第56話 He's sweet on her.
「園崎・・・、ホントに・・・?」
俺は突然の思いがけない展開に、震える声で園崎に確認を取った
「ん・・・、いいよ。ボクがけーごのカノジョに・・・なったげる」
俺の部屋の中
ベッドに並んで座った俺と園崎
急な状況変化がまだ信じられない
でもたった今・・・二人の思いが通じ合い、俺達は恋人同士に・・・彼氏彼女の間柄になった
昂揚感と多幸感で頭がクラクラする
フワフワと意識と共に身体まで浮いてるような気分だ
「園崎・・・」
俺は左側に座る園崎の腰へと腕を廻し抱き寄せる
園崎はしな垂れかかるように俺の胸へと頬を寄せてきた
ほとんど重みの感じない、軽くて小柄な肢体
だが要所要所はしっかりとしたボリュームを備えた、オンナのカラダ・・・
視線を下に移すとスカートから覗くふとももの白さに思わず目が奪われる
「けーごのえっち。どこみてるの?」
「えっと。これは、その・・・」
俺が慌てて弁解しようとすると軽く睨んできていたその目がふっと緩む
「けーご・・・ボクのカラダに・・・えっちなコト、したい?」
園崎がそう言ってどこか妖艶ともいえる顔で見つめてきて、俺は言葉を失う
「いいよ。ボクがけーごのカノジョになった証に・・・ボクのカラダ・・・好きにしても」
淫靡な響きを含んだ園崎の言葉に・・・俺の中で何かが弾けた
情欲が一気にこみ上げてきて理性を押し流していく
今まで抑えつけていた狂暴ともいえる性の欲望が体の中で暴れ出すのを感じる
自分勝手に・・・思うがままに・・・この華奢でいて部分的に豊満な園崎の肉体を嬲るようにしゃぶり尽くしたい獣性に意識が支配されていく
腰に回した手を僅かに下に滑らすと・・・ブラウスと・・・スカートの境目が指先に触れる
だがそのままさらに下へと動かし・・・スカートの布地の中へと手の平を差し入れ・・・無遠慮に進入していく
と同時に反対側の手は胸元へ・・・
はやる気持ちで縺れる指をブラウスの・・・合わせ目へと差し入れた
そのまま引き裂きたくなる衝動を僅かに残った理性で宥め、落ち着かせる
慌てるな、俺
焦ることはない
ゆっくりと・・・じっくりと味わわなきゃ勿体ないだろ・・・
丁寧に・・・優しく・・・
そう、大事な贈り物のラッピングを開封するように・・・慎重に・・・丁寧に・・・一枚一枚剥ぎ取ってから・・・
「ハイハイ、ストーーーップ!そこまでーーー!!!!」
突然上がった制止の声に、俺はびくりとして身を強張らせた
なんだ!?
誰だ!?一体?
いや、でもこの声は・・・
驚き、混乱した俺は声の方へと振り向く
その瞬間、俺の右腕を今しがた制止の声を上げた人物ががっしりと抱えるように掴んでくる
「クロウは僕の物だ!勝手な真似は許さないぞ!」
そう言って抱えこんだ俺の腕をぐいと引っ張るのは・・・
形のいい眉を吊り上げ、表情を険しくさせた・・・園崎だった
「・・・・え?・・・・・・えぇっ!?」
「ちがう!けーごはボクのだ!たった今、決定したことだ」
「それは僕の事だ!オマエのことじゃない」
そんなことを言い争いながら、それぞれ両側から俺の腕を引っ張りあう園崎
なんだこの状況!?
「やれやれ・・・キミ達、何をくだらないことでケンカしてるの?経吾はあたしのものに決まってるのに」
うわっ!?
背後からそんな言葉と共に・・・頭の両側から腕が伸びてきて俺の首に巻き付く
「そうだよね?経吾」
俺の背中に『おんぶ』の様に張り付き、耳元に唇を寄せ、そう囁いてくるのは・・・それも紛れも無く園崎だった
「違いますよ。マスターはわたしのマスターです。これは覆すことのできない確定事項なのですよ」
下からもそんな声が上がりそちらに視線を落とすと・・・膝元に縋るように座り込んだ園崎が上目遣いに見上げていた
「わたしはマスターのモノなんですから、マスターもわたしのモノですよね?」
そう言いながら腰にしがみついてくる
どうなってんだ、こりゃ!?
何人もの園崎が俺を取り合ってる!?
