んだところが少し赤くなってしまっていた


「ゴメンな園崎。い、痛かったよな?」


「ん、んーん・・・・大丈夫。気にして・・・ないよ」


園崎は俺の突然の乱暴に対して、責めることなくそう言って眉を寄せ微笑んでくれた


無理矢理に走らされたせいで、その頬は上気し額には汗が滲んでいる


「そ、それに・・・あんなごういんなけーご・・・はじめてで・・・しんせん・・・・・・・むりやり・・・ちからずくで・・・つれさられるシチュって・・・けっこう・・・んーん、かなり・・・イイ・・・・」


大丈夫とは言ってくれたものの、園崎は僅かに瞳を潤ませ乱れた呼吸に混じって何か呟きを漏らしていて・・・・ちょっと様子がおかしい


「園崎?ホント大丈夫か?暑いし・・・・熱中症っぽくなってる?」


「ふあっ・・・・・!?な、ななななんでもないよ」


俺が声をかけると園崎は、どこか虚ろだった目を丸くして弾かれたように我に返った


「そ、それより・・・なにかあったの?あんな慌てて」


うーん、どう説明したものか・・・・


「えっと・・・。園崎、俺に姉さんがいるのは知ってるよな?」


「え?・・・あ、うん。前に一度会ったことあるよね?」


園崎は記憶を探るように顎に指先をあててそう言った


「俺の姉さんて少し変わっててな・・・、この前もヘンな事になっちゃったろ?」


「ヘンな事?・・・・・・・・・あっ!」


園崎は少し考えたあと、『ヘンな事』の意味に気が付いたようで、さっと頬を朱に染める


そして・・・たぶん無意識に、なんだろうけど・・・ふとももの付け根付近に手を添えた


俺がくちづけしてキスマークを刻んだ、その部分に・・・


唇と舌先にその時の感触が甦ってくる


すべすべで柔らかな肌の質感・・・


微かに感じた園崎の・・・肌の味・・・


と、ヤバいヤバい


どこガン見してんだ、俺


慌てて目を逸らしながら言葉を続ける


「それでな・・・・、いま姉さんウチに帰ってきてて・・・姉さんがいる間は・・・園崎、ウチに来ないでくれないか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


「まあ、2、3日したら帰ると思うから、その間は・・・って、どうした?」


再び視線を園崎に戻すと、俺に向けたその目が今までとどこか違う事に気付いた


何かを疑うような・・・猜疑の色を含んだ冷たい眼差し


それは俺が今まで見た事の無い・・・・・いや、いつだったか、前にもあったか?


「経吾・・・・」

「な、なに?」


いつになくシリアスな空気を纏った園崎に気圧されるように、俺は僅かに身を引いた


「前から・・・・気になっては、いたんだが・・・・・」

「お、おう・・・・」


園崎は一旦目を伏せ、逡巡するように視線をさ迷わせた後・・・・・・再び俺の目をまっすぐに見つめてきた


そして、


「経吾・・・・お前・・・お姉さんのことが・・・好きなのか?」


と言った


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


俺は意味が解らずポカンとする


「つまり!・・・お前は自分の実の姉を・・・・『オンナ』として好きなんじゃないか?と聞いているんだ!!」


鬼気迫る表情でさらに詰め寄ってくる園崎


「な!?・・・なななななな!?」


予想外のセリフに俺は言葉を失う


「図星なのか?やはりそうなのか!?お前は実の姉に対して『オトコ』としての欲望を向けているのか!?」


「あああああアホかお前は!?なんでそうなる!?」


あらぬ疑いに俺は叫び返すが、尚も園崎は追及の言葉を緩めない


「だって・・・家に来るなってのは・・・姉との二人っきりの邪魔をされたくないってことじゃないのか!?オトコにとって『実のきょうだいと×××』ってのは、みんな夢見る憧れのシチュエーションなんだろう!?」


「んなわけあるか!お前変なマンガの見すぎ!!どこのベタなエロマンガだよ!?」


「それに前・・・でっでっでっデートっぽいことしてただろ!?二人で!」


「いや、だからそれは・・・・・・・あれ?なんで園崎そのこと知ってるんだ?俺、話したことあったっけ?」


「ゴフッ!?・・・・・あ、 あああああったろ?ま、ま、ま、まえ話してたじゃないか!?だからボクが知ってるんだろ!?」


えーと、そうだったっけ?


