第45話 0G≒LOVE (ゼロジー ニアリーイコール ラブ)
「なになに・・・大小二つのプールを始め波のプール、流れるプールなど七種類のプール。おもいっきり夏をお楽しみ下さい・・・か」
俺は園崎の広げたチラシを手に取り、印刷された文字を読み上げた
なんだよ
散々意味ありげな説明とご大層な理屈を並べたもんだが・・・要するにこれからプールに行くってだけの話じゃないか
・・・プールだと?
急速に鼓動が高まっていく
プールといえば・・・水着
つまり・・・つまりなにか!?
園崎の水着姿が拝めるって事か!?
なんだこの神展開?
突然降って湧いたような幸運に全身の血液が急激にその速度を加速させる
って、落ち着けっての血液ども!
そうやって一箇所に集まってくるんじゃない!
俺はゆっくりと深呼吸して心拍数と身体の一部の硬度を正常値に戻す
だがそれなら・・・今日園崎が手にしているトートバッグの中身は水着ってことか?
ただのバックが急に神々しく見えてきたぞ
・・・・・あ
ここにきてそのことに思い至った
「ちょっと待ってくれ園崎。俺、水着無いぞ?」
行き先をたったいま聞かされた俺は当然プールの用意なんかしていない
ここから家に帰って水着を持ってまた戻ってくるのはかなりの時間がかかる
どこにしまってあるかもうろ覚えだし
「お前なあ・・・それならそうと早く言ってくれよ。電車に乗る前に言ってくれてたら・・・」
「ははは、スマン経吾。だが大丈夫。それは折り込み済みだ。どうしてここで昼食をとることにしたと思う?」
園崎はそんな思わせぶりなセリフでニヤリと笑うと、割り箸を置いておもむろに立ち上がった
「行くぞ経吾。上の階だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エレベーターで上がり、降りた階は紳士服売場だった
「ここで買うって事か?俺、金の持ち合わせだって無いぞ?」
今日は午前中は学校だったから昼食代くらいしか考えてなかった
ここへ来るまでの電車代を考えると帰りの分と・・・いくらか分からないがプールの料金を差し引くと水着が買えるほどの余裕は無い
「折り込み済みって言ったろう?ボクが誘ったんだからボクが購入するよ」
俺の言葉に園崎がにっこり笑ってそう返す
「え?・・・でもそれは、」
女性用よりは安いだろうがそれなりの値段はするはずだ
「気にしなくていいよ、経吾。・・・そうだな、じゃあそのかわりボク好みのデザインの物でも履いて貰おうかな?」
園崎は唇に人差し指を当てそんな事を言うと悪戯っぽく笑った
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
「あ、けーご。これは?これなんか凄くいーよ」
そう言って園崎が見せてきたのは・・・極端に布地面積の少ない男性用ビキニタイプ・・・俗称『ブーメラン』だった
「・・・・すまん園崎、これは俺にはハードルが高すぎる」
「えー?似合うと思うんだけどなあ」
俺がげんなりした顔で返すと園崎は唇を尖らして異を唱えた
「いや、似合わないだろ?こういうのが似合うのは逞しい筋肉のボディビルダーみたいな体型じゃないか?」
俺はガリガリとまでは言わないが平均より少しヒョロい方だ
俺のセリフに園崎が僅かに顔をしかめる
「筋肉?・・・ボクはマッチョは苦手だ。ガチムチの筋肉ダルマとか見たら鳥肌が立つ」
「そうなのか?」
「ああ、ゲームキャラに例えるなら猪突猛進、力任せの脳筋戦士系より狡猾、搦手、陰謀、策略好きの陰険魔導士系が好みだな」
「ゲームキャラに例えるなよ・・・」
俺は園崎の説明にジト目を送る
「まあとにかく僕的には線の細い華奢なカラダの方がセクシーさを感じるな」
ふむ。
園崎って腐女子的嗜好らしいからな
あの手のマンガはそういう系統のキャラが定番か・・・
まあ男だって異性の体型の好みは人それぞれだしな
俺やタナカは巨乳派だがサトウなんかはちっぱい至上主義者だ
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・
結局俺の水着はごく標準的なサーフパンツ型の物になった
ただその柄は園崎の好みに合わせ、黒地に十字架やら鎖などが白でプリントされた・・・ビジュアル系というかヘヴィメタというか・・・常夏のイメージから掛け離れたものだった
俺的には非常に不本意だがスポンサーの意向はある程度汲む必要がある
「はい、けーご。遠慮無く使って」
会計を済ませた園崎が店のビニール袋を手渡してきた
「悪いな園崎。後で代金は返すから」
「気にしないで。ボクが誘ったんだし。それより早く行こ。時間勿体ないよ」
「ああ、そうだな」
デパートを出て再び駅前へ
ここから無料のシャトルバスが出ているらしい
「くふふ、ネットで調べといたんだ」
そう言って園崎が得意げに胸を反らす
テスト勉強もしないでそんなこと調べてたんだな・・・
実に園崎らしいといえば園崎らしい
俺は苦笑するしかなかった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バスに揺られ10分ほどでプールに着く
入場料金は自分の所持金で払う事が出来た
チラシが割引券になっていて予想より安い値段だったのが幸いだった
「じゃ、更衣室の出口で待ち合わせな?・・・これ、使ってくれ」
トートバッグから取り出したタオルを差し出しながら園崎がそう言ってくる
「ん、ありがとな園崎」
柔らかい手触りのそれを受け取り、男子の更衣室へと入った
男の着替えなど、ものの数分だ
さっさと着替えを終えた俺は更衣室の出口付近で園崎を待った
プールの方に目をやるとかなり空いている
まだ夏休み前で平日の午後だから家族連れなどの姿は無く、ほとんどがカップルだ
俺達も・・・周りから見たらカップルに見えるのだろうか
・・・なんかだんだんドキドキしてきた
園崎、どんな水着なんだろ?
