第43話 ホッソク
俺への尋問はその後しばらく夢にうなされるくらい苛烈なものだった
折れそうになる心を奮い立たせ、それでも俺は否認を貫いた
一部の暴走した男子生徒が俺への制裁を強行しようとする一幕もあったが、それを止めたのは意外にもホヅミ先生だった
疑わしきは罰せず
推定無罪
なんとか俺は嫌疑不十分で無罪とされた
女子グループによる園崎への取り調べの結果、俺が関与した可能性は薄いと判断されたからだ
二年に進級して俺と出会う以前・・・一年の終わり頃にはもうすでに園崎の胸はかなりの大きさになっていた・・・と、去年からのクラスメイト女子が証言したのだ
そして園崎が事あるごとにかなりの量の牛乳を飲んでいた、とも・・・
その日を境に購買での牛乳の売上が急増したらしいが、まあそれはまた別の話だ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はあ・・・今日はエライ目にあった・・・」
家に帰り着いた俺は溜息とともに台所へと入った
冷蔵庫から麦茶の入ったピッチャーを出して中身をコップへと注ぐ
一気に飲み干し、空になったコップをテーブルに置いた時、それに気付いた
「小包?」
どうやら俺宛てらしい
差出人の欄を見ると姉さんの名前が書いてあったが送り元の住所は未記入だった
消印の形からみて、どうやら海外から送ってきたみたいだが文字が滲んでしまっていて読めない
開けてみると中には大小二つの封筒が入っていた
小さい方は薄いからおそらく手紙だろう
大きい方はそれなりの厚みがあるが重さはそれ程じゃない
取り敢えず小さい方の封筒を開けると二つ折りになった便箋が出てきた
「・・・脅迫文か?」
便箋には雑誌の切り抜きと思われる活字が貼り込まれ文章が作られていた
「・・・暇な人だな」
『はろ~ン、けークん。仕事が長びいちゃってあたシはまだ国外です。もうしばらく、にぽんには戻れないので先ニもみあげモトいお土産を送るね。レア物のバッとマンのフィギュアだよ。これからあたしは次のしゅっちょう先のスットコランドに向かいます。真夏のあのイベントまでには日本に戻る予定だから、そのときはヨロシクねー』
・・・スットコランド?
スコットランドの貼り間違いか?
いや、姉さんのことだから俺の知らない未知の国かもしれない
まあいい・・・深く考えるのはよそう・・・
気持ちを切り替え大きい方の封筒を手に取る
バッ●マンのレア物フィギュアねえ・・・
封を開け中身を取り出した俺は脱力感にその場に両膝をついた
「これはバッ●マンじゃなくて・・・・・・・ショッ●ーのコウモリ怪人じゃねえか!!!!」
本人がいないため、とりあえず虚空へとツッコミを入れる
プラスチックのブリスターパックに入っていたのは紛れも無く初代仮面ラ●ダーの敵怪人だ
確かにレア物かもしれないがこれをバッ●マンと呼称するのは如何なものか・・・
まあ姉さんはスパ●ダーマンの新作が上映される度に、期待に満ちた目を輝かせ初日に映画館へと足を運んでは、『今回もレオパルドン出てこなかった!いつになったら登場するのよ!!』とか言いながら憤慨して帰ってくる人だからなあ・・・
げんなりとした気分で手紙を見返す
『真夏にあるあのイベント』とはやはり『あのイベント』の事だろうか?
さりげなくその時はよろしくって書いて(貼って)あるけど俺に何かさせるつもりか?