俺、あんまり男友達とかにも姉さんのことは話さないんだけど・・・


ああ、そういえば姉さんに買い物付き合わされて途中でほっぽりだされた時、偶然園崎と会ったことがあったな。その時、そんな話をしたような気がする


「じゃあ、その時も説明したろ?俺はただの『ナンパ避け』。それ以上の意味なんかないって」


「でも・・・・・ち、小さい頃は一緒にお風呂に入ったりしたんだろう!?姉の生まれたままの姿をじっくりねっぷり隅々まで見ていたんだろう!?そして少しずつ膨らんでいく胸に、幼い性の目覚めを感じたりしたんだろう!!?」


「一緒に風呂に入ったことなんか一度もねええぇ!!」


俺は園崎の根も葉も無い疑惑に対し、腹の底からの絶叫を上げた


「・・・・・え?・・・・一度も・・・・・無いの?」


俺の絶叫に園崎が僅かに落ち着きを取り戻す


「当たり前だ!あってたまるか!」


俺と姉さんが『きょうだい』になった時、お互いもうそれなりの年齢だった


ブラコン発言こそ多い姉さんだが、それはあの人のキャラ作りのネタみたいなもので、本気で何かされたりしたことは一度もない


ましてや、一緒に風呂なんてあろうはずもない


「そ、なん、だ・・・・・」


園崎は毒気を抜かれたように、全身から溢れていた謎の負のオーラを引っ込めた


「・・・・・信じて・・・・いいんだな?」


念を押すように上目遣いでそう言ってくる園崎の瞳を、俺はまっすぐに見つめ返した


「当たり前だ!・・・俺を信じろ!!・・・・・・・てゆーか信じて下さい。お願いします」


俺はこれまでの人生で一番ともいえる真剣な表情を作り、自分からは決して逸らさない覚悟で園崎の目を見つめた


園崎もまっすぐに俺の目を見つめ返してくる


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」


そうやって俺達は暫しお互いの瞳を無言のまま見つめ合った


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・っ、・・・ぅ、・・・!、・・・・・・~~!」


そうしているうちに園崎の頬が徐々に赤みを帯びてきて・・・


とうとう耐え切れなくなったように顔を伏せてしまった


そして俯いたまま唇をもにょもにょと動かして


「・・・・・・わかった・・・けーごのこと・・・・しんじる・・・・」


と言った


よかった


なんとか信じてくれたみたいだ


俺はほっと安堵の吐息を漏らした


園崎はまだ俯いたままで落ち着きなく視線をさ迷わせていた


その顔は耳たぶまで赤くなっている


たぶん見つめ合ってた時、息を止めてたりしたんだろう


なんにせよ、変な疑惑が晴れてよかった


好きな女の子に姉との関係を疑われるとか、どんな罰ゲームだよ


・・・しかしこれでますます姉さんと会わせるはいかなくなったな


姉さんがうっかり口を滑らせて、俺達姉弟に血の繋がりがないことを喋りでもしたら・・・


園崎がどんな妄想を爆発させるか・・・・考えるだけで恐ろしい


横目で様子を伺うと、園崎はまだ少し赤い顔で、少し虚ろともいえる瞳を揺らめかせ微かな呟きを漏らしていた


「・・・しんじるってきめたから・・・あたし・・・かくごする・・・・・・・けーごになら・・・たとえだまされてたとしても・・・こうかいしない・・・・しんじぬく・・・」


・・・・・信じて、くれたんだよな?


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  


そのあと俺達は昼食をとる為に駅前へと向かった


乱暴に扱ってしまった園崎へのお詫びも兼ねて、俺が奢ることにした


別に気にしてないのに、と園崎は言ってくれたが、男としてその辺のけじめはちゃんとしておきたかった


まあ、ただの自己満足と言ってしまえばそれまでなんだが・・・


店は園崎のリクエストで和食の店になった


でもなんとなく、俺が和食好きなのを知ってる園崎が気を利かせてくれたような気がする


最近気が付いたんだが、園崎って強引で無茶振りしてくるとこもあるけど、何気に細かいとこに気が利く


彼女にしたら尽くしてくれるタイプなんじゃないだろうか?