「けーごはボクのだ!」
「あたしの物に決まってるでしょ!」
「いいや、僕のだ!」
「わたしのです!これは確定事項なんです!」
「ちょ、待てよお前ら。ケンカすんなって・・・」
掴み合いに発展しそうな勢いに俺は仲裁に入ろうとするが・・・
「経吾は誰がいいんだ!」
「もちろんボクだよね?」
「わたしですよね?マスター」
「あたしに決まってるでしょ?ね、けーご」
矛先こっち向いた!?
てゆーかふたりの間の事のハズなのに、なんで修羅場みたいな状況になってんの!?
「ちゃんと選んで、経吾」
「一体、誰と付き合うの?」
「ちょ、ちょっと待てよ。オマエ達はみんな園崎じゃないか!?」
一人を選べとか・・・意味がわからない
確かにそれぞれの園崎はまるで別人格みたいに個性的だが・・・それでもやっぱりどれも園崎だ
それを選べとか言われても・・・
しかし目の前の園崎達は互いを牽制しながら俺の返答に注視している
・・・よし、ここは男らしくハッキリと言わねば
「なあ、園崎。お前達はみんな園崎だろ?だから・・・」
「「「「だから?」」」」
「一人ずつ順番な?」
・・・・・あれ?
なんか最低野郎みたいなセリフだった?
そんなことないよな?
みんな園崎なんだし・・・・
どの園崎も魅力的で捨て難い・・・・
「・・・・もう、けーごは欲張りな奴だな」
「さすがマスターは懐が広いです」
おお、冷静に考えると実際の修羅場で吐いたら全員に刺されそうなセリフを、園崎達は優しく受け入れてくれたぞ
「じゃあ、ちゃんと全員を愛してね。経吾」
そんなセリフでにっこりと笑いかけてくる園崎達
おお、これは男の憧れ。ハーレムエンド状態じゃないか!?
相手一人のはずだけど
「じゃ、僕が一番最初だよな。経吾」
「ちょ、ボクに決まってるじゃないか」
「わたしですってば。ねえ?マスター」
「あたしだよね、けーご」
うわっ!?
今度は一番を巡って争い出したぞ!?
「ほら、けーご。ボクのおっぱい好きだろ?」
園崎の内の一人が俺の手を取ると、自らのそれに押し当てるという強行手段に出てきた
「あ!抜け駆け!?ズルい!」
もう一人が俺のもう片方の手を取ると、同じようにしてくる
「お、お前たち!僕の経吾になんてこと!?」
「ふふん、早い者勝ちだ」
出遅れた園崎達が批難の声を上げ、先行した園崎達が舌を出して応える
「じゃ、じゃあ僕も遠慮しないぞ」
そう言うか、その園崎は俺の頭に手をかけると強引にその胸へと引き寄せる
「ほぉら、けーごの大好きな僕のおっぱいだぞ。好きなだけ『ちゅうちゅう』していいからな?」
そう言いながら胸元のボタンを外していく園崎
「違います!マスターが好きなのは私のおっぱいなんです」
別の園崎が割って入ってきた
「はいマスター。右と左、どっちから『ちゅぱちゅぱ』しますか?」
そんなことを言いながらシャツをはだけさせると、ブラに指をかけて選択を迫ってくる
もう何が何だかわからない
これは天国か?
・・・・いや、本当はわかってる
ぶっちゃけ、これ夢だよな?
いつものパターンの
・・・・・ふっ
・・・・・・・・・・・へへ
・・・・・・・・・・・・・・・・へへへへ
・・・・いいぜ、それならそれで
だったら・・・・・醒めるまで好き勝手させて貰うぜ!