一抹の不安がよぎるが本人がいないのでは尋ねることも出来ない
まあ、夏休みに入ってからの事だから、いま考えててもしょうがないけど
夏休み・・・か
知らず溜息が漏れた
一ヶ月以上の長期休み
学生なら誰でも待ち遠しいもののはずだ
でも何故か今年は去年までと違って楽しみに思えない
一ヶ月以上・・・俺は園崎と会う事が出来なくなる
お互い学校という同じ共同体に所属している限りは毎日顔を合わせていられた
だがそれを離れて一個人となった時、俺達にはわざわざ顔を合わせる明確な理由が無い
恋人同士でもない男女が改めて学校外で会う正当な理由
同時に沸き起こってくる、えもいわれぬ不安感
夏という季節は人を開放的にさせる
そして夏休みが終わり新学期が始まった時、ある一定数の女子は、やけに大人びて別人みたいになるんだ
今までにも何回か見たことのある現象
休み前には地味だった女子が別人のように大人っぽく・・・色っぽくなってたりしたこともあった
それは休みの間にそれぐらい劇的な体験をしたことを暗に示している
少女がある日を境に女へと変わる・・・
それは予告もなく突然に起こるもので
あの園崎に限って・・・なんて保証はどこにも無いのだ
俺は自分の胸の中に、焦燥感だけが静かに積もっていくのを感じた
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「学校非公認のままで前世研究会を発足させる?」
俺は思わず、たったいま園崎の口から聞いたセリフを反芻した
翌日の放課後
いつもの旧校舎屋上に来てほどなく園崎が突然そんな事を言い出したのだ
「くふ、考えたろう?ハナから学校に公認して貰おうなどと考えなければ例え二人だけであっても部の発足は可能だ!」
ドヤ顔でそんなことを言う園崎に俺はげんなりとした視線を送る
それはそうなのかもしれないが、もうその時点で部活でもなんでもないような気が・・・
「お前・・・このまえは部室が欲しいだけで部活をしたいわけじゃないって言ってなかったか?」
「うむ、確かにあの時はそう言ったが昨日熟考した結果、早急に部を発足すべきとの考えに至ってな」
何を熟考したのかは知らないが、まあ多分ただの思いつきなんだろうな
「というわけで発足の趣旨を明確にするために文書として発足趣意書を作成してみた」
そんなセリフと共に園崎が鼻息荒くA4サイズの用紙をホチキス留めした書類を差し出してきた
「こういうの好きだなお前・・・」
しばらく前に園崎が書いた契約書じみた文書にサインしたことを思い出す
「えーと・・・」
『前世研究会 発足趣意書
当会は会員各々の身中にある前世における記憶を蘇らせる事を目的とする団体である
その目的達成のためには合法、非合法を問わずありとあらゆる行動を行うものとする
また活動範囲は学校内のみと留めることなく必要であればその限界は無いものとする』
もっともらしい文体で胡散臭い内容の文章が綴られている
『一つ 会員について
会長 園崎柚葉
名誉会長 義川経吾
以上の二名を発足時の会員とする』
会員二人で両方とも会長なんだ・・・
『会員の入会及び退会は会長、名誉会長両名の同意をもって決定する』
一見民主的だが・・・つまりどちらかが認めなかったら入会も退会も出来ないってことだよな
『一つ 部費について
当会は非公認組織であるため学校側から資金を得ることは難しい。依って活動により発生する経費は会員自身で賄う事とする』
まあ、要するに自腹ってことか
その後もそんな調子の文章がずっと続いている
俺は途中で精読する気が失せて後半はざっと流し読みした
「と、いうわけでこれからは本格的にボク達の前世についての研究活動を行っていくからな」
園崎が鼻息荒くそう言ってくる
「わかったよ」
俺は溜息をつきながら承諾した
もっともらしい理屈を並べてはいるが、やることは今までと同じだろう
何故わざわざここまでして部活の体裁を整える必要があるのか意味がわからん
「も、もちろん部活なんだから・・・な、夏休み期間中も活動、するからな?」
「・・・・・え?」
園崎の言葉に俺は思わず裏返った声を漏らした
「と、当然だろ?部活なんだから。・・・まあ、場所はここって訳にはいかないから後で考えるとして・・・何か特別な用事が無い限り活動は毎日行うからな!」
俺の顔に人差し指をズビシッと向けると若干赤くなった顔で園崎はそう言い切った
「ま、毎日、かよ!?・・・しょ、しょうがないな・・・」
俺は困り顔を作りながら口元に手をやる
ヤバい・・・頬が緩む
自然にニヤけてくるぞ
夏休み中もほぼ毎日園崎に会えるってことだよな。これ
スゲエ・・・部活スゲエぜ・・・なにやるかは謎だけど
「こふんこふん・・・。というわけで今日はボク達の部活としての活動、記念すべき第一日目だ!栄えある第一回目の活動・・・何をすべきか・・・」
顎に手をやり考え込む園崎
「んー?発足式でもやるのか?」
「!?」
俺の深く考えずに吐いたセリフに園崎が目を見開く
「発足記念式典!・・・よし決めた!今日はパーティーをしよう!発足記念パーティーだ!そうと決まれば早速会場の手配をしなければ!二人で貸し切りに出来る場所・・・」
何気ない俺の言葉を元に園崎が暴走を始める
「いや、あのな・・・」
「けーご、ケータイ貸して」
「あ、おお・・・」
思わず反射的に差し出したケータイに番号を打ち込む園崎
「もしもし・・・あ、やよいさん?柚葉ですけど・・・今日なんですが奥の部屋・・・」
園崎は何やらどこかの店へと電話をかけ、テキパキと段取りを始めた
俺はどうやら黙って従うしかないらしい
「やれやれ・・・」
深い溜息を漏らしながら陽射しの強くなった太陽を仰ぎ見る
どうやら今年の夏休みは・・・去年までとは違うものになりそうだ
(つづく)
(あとがき)
スットコランドは北欧に実在する国で人口は3000人にも満たない小国です。
嘘です。
実在しません。すいません。ごめんなさい。
というわけでラブコメでは定番の部活、連載43回目にして発足です。
掟破りの非承認組織。ヒロインによりハーレム化への予防対策も済んでますのでメンバー増えたりもしません。