ワンピース?それとも・・・ビキニ?
・・・まさかスクール水着ってことはないよな?
胸のとこにでっかくひらがなで『そのさき』って書いたゼッケンのついたスク水・・・
有り得そうで怖ぇ
万が一そんな格好で現れでもしたら・・・俺はヤバい性癖に目覚めるのを覚悟せねばなるまい
「けーご、お待たせ」
背後からの弾むような声に俺は緊張に身を固くする
はやる心を抑えて冷静にゆっくりと振り返る
「・・・っ!」
そこに・・・水着に着替えた園崎が佇んでいた
ビキニ・・・まではいかないもののワンピースではなくセパレートタイプのオレンジ色の水着
最近は暑くなって衣服の面積が少なくなってるとはいえ、それでも普段とは比べものにならないくらいの露出だ
布地と肌の面積比が完全に逆転している
通常では決して見ることの出来ない部分が陽光の下に惜し気もなく晒されていた
なめらかなカーブを描く肩から二の腕へのライン
ふくよかな膨らみを誇る上半身と小振りだが必要十分なボリュームを備えた下半身
それをジョイントするなだらかで真っ白なお腹
その中心に位置する愛らしいおへそのくぼみ
すらりと伸びた脚線は思わず拝みたくなるくらい見事で、ふとももに微かに残るニーソの跡がなんともエロティックだ
白く柔らかそうなふともも・・・いや、『柔らかそう』ではない
俺は実際にその部分の感触をすでに二回も体感している
甘美なほど柔らかいその感触と肌触りは俺の記憶に強烈に刻み込まれていた
そしてそのつけ根・・・もう消えているだろうが・・・俺はキスマークを刻みつけたことすらあるんだ
神秘の××××から僅か数センチの位置に・・・
・・・ってヤバい!!
どこガン見してんだ俺
我に返り背中を冷や汗が伝う
全身を舐めるように眺め回した上に下半身の一部分を凝視とか最低過ぎだろ!?
罵声と共にビンタの一つくらい喰らってもおかしくない行動だぞ
俺はゆっくりと視線を上げて恐る恐る園崎の表情を伺った
園崎は・・・緩みきったとても残念な顔をしていた
半開きになった口の端からはわずかにヨダレも垂れている
「うへ・・・けーごの鎖骨・・・けーごのおへそ・・・けーごのChi・Ku・Bi・・・・おふう・・・プール最高・・・来てよかった・・・作戦大成功・・・うえへぇ・・・・じゅるっ・・・」
虚ろな目と緩んだ頬・・・口の中で何やら呟きを漏らし続けている
「・・・そ、園崎?」
困惑して声をかけると彼女はハッとした表情と共に全身をびくんと震わせた
「はうっ!?わ、わわわわわ!?ち、違・・・、これは違くて、あの、その・・・」
そして我に返るとよくわからない言い訳を始めた
「だ、大丈夫か園崎?・・・もしかして暑くて、のぼせた?」
「え!?・・・あ、うん。そうかも、今日ってものすごく暑いから、ちょっとクラクラしてヘンなコト口走ってたかも」
俺の言葉に園崎が目をグルグルとさせながらそう説明してきた
「へ、平気か?」
「うん。み、水に入って頭を冷やせば・・・大丈夫」
真っ赤な顔でそう言う園崎に俺は密かに安堵の吐息を漏らす
どうやら俺が園崎のカラダをイヤラシイ目で見ていたのには気付いてないようだ
危なかった
うっかり本能をさらけ出した姿を見られて軽蔑されるとこだった
いつも以上に気を引き締めないと・・・
油断してると、知らず知らずのうちに視線がユサユサ揺れる二つの膨らみや二本の白いふとももに吸い寄せられていく
さらに自分自身の肉体にも非常に危険な懸念要素がある
実はもうすでに肉体の一部分が本能的メカニズムにより5割程度硬化していた
これ以上硬化が進むと水着一枚の今の状況ではとてもごまかしきれない
そんな状態になったところを感づかれたら・・・スケベ野郎のレッテルを貼られることになるだろう
まあ園崎だったら苦笑いと共に許してくれるかもしれないが、その後気まずい空気が流れるのは想像に難くない
「えっと・・・、どうかな?けーご」
頬を染めそう聞いてくる園崎
どうかな?っていうのは水着がどうかな?って意味だろう