「きゃ」
『結局夢オチかよ!?』という虚しい状況に居直った俺は、手近にいた園崎へと飛び掛かるように覆いかぶさった
夢の中だってんなら尚更好都合だ
本人には絶対出来ないような事をたっぷりしてやろうじゃないか
俺は今まで抑え込んでいた園崎への欲望を全て解き放ち一匹の野獣と化した
そして夢の中で文字通り夢中で園崎の身体を貪った
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「義川、お前大丈夫か?朝からずっとフラフラして・・・夏バテか?」
バイト先のコンビニ
そのカウンター内
客の途切れたタイミングで隣からマキさんが声をかけてきた
「・・・ああ、すみませんマキさん。ちょっと睡眠不足で・・」
俺は自分でも生気が感じられないのがはっきりわかる声でマキさんに返事を返した
原因ははっきりしている
昨日、サツキの部屋で行われた園崎とのデッサンのポーズモデル
あんなことがあった後だ
俺だって性欲溢れる一人の男子高校生である
その記憶が鮮明な内に『セルフ行為』に耽ってしまうのは仕方ないことだと思って貰いたい
園崎と行った刺激的で際どい体勢の事はもちろん、その後『確認』した二つの膨らみ
俺の心配などただの杞憂に過ぎない見事なカタチだった
それに加え、その見惚れる程の美しい色艶
以前目にした時はほんの一瞬の事だったが・・・昨日は思いがけずじっくりと見ることになってしまった
時間にして30秒はあったはずだ
俺は全力でその映像を眼球に焼き付けた
やはり白桃と表現するのが相応しい薄桃色の膨らみ・・・
そしてその先端にトッピングされた薄いミルクチョコレート色の突起・・・
それを思い返すと一度終了してもまたすぐに復活してきて・・・
結局サルのように数回も繰り返してしまった
そのあとクタクタになって眠りに落ちたものの・・・
よく覚えてはいないが、もの凄く淫らな夢を見てたようで・・・まともに寝た気がしない
「そういえば・・・サツキの事ですけど」
「メイちゃん!?彼女の新しい情報か?」
すげぇ食いついてきた
本気で惚れちゃったんだな・・・
でもそうなるとこの話は少しマキさんには酷な話かもしれない・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「メ、メイド!?・・・・・・・マジか?」
俺が昨日サツキについて知り得た情報を話すと、それを聞いたマキさんは少なからずショックを受けているようだった
まあ、それもしかたないことかもしれない
惚れた相手がメイドを何人も雇うような大金持ちのお嬢様だったんだ
それに比べマキさんは・・・・
こう言うと失礼かもしれないが、大学中退のしがないフリーターだ
ハッキリ言って身分違いもいいとこだろう
俺だって園崎の父親が会社経営者だって知った時はビビった
サツキはどうやらそれ以上のお嬢様らしいし、俺達庶民からしたら恐れ多い高嶺の花といえるだろう
「・・・ホント驚きましたよ。マンションのワンフロアがまるまる自分の部屋だっていうんですから・・・実際入るまでは信じられませんでした」
「・・・・・・・・・・・・なに?」
「はい?」
なんかマキさんの声のトーンが変わった?
「義川・・・・お前・・・・メイちゃんの部屋・・・入ったの?」
「え?・・・はい、まあ・・・・・・・うおっ!?」
ドンッ!!
いきなり壁に追い詰められた!?
「あの娘の・・・メイちゃんの部屋へ入っただと!?・・・ま、まさかそこで・・・・メイちゃんと!?今日義川が朝から精力尽き果てたような割に、時たま思い出し笑いみたいにニヤけてる原因って・・・昨日そこでメイちゃんと・・・!?」
目が据わってて恐え!
おかげで眠気も一気に醒めた
「ち、違いますって、サツキの部屋にはもう一人別の女の子と行って・・・むしろ何かあったのはその子とで・・・サツキとは何も・・・」
俺は身の危険に肝を冷やしながら弁明の言葉を紡ぐ
「ほ、本当だな?」
「ホントですって、だから落ち着いて下さい!」
第三者が見たら店員同士がケンカしてるみたいに見えるはずだ
こんなとこ客に見られて通報でもされたらシャレにならない
「はわっはわわわわわわわわわわわわわ!?」
その時、そんな震えた声がドアの方向から聞こえた
そちらを見ると・・・目を見開き震える声を漏らす後輩女子サクマの姿があった
「サ、サクマ!?・・・ち、違うぞ!こ、これはな・・・」