ま、俺の勝手な願望だけど・・・


店は個人経営のこじんまりした定食屋だった


園崎は初老の店主夫婦とは顔見知りらしく、リーズナブルな値段に加えサービスで大盛りにして貰えた


素朴な家庭料理の店で価格も良心的な値段だ


高校生が来るにはいささか渋い場所かもしれないが、俺はどちらかというとファミレスなんかよりこういう落ち着いた雰囲気の方が好みだ


それにファミレスなんかだと知り合いに会いそうだしな


できれば園崎とのこういう場面はクラスメイトとかに見られるのは避けたい


学校が休みの間にも頻繁に会ってるなんてバレたら、付き合ってると思われても仕方ないだろう


その結果、変な噂が立って気まずくなったりしたらマズイもんな・・・


まあ、あえて周りにそう思わせるように仕組んで既成事実化し、外堀から埋めていく・・・ってテクニックもあるらしいけど・・・


園崎にそのやり方は逆効果な気がする


・・・まあ焦ることはない


他にライバルともいえる男など皆無の状況だ


俺の圧倒的優位性は少しも揺るぎない


蜘蛛の糸で搦め捕るように徐々に・・・着実に・・・距離を縮めていけば・・・いつかは・・・この指が届く日が来る・・・


「・・・・・けーご・・・・」

「えっ!」


園崎に声をかけられハッと我に返る


う、まずい


思考に埋没していて目の前の園崎を忘れていた


「けーご・・・どれ程の悪辣な計画を練っていたんだ?狡猾な搦手で獲物を追い詰める策士のような表情だったぞ」


「う・・・別にたいしたことじゃ・・・」


俺は慌ててそうとぼけながら食後に出されたお茶をすする


いかん


また、邪な感情が顔に出てたか


「そ、そういえば、けーご。この前けーごの家の台所を借りたとき・・・なんだけど」


園崎がどこかそわそわとした様子で話題を変えてきた


「偶然・・・・、ほんと偶然になんだけど・・・目に、入っちゃって・・・」


「ん?」


なんのことだ?


「台所のカレンダーにね・・・今月の25から27まで旅行って、書いてあった、よね?・・・けーご、行くの?・・・家族旅行、とか、なのかな?かな?」


園崎は落ち着きなく指先をそわそわと動かしながらそんなことを聞いてきた


「え?カレンダー?旅行?」


カレンダーってのは冷蔵庫の脇に貼ってあるやつのことだろう


母さんが買ってる主婦雑誌の付録に付いてたもので、そこには家族の予定事や仕事の休み、それぞれの誕生日なんかが書き込んである


元は雑誌の付録だが、ちょっとした我が家のデータベースだ


確かに今月の後半、そんな予定はあった


けど・・・


「ああ、違う違う。それは父さんと母さんの予定。ウチってわりと両親とも忙しくてさ。だから毎年その辺りに休みをとって二人で旅行に行くことになってるんだ。俺も小さい頃はついて行ったりしたけど、最近は留守番。たまには夫婦水入らずにしてやらないとさ」


「そっか・・・けーごは留守番か・・・・」


俺の言葉を聞いた園崎が少し考え込むような表情になる


なんだろう?