「ん。いい。すげ、似合ってる」
上手く回らない舌でそう答える
「そか、よかった・・・。実はこれ叔母の見立てなんだ」
「そうなのか」
叔母さんグッジョブっす
「ボクが最初用意しといた水着を見られちゃってな。ダメ出しされた
・・・」
「・・・ちなみにどんな?」
「ん?スク水だけど?ゼッケン付きの」
叔母さんグッジョブっす。お陰で異常性癖に目覚めずに済みました
「じゃ、行こ?けーご」
園崎が俺の手を取り歩き出す
「ああ。・・・水に入る前に少し身体伸ばしといた方がいいぞ、園崎。万が一、足とか攣ったら溺れたりするかもしれないからな」
「うん、そだね」
繋がれた手の感触にこみ上げる感情に気付かれないよう、冷静を装った声でそう注意を促すと園崎は素直に頷いた
二人ともその場で軽くストレッチを始める
「ところで経吾は泳げるのか?」
手足を伸ばしながら園崎がそう聞いてきた
「ん?まあ一応はな。中学までは普通に水泳の授業があったし」
ちなみにウチの高校はプール自体無いので当然授業も無い
「そ、そうか・・・、ボクも少しは泳げるけど・・・得意ってほどじゃ、ないかな」
「そうなんだ」
園崎、運動神経いいから泳ぎも得意そうだけど
「そ、それじゃさ・・・も、もしも・・・もしもだぞ?・・・ま、万が一、ボクが・・・溺れたりしたら・・・けーご、助けて・・・くれる?」
「え?」
「ほ、ほら・・・た、例えばさ、じ、じ、じ、人工、呼吸、とかで」
そんな事を顔を真っ赤にさせ上目遣いで聞いてくる園崎
「じ、人工呼吸!?」
園崎の問い掛けに、一瞬脳裏にマンガやアニメなんかでよくありがちなシーンが浮かぶ
だが、ここは現実世界でありマンガなんかじゃない
安易に『俺が必ず助けるよ』なんて軽く言うわけにはいかない
命に係わる事だし真面目に返答しなきゃならないよな
「園崎・・・もしそんな命に係わる緊急事態になった場合、素人が助けるよりもプロに任せた方が安全で確実だ。俺は人工呼吸の仕方は知識として知ってはいるけど実際の経験は皆無だし・・・。だからもしそんな事態が発生した場合、経験豊富なプールの監視員の人にお願いすることになると思う」
俺のマジレスに園崎が『え?』という顔で固まる
そしてその頭をゆっくりと動かして右斜め後ろを向いた
その視線の先には・・・
監視台の上に立つ一人の男
ギリシャ彫刻を思わせる筋肉を赤銅色に日焼けさせた逞しいガチムチボディ
爽やかに微笑んだ口元から白い歯を輝かせる、なかなかのナイスガイだった
・・・まあ、俺にそっちの趣味は無いんだが
園崎がギギギと首を戻す
「わかった・・・絶対溺れないようにする・・・あらかじめ聞いといてよかった・・・危うく早まったことをして取り返しのつかない事になるとこだった・・・」
青ざめた顔でなにやら呟きを漏らす園崎に俺は苦笑いを向けるしかなかった
「き、気を取り直して・・・さ、さあ!水に入るぞ」
「お、おう」
無理矢理テンションを上げた園崎がプールへ向かって駆け出す
アニメなんかだと透過光の太陽をバックにピョンと飛び込みドボンと水しぶきが上がるような場面だが・・・
プールの淵まで駆け寄った園崎は・・・その場にしゃがみ込んだ
そして水を手ですくうと胸にぱちゃぱちゃとかけ、そうしてから片足ずつゆっくりと水の中へと入れた
・・・それは慎重過ぎだろ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くらえッ!魔光弾!!」
「ぶわっ!?」
園崎がマンガかアニメのと思われる技名を叫びながら水をかけてくる
「やったな・・・おりゃっ!」
「きゃうっ!?」
俺もやり返して園崎に水をかける
ばちゃばちゃ
ばちゃばちゃ
そんな感じで俺達はしばらくキャッキャウフフと水をかけあった
ヤバい
ただ水をかけあってるだけなのにスゲエ楽しい
なんかまるで本当にカノジョとのプールデートみたいだぞ
「あはははははははは、けーご、ほらほら。あはははははははははははは」