俺は誤解を解こうと慌てて事の顛末を説明するべく口を開くが・・・
「うほぉうぅ!バイト先輩から義川先輩へのリアル『壁ドン』キターーーーー!!」
顔を紅潮させたサクマの、だらし無く緩んだ口からそんな言葉が飛び出した
「・・・・・・・・・・・・・・・・サクマ?」
「わかってます!わかってますから!!園崎センパイには言いませんから!大丈夫です!男同士なら別腹ですし!!浮気もバレなければモウマンタイです!!」
「そうじゃねえええ!」
サクマは嫌な方向に誤解していた
「とりあえずそのまま・・・お二人ともそのままで!一枚!一枚でいいですから写メを・・!」
「やーめーろーーーー!!」
トートバッグからケータイを取り出しつつそんなセリフを吐くサクマに俺は腹の底からの絶叫を上げる
また一つ・・・俺の心に消えない傷が増えた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむふむ・・・。なるほど、そういうことですか・・・」
幸い程なくバイトが上がりの時間になった俺は、コンビニ裏でこの困った後輩女子へと滔々と言って聞かせることになった
話の都合上、マキさんの了解を得てから事の顛末をかいつまんで説明すると、聞き終えたサクマは腕組みして大仰に頷いた
「つまり・・・あの方も先輩と同じく両方いけるクチだったってことですね」
「お前やっぱりわかってねえじゃねえか!俺の話なに聞いてた!?」
根本的な誤解は全く解けておらず俺は脱力感に気が遠くなる
「それはともかくとして・・・フムフム、サツキさんに懸想なさるとはさすがですねー。素晴らしい嗅覚、いえ本能でしょうか・・・。確かにサツキさんは生まれながらのセレブ階級。わたしのような庶民にも気さくに接して下さいますがその気質は正に女王様ですし・・・ドMの方には堪らない、理想のご主人様でしょうね」
「・・・ねえ、お前ホントに俺の話聞いてた?」
「え?・・・先輩の説明ってそういうことじゃないんですか?あのバイト先輩さんがサツキさんとお付き合いなさりたいっていう・・・」
「・・・まあ、そうなんだけど・・・そういう特殊なお付き合いじゃなくて普通の恋人同士ってことだと思うんだが・・・」
「先輩・・・普通なんてのは今現在の世間に都合よく作られた上辺だけのモノに過ぎないんですよ・・・。普遍的な普通なんかないんですからそんなモノに縛られるのは愚かしい事だと思いませんか?大事なのは自分自身の主観です」
なんか哲学的な言い回しで言いくるめようとしてくるサクマ
「だから先輩も堂々と女の子も男の子も等しく愛せることを誇っていいんです!」
「だから!俺は違うって言ってんだろがあああ!!・・・うぐ」
睡眠不足と精力不足の状態で絶叫したら目眩が・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「話は聞かせて頂きました、バイト先輩さん。そういうことならいっそのこと、思い切って告っちゃいましょうよ」
バイトが上がったあとのマキさんにサクマはそんな事を言い出した
「え!?・・・告白って。サクマ、お前そんないきなり・・・」
性急過ぎるとも思えるサクマの提案に、俺は多少なりとも慌て、横から口を挟む
「先輩、善は急げですよ!・・・バイト先輩さんがまごまごしてる内に他の誰かがサツキさんを取っちゃったらどうするんですか?」
・・・そんな物好き、そうそういないと思うが・・・
「わかった。・・・そうだよな、あんな可愛いコがいつまでもフリーでいるなんて奇跡がいつまでも続くわけないもんな。誰かに取られる前に・・・一か八かの勝負に出るか」
「マジすか!?」
マキさんの恋の盲目っぷりに色々とツッコミたいところではあるが、その思い切りの良さに水を差すようで何も言えない
それにしても・・・何だかんだ言ってマキさんて行動力あるよな
「おおー、バイト先輩さん。男らしいです!・・・ならばわたしも一肌脱ぎましょう!・・・あ、別にヌードになるって言ってるわけじゃないですからね」
「誰もそんな勘違いしてねえ!・・・って、どうするつもりなんだ?」
俺はサクマのアホなセリフに反射的にツッコんでから、改めて聞き返す
それに対してサクマはドヤ顔で返してきた
「ふふん、わたしはこう見えて中学時代、何組ものカップルを誕生させ、『恋のキューピッダー』と恐れられていたのですよ」
「・・・なんだそれ」
どんな二つ名だよ?
