第51話 Preparation Twister part 1
「ふう・・・今日も暑くなりそうだな」
バイト先である駅前のコンビニ
その店先でゴミ箱のゴミ出しをしていた俺は、高くなり始めた太陽を振り仰いで息を吐いた
焼けたアスファルトから立ち上る熱で景色が揺らめいて見える
今日も午後からは園崎と勉強会の予定だ
だが園崎の補習は今日が最終日
その流れでおこなっていた俺の家での勉強会も明日からはどうするか、まだ未定だった
場合によっては今日が最後になるかもしれない
そう考えると自分の部屋に園崎がやってくるという最大級のチャンス期間最終日とも考えられる
そんなボーナス期間を全く無策のまま費やしてしまったなんて・・・我ながら自分のヘタレさに情けなくなる
ため息と共に顔を上げた時、道の向こうに陽炎が揺らめいた気がした
もう一度見返すと・・・それは人の形をした黒い影だった
それが不吉に揺らめきながらこちらへ近づいて・・・って!?
「お、お前は・・・!?」
「キヒ・・・やあ、おはよウ」
先日と同じく漆黒の出で立ちで現れたその人物は・・・
「サ、サツキ・・・メイ・・・」
「キヒ。なんだイ、その顔は?まるで招かれざる客を見るような目じゃないカ?」
動揺する俺を嘲笑うかのように唇を歪め笑うサツキ
「・・・何しに来たんだ?また冷やかしか?」
「今日はここで人と待ち合わせしててネ」
「待ち合わせ?」
予想外の返答に思わず俺はオウム返しに聞き返した
「あア・・・、いつも僕にいい情報をくれるんダ」
まさか、この前言ってた『エージェント』って奴か?
俺の・・・このバイト先の情報をコイツに教えた人物・・・
炎天下だというのに、言い様の無い不気味さに背筋に冷たい汗が伝う
「おっト、時間通り・・・来たようだネ」
サツキが俺の背後に視線を向けてそう言った
反射的に振り向いた俺の視界に映ったその人物は・・・
「あ、サツキさん。お待たせしました」
「・・・・って、お前かサクマァぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の後方から走り寄ってきたその人物は・・・後輩女子、サクマだった
「な、なんですか先輩?いきなり絶叫して・・・暑いのに元気ですねえ」
うぐ・・・炎天下ででかい声出したら眩暈が・・・
「お前がソイツに俺のバイトのこと喋ったのか?」
「はあ・・・この前メールで。いけませんでした?」
サクマは悪びれることもなくキョトンとした表情でそう言った
「・・・いや、いけないってことはないけどさ。・・・・メール?」
いつの間にこいつらそんな親しく・・・
「キヒ、もかっちは僕と同じ高尚な趣味を持っている事を知ってね。最近懇意にしてるんだよ」
「高尚な・・・趣味?」
「キヒ、立ち話もなんだ。もかっち、ここは暑いし中に入ろうじゃないか」
「そうですねサツキさん・・・・・わ、涼しー」
困惑する俺をよそに女二人はドアを開け店内へと踏み込んでいく
「お、おいお前ら・・・!」
俺は慌てて二人に続いてドアをくぐった
「キヒ・・・ほら昨日言ってた物ダ・・・これはなかなかの逸品だヨ」
サツキがバックの中から薄い本を一冊取り出すと、それをサクマへと手渡した
「ウホッ、これがウワサの●●ァ●総受け本ですか!?ぐほほほぉう」
受け取り、中を開いたサクマがかつて無いほどに顔面を崩壊させる
「待てえ!?お前らウチの店を不穏なブツの受け渡し場所にするんじゃない!!」
今は他の客がいないからいいものの、もし小さいお子さんでもいてその中身が目に触れたら性格形成に悪い影響を与えるだろうが!!