子供みたいに笑いながらはしゃぐ園崎
いつもの不敵な作り笑いとは違う屈託のない無邪気な笑顔が堪らなく愛らしい
水の中でゆっくりと弾むように踊り動く二つの大きな膨らみ
水滴を弾いて輝く、白く滑らかな肩
降り注ぐ陽射しの熱さと水の冷たさのコントラストが気持ちいい
目から耳から、全身から感じる心地好さが水中での浮遊感と相まり、快い感覚が脳内に満ちていく
あー、いま絶対なんか脳内麻薬的なもんが分泌されまくってるぞ。これ
多幸感ハンパねえ
今年の夏、最高過ぎ・・・
その後、俺達は小学生にでも戻ったような気分で目一杯遊んだ
波のプールでただ波に踊らされたり、流れるプールでただ水の流れに身を任せたり
他愛のないことが隣に園崎がいるだけでこんなに楽しいなんて
俺、ホントに園崎のことが好きになっちゃったんだな
このふわふわと宙に浮く感覚は単なる水の浮力なのか、それとも恋に落ちた感覚なのか
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
楽しい時間はあっという間だ
帰る時間になり着替えの済んだ俺はプールの入場口の外で園崎を待っていた
改めて考えると凄い事だよな・・・
お互い下着姿とほとんど変わらない格好で戯れあってた訳だから
「お待たせ、けーご」
園崎の声に振り返る
再び制服に戻った園崎は濡れた髪をアップにしていてなんとも色っぽい
いつもの十字架ヘアピンで後ろ髪を纏めているため、左右非対象になった前髪の片方が顔の半面を覆っている
「今日は楽しかったね、けーご」
「ああ、すげえ楽しかった」
「また来ようね」
「ああ」
無邪気に笑いかけてくる園崎に、俺も屈託ない笑顔を返す
なんか・・・すげー幸せな気分だ
もう水中じゃないのにまだ身体がフワフワ浮いてる感じがする
これから始まる夏休み
こんなことがまだまだあるんだろうか?
俺は高まる期待が胸に満ちていくのを感じながら、傾き始めた夏の太陽を眩しさに目を細めながら見上げた
(つづく…・・・・・
「じゃ、けーご。水着返して」
「え?」
予期せぬ言葉に視線を向けるとにっこり笑った園崎が右の手の平をこちらに向けていた
「え?返すって?」
理解が追いつかなかった俺は言葉の意味を聞き返す
「やだなー、今日けーごが使った水着のことだよ・・・返して」
「え?いや、ちょっと待ってくれ・・・どゆこと?」
笑顔の園崎に俺は困惑した言葉を返す
「その水着はボクの所持金で購入した物品なんだから所有権はボクにあるでしょ?それを一時的にけーごに貸与していただけで譲渡したわけじゃないんだから、返却を求めるのは当然じゃない?」
笑顔のまま畳み掛けるように熟語を連発してそんな事を言ってくる園崎
「え?え?・・・だ、代金は後で払うからさ」
「払わなくていーよ。返してくれれば」
「じゃ、じゃあさ・・・つ、使ったままじゃ悪いから・・・あ、洗ってから返すよ」
「ダメ。今返して」
「だ、だけどな」
「・・・・・・・・・・・・いいから早くよこせ」
「はい」
園崎の謎の迫力に負け俺は水着の入った右手の袋を園崎へと差し出した
受け取った園崎は満面の笑み・・・というか・・・口元の緩んだ残念な笑みで微笑んだ
「うへ、ミッションコンプリート・・・・・帰ろ、けーご」
園崎は踵を返すと鼻歌混じりに歩き始めた
な、なんだこの辱められた感は・・・
俺は足取り軽く進んで行く園崎の後を打ちひしがれたような気分でついていくしか出来なかった
今年の夏は・・・一体どうなるんだ?
俺は言いようのない不安が胸に満ちていくのを感じながら、傾いてもなおジリジリと照り付ける太陽に身を焼かれながら園崎の背中を追った
(・・・・・つづく)
【あとがき】
いつもお読み頂きありがとうございます
今週もなんとか更新することが出来ました
結構ペース的にしんどいですが読んで下さってる方々がいると思うといい意味でのプレッシャーになりますね
PS.義川くんの使用済水着がその後どうなったかはご想像にお任せします