「信じられないかもしれませんが、わたしが仲を取り持った男女のカップル成立率は100パーセント・・・『恋愛成就のマーダーライセンサー』とも呼ばれていたんですよ」
・・・なんかもうどうツッコめばいいのかわからん
「ふっ・・・まあ、自分自身の恋愛成功率は0パーセントなんですけどね」
「・・・・・。」
今までにない煤けた表情を見せるサクマに対し、俺はかける言葉が見つからなかった
「まあ、そんなこと今どうでもいいことです!」
そう言うと暗い雰囲気を振り払うようにガバッと顔を上げるサクマ
どうでもよくはないと思うが・・・
「わたし実は丁度この後サツキさんと会う約束してるんですよ。そこでサクッと告っちゃいましょう」
「え!?今から?」
いくらなんでも急過ぎないか
「よし、わかった。そこに俺も連れてってくれ」
動揺する俺に反してマキさん本人は落ち着き払っていた
なんか・・・すげえ男らしいぞ
「じゃあ、行きましょう。場所は駅向こうのカフェなんです・・・先輩はどうします?」
二人連れ立って歩き出そうとした後、サクマが振り返り俺に聞いてきた
俺にも全く関係無い話でもない・・・何となく見届ける義務があるような気もする
「マキさん、俺も・・・ついて行っていいすか?」
「ああ・・・そうしてくれると俺も心強いよ」
俺の言葉にマキさんはそう言って笑った
「うほぅ!?名シーンご馳走様デス!美しき男同士の友情!その裏に隠れた愛情!そして嫉妬!・・・『貴方がもしフラれても・・・俺がいますから・・俺が慰めますから・・』なんて・・うほぉう!!」
「・・・・サクマ?」
身体をくねらせ不可解なセリフを呟き身もだえる後輩女子に対し、俺は生暖かい視線を送るしかできなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いいですか、『返事は後でもいい』なんて生ヌルイこと言っちゃダメですからね。相手に冷静に考える時間を与えてはいけません。その場で決断を迫るんですよ!」
・・・すげえなキューピッダー
カフェへの道すがら
サクマからのアドバイス・・・というか作戦・・というか策略が伝えられる
「断られそうな場合は『とりあえず一週間だけでも』と、お試し期間をお願いするんですよ。一旦恋人関係を既成事実化させてしまえばこっちのものです。そのあと断られそうになっても泣き落としでズルズル引き延ばしていけばそのうち情が移ってきて、よっぽどの事が無ければ捨てられるようなことはなくなります」
サクマの微妙に狡猾なアドバイスを隣で聞きながらカフェの手前までやってきた
それにしてもいきなり告白とか、凄いなマキさん・・・
そんなにサツキのこと好きなんだ・・・
本人に直接ではないとはいえ、『メイちゃん』なんていつの間にか下の名前で呼んでるし
俺なんかいまだに園崎のこと名字でしか呼んだことない
だってなんか・・・女の子の下の名を呼ぶなんて気恥ずかしいだろ?恋人でもないのに
でも・・・もし恋人になったとしたら、俺も園崎のこと下の名前で呼ぶことになるのかな
・・・・・・・・。
・・・試しに
いまちょっと・・・こっそりと口に出してみようか・・・
前を歩く二人より歩を緩め数メートル後ろに下がる
すーはーすー・・・・
「・・・・・・・・柚葉・・」
うわー!うわー!うわー!スゲェ恥ずかしいぞ!?
これ、ホントに本人に向かって言えるのか?
「ん?どうかしました、先輩?顔、真っ赤ですよ」
「な、なんでもない」
サクマが不思議そうな視線を向けてきて俺は慌てて顔を手の平で覆った
着いた先はお洒落なオープンカフェだった
外のテーブル席
その一つにサツキが座っているのが遠目にも分かった
相変わらずの全身黒ずくめでそこだけが周囲と隔絶されたように異彩を放っていた
俺達が近付いていくとその気配を感じ取ったように、サツキが本に落としていた視線を上げた
「やア、もかっち。・・・ん?よっしぃ?それト・・・」
サツキはサクマに軽く手を挙げて挨拶するが、後ろの俺とマキさんに気付くと僅かに怪訝そうな顔になる
「お待たせしましたサツキさん。実はこちらのバイト先輩さんがサツキさんに大事な話がお有りとの事でお連れしました」
「あア、よっしぃのバイト先ノ・・・僕に大事な話?」
サクマの言葉にマキさんの事を思い出したらしいサツキだったが、自分に対して、との部分に思い当たるものが見つからないらしく眉をひそめる
そんなサツキの前にマキさんが進み出た
なんか堂々としてて男らしいな
たまに変態発言はあるが仕事じゃ頼りになるし・・・やっぱマキさんスゲぇな
・・・実を言うと俺がついてきた理由はもう一つある
サツキは園崎と若干違うが似たようなタイプとは言える
中ニ病だし
そんなサツキが告白を受けるシーンだ
いずれ俺が園崎に告白する時の参考になるかもしれない、と考えれば・・・見ておいて損はないはずだ
「こんにちは。俺は義川と同じバイト先の真木亮平といいます」
「・・・あア、先日はどうモ。僕に話とはどういった用向きかナ?」
いよいよか・・・なんか見てるこっちが緊張してきた
「えっと・・・メイドがいるって本当ですか?」
何聞いてんだあの人!?