「キミ、不穏とは心外だネ」
「そうですよ先輩、これは乙女の高尚な趣味です」
俺の警告に女二人がステレオで意見してくる
「それに今日はちゃんと買い物もするつもりダ。客であれば文句ないだロ?」
「・・・・くう」
サツキの屁理屈に俺は二の句が継げず唇を噛む
俺が黙り込むと女二人はお喋りをしながら店内の商品を物色しはじめた
これ以上何か言っても無駄だろう
しょせん男は口では女に勝てない
その上二人もいては惨敗確定だ
打ちひしがれた俺は力なくレジカウンター内へと移動した
そしてそこでは・・・・緩みきった表情のマキさんがサツキに熱い視線を送っていた
・・・ああ、そういやこの人もいたんだ・・・・・
えらく面倒臭い展開に気が滅入ってきた
そんなマキさんをげんなりと眺めた後、サツキ達へと視線を滑らす
「・・・・・・?」
何故かその女二人はニヤけた表情でこちらをチラチラ見ながら、何かヒソヒソと囁き合っていた
・・・なんか本能的に悪寒が背中を這い上がってくる
微かに『グヒュヒュヒュ・・・』とか『キヒヒヒ・・・』とか気味の悪い笑い声に混じって『受け』がどうの『攻め』がどうのとか言うセリフが聞こえてくる
今、あいつらの頭の中では俺と・・・それとたぶんマキさんがどんな事になっているのか・・・それを考えると全身に嫌な鳥肌が立つ
恋は盲目とは言うが・・・マキさん、目がフシ穴過ぎだろ・・・
それともなんか変なフィルターかエフェクトが脳内でかかってるのか?
「可愛いなあ・・・何話してんだろな?」
「・・・いや、絶対ロクな事じゃないと思いますよ・・・・」
相変わらず顔を緩ますマキさんに俺は疲れた声で返事を返した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「キヒ・・・会計をお願いするよ」
サツキがカゴを持ってレジへ来た
隣であからさまにマキさんの目がハートになる
マンガか!?
「・・・悪いサツキ。俺、別の仕事の途中でさ・・・・・・、マキさんレジお願いします」
俺はサツキに適当な言い訳をしたあと、レジ奥の事務所へと向かいながらマキさんにそう声をかけた
「お、おう・・・・・・。い、いらっしゃいませ」
俺が出来るお膳立てなどこの程度だ
あとは自分でアピールしてもらおう
事務所のドアの隙間からマキさんとサツキの様子を伺う
マキさんはサツキを前に緊張している様子だ
いつもより動きがたどたどしい
そのうちマキさんが手渡したお釣りの小銭がサツキの手からこぼれ落ち、床に転がってしまった
「・・・・ア」
「す、すみません、お客様!ボクが拾いますから!」
ちょっと引くくらいの素早さで、マキさんがカウンター前へと飛び出し床に這いつくばった
・・・何も四つん這いにならなくても
後ろで見ていたサクマがドン引きしている
「・・・どうぞ」
片膝をついてうやうやしく小銭を差し出すマキさんを、俺は事務所のドアの隙間からとても残念な物を見る眼差しで見守るしか出来なかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやあ、間近で見るあのコはやっぱりメチャクチャ可愛いかったなあ」
「・・・そーすか」
サツキ達が去った後、上機嫌で語るマキさんに俺は疲れた声で相槌を打った
あれはサツキにとっては好印象だったのか否か・・・
「特にやっぱり足がよかったなあ。黒のペディキュアが最高に可愛いかった!右の小指だけ赤でさあ」
「・・・そーすか」
・・・あの一瞬でそんなとこまで見てたのかこの人
「手のマニキュアとお揃いのカラーリングとか・・・センスいいよねえ」
「・・・そーすか」
「あの子が一生懸命ペディキュア塗ってるとこなんか想像すると可愛いらしくて萌え狂いそうになるよなあ」
「・・・そーすか」
・・・想像がマニアックだな
「いや、いっそ俺が塗ってあげたい。そして乾くまで『ふうふう』してあげたい」
「・・・そー・・・すか・・・」
・・・なんかいろいろとダメだこの人
どういう状況だよ、それ
・・・・・・・・。
ちょっと自分になぞらえて想像してみる
相手は・・・当然園崎だ
園崎のこじんまりとした足先を手の平の上に乗せて・・・小さなハケでその爪を一つ一つ丁寧に塗っていく・・・・
くすぐったそうに身をよじる園崎・・・
視線を足先から上に移すと白いすね・・・膝・・・スカートから覗くふともも・・・
そして俺を見下ろす角度に見える園崎の顔・・・
・・・想像してみると、これは・・・なんとも・・・・
まるで自分の所有物に装飾を施すような・・・相手に対する支配感・・・・と同時に服従しているかのような隷属感
これは・・・相反する二つの感覚を一度に味わえる夢のような状況じゃないのか!?
ス、スゲエ・・・ペディキュアスゲエぜ・・・
園崎の足先に似合うのは何色だろうか・・・
白い肌の園崎にはやっぱり赤とかが映えそうだ
そんなふうに彩られた足先がもし目の前にあったとしたら・・・俺は自分を保っていられる自信がない
・・・って、何だ?ヤバいぞ俺!?