あ、そういえば園崎の両親って離婚してたんだっけ・・・


仲のいい夫婦の話なんて、あまり聞きたいことじゃなかったのかもしれない


「あ、園崎・・・・ゴメンな?」

「え?・・・なにが?」


俺が謝ると園崎はキョトンとした顔になった


「えーと・・・、とにかく、ゴメン」


上手く説明することも出来ずそう繰り返す俺に、園崎は不思議そうに小首を傾げた


◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆


「はあ・・・サッパリした」


その日の夜、風呂から上がった俺は軽く感嘆の吐息を漏らした


やっぱ風呂はいい


一日の疲れ(今日は主に精神的な)が湯の中に溶け出すようだ


この感覚はシャワーでは味わえない


やはり真夏でも肩まで湯舟に浸かってこそ日本人と言えよう


そして風呂上がりには冷たいビール・・・なんて、未成年の俺がそんなわけはなく・・・麦茶だ


だが麦茶だって原料が麦であることには変わりはない


昔、もともと麦茶はホットで飲むものだったらしいが、やはりキンと冷やしたものが格別だ


冷蔵庫様々だよな


そんな事を考えながら台所の扉を開ける


「きょほーっ!うきょきょきょきょ!!」


台所の隣、リビングから奇声が聞こえてきた


声の出所は言うまでもなく姉さんだ


・・・またか


念のため言っておくが姉さんは別にヤバいクスリをキメている訳ではない


まあ脳内では違法ドラッグも裸足で逃げ出すほどの麻薬物質が分泌されているのかもしれないが・・・


そんな奇声を上げながら何をしているかというと・・・姉さんは食い入るようにテレビ画面を見ていた


画面の中には現実では有り得ない極彩色の髪の少女たち


「くっはー!やっぱ日本サイコー!!しばらく国外にいると戻って来たときその素晴らしさが骨身に染みるわー!・・・・・・おっ!?けーくん発見!」


しまった。見つかった


こっそり麦茶だけ飲んで出ていこうとしてたのに


「いっしょに見よ、いっしょに見よ。ほらほらここ座って」


はあ・・・


仕方ない、少し付き合うか・・・


逃げることに体力を使うより、その方が幾分マシなはずだ


一旦絡まれると酔っ払いよりタチが悪いからな・・・


「で、なんてアニメなの?SF?」


「んふふー。今期イチ押しのアニメ『艦長これくしょん』略して『艦これ』よ!」


「・・・・・かんこれ?」


「そう!原作はゲームなんだけど・・・主人公達はみんな宇宙戦艦の艦長なのよ。もちろん美少女。艦長娘。略して艦娘。」


「・・・・・・かんむす。?」


画面では宇宙空間での艦隊戦が行われていた


『左舷!弾幕薄いわよ!!何やってんのッ!?』


「うくぅ~!乃愛ちゃんのヒステリックキター!あたしも乃愛ちゃんに理不尽に罵られたい!」


姉さんが両手で頬を押さえ悶える


「この子がメインヒロインの煌院乃愛(きらめきいん=のあ)ちゃん。地球育ちのエリートなの。二つ名は”輝きの(ブライト)乃愛”。・・・何故かゲームでも彼女の指揮する戦艦は左舷の防御ステータスが低下するのよねー」


「そう・・・・なんだ・・・・」


画面ではそのヒロインキャラが左舷の弾幕に対してメチャメチャキレている


・・・メインヒロイン・・・なんだよな?


派手な名前に反してすごい地味な顔だ。白目の部分、彩色されてないし・・・


「きゃーん。三十鈴ちゃんロリ可愛いー」


再び姉さんが嬌声を上げる


画面に映っているのは・・・・幼女か?


「彼女は伝説といわれた艦長の孫娘、沖田三十鈴(おきた=みすず)ちゃん。沈着冷静なクーデレキャラよ」


身長的に見て幼い少女のようだがコート状の長い軍服に軍帽を目深に被っていてその顔ははっきりとは見えない


『・・・・敵艦に向け通信・・・・』


『はっ!なんと打ちますか?艦長』


『・・・バカめ・・・・と言ってやりなさい・・・』


『は?』


『バカめ・・・・よ』


「名セリフキター!!カッコイイー!痺れるー!!」


奇声を上げつつ床を転げ回る姉さんに毎度のことながら軽い目眩を覚える


まあ、姉さんも久しぶりの我が家に気も緩んでるんだろう


ついでに脳も


まあ今夜くらい明日のバイトに響かない程度に付き合ってやってもいいだろう


俺は苦笑混じりにそう思った




・・・・別にシスコンな訳じゃないからな?


(つづく)


【あとがき】

皆様お久しぶりです

大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません

やっと更新することができました


仕事もなんとか一段落してきました

…でも更新が遅れた原因は他にもあるんですけどね…


書き溜めておいた文章をミスってまるっと削除してしまって凹んだり、M●Dとかにハマって、作った拙い動画をニコ●コに投稿したり…


いや、まあ、全ては自分の不徳の致すところなんですが…


ともあれ、また亀の歩みの更新を再開致します

皆様どうか宜しくお付き合いの程、お願い致します


【どうでもいい設定】

姉さんのクルマは中古のフランス車

ルノー社のメガーヌ

ちなみにスペルはMEGANE


【今回の豆知識】

台所のカレンダーはプライバシー情報の宝庫だヨ

もちろん園崎さんは偶然にも8月のみならず12月まで目に入っちゃってます。

偶然にも←ここ重要


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