テンパってるのか?
「ん?・・・まあ居るけド。実家の方にネ。それがどうかしたのかイ?」
「じゃあ・・執事も居るんですか?」
執事?
「んー?父が秘書を雇ってはいるけド・・・執事というのとはちょっと違うかナ?」
マキさん、言ってることがメチャクチャだ・・・これじゃ告白以前の問題・・
「なら・・・、俺を君の執事にしてくれませんか!」
なんだそりゃあぁ!?
「成る程・・・考えましたね」
「サクマ?」
傍らを振り向くとサクマが顎に手を当てて感心したように頷いていた
「いきなり恋人としての関係ではハードルが高過ぎ断られる可能性が高い・・・しかし執事となればそれはあくまでも雇い主と使用人・・・ただの雇用依頼となれば最初のハードルはそれ程高くない・・・」
「・・・・・・は?」
「しかも使用人とはいえ執事というジョブクラスは・・・『お嬢様との禁断の関係』という黄金パターンへの展開も可能・・・。バイト先輩、なかなか侮れない人ですね」
えーと・・・ナニイッテンノ?
腕組みで少年格闘漫画の解説担当キャラのようなセリフを口にするサクマに俺はどうツッコめばいいか困惑する
「さあ・・・賽は投げられました。これにサツキさんはどう応えるのか・・・これは目が離せませんね」
俺はとりあえずツッコミを保留して二人へと視線を戻した
「フム・・・執事、ネ。・・・執事には様々な技術が要求されル・・・・君には何か特別な技能はあるのかナ?」
サツキ・・・、マキさんのセリフは普通の女子ならドン引きしそうな内容なのに執事って単語に食いついてきたぞ
さすが中ニ病だ
「特技は・・・、まだ・・・ありません。ですが!貴女に対する忠誠は誰にも負けない自信があります!」
「キヒ・・・・忠誠心だけでは執事は務まらんナ・・」
「・・・・っ!」
サツキがその目をすっと細め、マキさんの顔に絶望の陰が差した
突き放すようなセリフと表情のサツキではあったが・・・俺の目は見抜いていた
アイツ・・・なんかスゲぇ嬉しそうだぞ・・・・
「しかシ・・・それは使用人にとって最も必要で大事な物ダ」
続いたそのセリフにマキさんがハッと顔を上げると、サツキが微かにその目元を和らげていた
「今はまだ執事にすることは出来ないガ・・・従僕としてなら使ってやらんこともなイ」
その言葉にマキさんの顔が輝く
「あ・・・・ありがとうございますぅっ!!」
ガバッと土下座するマキさん
そんな二人のやり取りにドン引きする他の客
傍らのサクマは目尻にうっすらと涙を浮かべた微笑で、暖かい拍手を送っていた
え?これOKされたってことでいいの?え?
俺の想像してた告白シーンと違ェ!
こんなパターン、特殊過ぎて全然参考にならねえ!
床に膝を突いたまま、逆転ゴールを決めたサッカー選手のように全身で喜びを表すマキさん
拍手を続けるサクマ
・・・・ついて行けん・・・
俺は一人、そっとその場を後にするのだった
(つづく)
【あとがき】
いつもお読み頂きありがとうございます
毎度更新が遅くなってしまい申し訳ないです
亀の歩みでも着実に最終話に向け進むつもりですのでどうか気長にお付き合い下さい
最近めっきり寒くなってまいりましたが、物語中ではまだまだ夏です
季節感の乖離が甚だしいですがどうかご容赦を
夏休み編はもうしばらく続く予定です
【おまけ】 ある後輩女子の証言
「恋のキューピッダー?…ああ、まるこ先輩の事?・・・うん、中学の時まわりからそう呼ばれてたね。…まるこ先輩ってよく勘違いでカップル認定するんだけど、不思議とその人達ってその後なんだかんだ言って付き合っちゃうんだよねー。で、ついたあだ名が『恋のキューピッダー』。・・・『まるこ先輩に勘違いされた男女は必ず付き合い出す』ってジンクスが生まれて、みんなから恐れられてたんだよー。あたし、まるこ先輩とは部活が一緒だったんだけど部内でも二組ほどカップル誕生してたし。あーそうそう、体育教師の盛田と行かず後家の教頭が付き合ってるの発覚したときは驚いたなー。最初まるこ先輩が「あの二人あやしー」とか言ってた時はみんな「そんな訳ねーだろ」って誰も信じてなかったんだけど、一週間もたたない内に・・・(ry