マキさんの影響で自分の中に隠れてた変な性癖が覚醒しちまったのか?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お疲れ様でした・・・・(主に俺が、精神的に)」
俺は上がりの挨拶とともにバイト先を後にした
サツキ達の襲来とマキさんの語りに付き合って、午後の勉強会について何の考えも纏まらなかった
今日が最後かもしれないのになんの作戦もないまま園崎を迎えることになるのか・・・
まあ、作戦を練ったところでビビって実行出来ずに終わるのがオチかもしれないが
そんな事を思いながら道を歩き出そうとした時だった
街路樹の陰から黒い影がゆらりと現れた
不吉を人の形にしたような漆黒の陽炎・・・
「お、お前・・・なんで?帰ったんじゃ・・・」
思わず声が震える
「キヒ・・・待ってたヨ。今日の僕の本当の目的は・・・キミなんだからネ」
そう言うとサツキは不気味にニンマリと笑った
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「で?なんだよ話って」
俺は手にした紙のカップからバニラシェイクをストローで一口吸ってからそう切り出した
ここはバイト先のコンビニがある方とは反対側の駅前
そこにあるハンバーガーショップのカウンター席だ
なにやら話があるというサツキに対し俺は、最初は断って帰ろうとしたんだが・・・追い縋られ根負けした
というよりついて来られて家バレするほうが面倒だと思ったからだ
園崎っていう前例があるからな・・・
コイツの場合、園崎より厄介な事になりそうだし
わざわざ踏切を渡るこの店を選んだのも、俺の家と反対方向だからという理由だった
「まあ、そう急かさずともいいじゃないカ?・・・ああそうダ、昨日ゆずっちと考察していた事柄があるんだが、君の意見も聞かせてくれないかナ?」
「なんだよ?」
こいつらのする考察って・・・絶対しょうもない内容な気がする
「あるマンガにキスの練習として、ラップを使ってやるシーンがあってネ」
「・・・ラップ?あの食品を包むのに使うアレか?」
「そうだヨ」
昔の映画で窓ガラス越しのキスってシーンがあったような気がするが・・・それの派生パターンか?
「その場合、それは『キス』としてカウントされるか否か・・・君はどう思う?」
・・・ラップだとガラスと違って感触や体温がモロに伝わって生々しいだろうな・・・でも
「確かに限りなく感触は本物に近いだろうけど・・・直接触れてないわけだからやっぱノーカンじゃないのか?」
直接、唇と唇が触れてこそ『キス』・・・だろ?
俺の回答にサツキが顎に手をやり頷きを返す
「ふム・・・なるほどネ。『直接触れてなければカウントされない』というのが君の見解という訳だネ」
「まあな」
「つまりその理屈でいうと・・・
ゴムを着けてヤればそれはセックスではな・・・」
「おい待てエェェェェェェェェェ!!!!!!」
俺は力の限りツッコミをいれた
「いヤ、でも君の理屈でいえば直に触れてないんだかラ・・・」
「それとこれとは違うだろーが!拡大解釈も甚だしいぞ!!」
俺の全力を籠めたツッコミに対しサツキは不思議そうに首を傾げる
「なんでだイ?ゆずっちもそう言ってツッコんできたけド・・・どう違うのか僕には判らないナ」
・・・よかった。園崎も俺と同じ意見か・・・
少なくともコイツよりはマトモな感覚を持ってるみたいだな
「・・・で?まさかこの与太話が俺を呼び止めた目的じゃないだろうな?」
「キヒ、まあネ。これはただの雑談。心和ます軽妙なトークだヨ。本題は別にあル」
・・・全く心和まねえよ
「はあ・・・なんでもいいから手早く済ませてくれないか」
もうすぐ園崎の補習が終わる時間だ
早く切り上げて家に帰らないと園崎が来てしまう
「真面目に話をしないんなら俺は帰るぞ」
俺は内心の焦りを気付かれないよう話を促した
「キヒ、分かったヨ。僕にとっても少々心の準備が必要だったんでネ。緊張を解くつもりで軽いトークを挟んだんだヨ」
・・・今のが軽いトークか?
確かに軽薄な理屈は披露されたが・・・
「じゃア・・・・・・・・本題に入ろウ」
サツキは急に真顔になると、改めて俺の目を真っ直ぐに見詰め・・・おもむろに口を開いた
(つづく)
【あとがき】
いつもお読み頂きありがとうございます。
更新が遅れ気味で申し訳ありません。
最近暑さのせいで体力低下著しく、すぐ眠くなってダメな感じです。
そろそろこの小説を書き始めて一年になろうとしてます。
最終話まであとどの位かかるか自分でも分かりませんが最後までお付き合い頂ければ幸いです。




