第41話 ナツへのトビラ
「ああ、部室が欲しいなあ・・・」
隣に座る園崎がそんな呟きを漏らした
昼休みの旧校舎屋上
昼食のパンを食べ終え、500mlパックの牛乳をストローでちゅうちゅうと吸っていた園崎が何の脈絡もなく漏らした一言に俺は困惑の眼差しを向ける
「・・・えーと、スマン園崎。部室って言った?」
「うん、言った」
どうやら俺の聞き間違いではないらしい
「ほら、マンガやラノベの主人公達には、学校内での活動の拠点として『部室』があるじゃないか。ボク達にはそれが無い」
「・・・いや、まあ。そもそも俺達は部活してないしな」
改めて確認するまでもなく俺達は帰宅部だ
「てゆーか、もうここが部室みたいなモンになってんじゃないか?」
俺はそう言って今いる旧校舎屋上を見回した
「まあ、それはそうなんだけどな・・・だがここにはひとつ問題があるんだ」
「問題?」
言うまでもなく俺たちはここを無断使用しているんだが、園崎が今更そんな事を問題にするとは思えない
「・・・・ここはな、これからの季節・・・・・・・・・・・・・・・暑いんだ」
「・・・・・そうか」
神妙な顔して何かと思えば・・・
要するに夏場は暑いから涼しい場所が欲しいってことらしい
「じゃあ部活でも発足させるつもりなのか?それこそマンガやラノベの主人公のように」
「まさか。同好会すら最低6人いないと発足は認められないんだ。部なんてさらに人数を集めなきゃならない」
6人てことはあと4人・・・か。ざっと親しい人物の顔を思い浮かべてみる
とりあえずタナカ、サトウ・・・。女子も入れてサクマ、委員長
おお、揃った
なんかそれっぽいメンバーで
ちょっとコメディマンガの定番のメンツみたいだ
そうなると当然、顧問はホヅミ先生だろうな
想像してみるとちょっと楽しい
ま、あくまで想像であり実行はしないが・・・。
「仮にメンツが揃うとしても・・・部活の内容はどうするんだ?既存の部と被ってたら発足は認められないと思うぞ」
「うーん・・・・・・『前世研究会』・・・とか?」
「うーわ・・・胡散臭過ぎだろ?絶対許可下りねえ!」
「ははは、だろうな。・・・まあボクとしても部室が欲しいだけで部活がしたいわけじゃないから、本気で部の発足なんて考えてないさ」
見事に目的と手段の逆転した希望だ・・・
「大体、他にメンバーなんか加えたら折角の二人っきりが・・・」
「ん?」
「別に・・・『ハーレム化』のフラグを自分から立てるほどボクは馬鹿じゃないってことさ」
園崎はそんな意味不明の言葉を吐くとニヒルな笑みを浮かべた
そんな取り留めのない会話を交わしているうちに午後の授業の予鈴が鳴った
部活云々の話はお互い本気で言ってた訳じゃないから、それ以後俺達の間で話題になることはなかった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
放課後、学校を後にした俺達は二人並んで駅への道を歩いていた
ちなみに今日は園崎が何か用事があるらしく屋上でのアレは無しになった
公園の遊歩道に入り少し歩いた辺りで園崎が立ち止まる
そして・・・僅かに頬を赤らめて上目遣いに視線を送ってくる
「えっと、けーご・・・」
「あ、うん」
これは最近、帰り道でのお決まりのパターンだ
俺はいつもこの辺りで園崎の首にネックレスをつけてやっている
「・・・あ、れ?」
しかし今日の園崎はそんな声を漏らすと眉を寄せた
「・・・しまった。机の中に忘れてきたみたいだ」
「そっか・・・じゃあ今日はいいか?」
残念な気持ちを顔に出さないようにして努めて素っ気なくそう言う
「ダメ!今日も触・・・つけて欲しい、から。急いで取ってくる!・・・けーご、待ってて、くれる?」
「わかった、・・・俺も一緒に戻ろうか?」
俺の答えに園崎は僅かにはにかむ
「ありがと。・・・でも大丈夫。急いで取ってくるから、けーごは待ってて」
「そっか?・・・じゃあベンチのとこで待ってる」
駆け戻る園崎を見送ってから俺は踵を返し遊歩道を歩き出した
・・・・・・・・・・・・・・
ベンチのところに着いた俺は傍らの自販機へと目をやった
何か飲んで待ってるか
そう思い自販機へと数枚の硬貨を投入する
やはりいつもの練乳入りコーヒーかな
そう考えながらボタンへと手を伸ば・・・うおっ!?
その時、俺がボタンを押すより早く、突然隣から伸びてきた手が別のボタンを押した
ぴっ・・・ガチャン
なんだ!?
面食らいながら隣を見るとそこにいたのは・・・他校の制服を着た女生徒だった
あれ、この子は確か・・・
「君は園崎の・・・」
そうだ、数日前に会った園崎の友達・・・そしてたぶんこの子も、中二病
彼女は自販機の取り出し口からそこに落ちた缶を取り出しニヤリと笑った
それは姉さんも好んで飲む炭酸飲料だった
「キヒヒ・・・やあ」
「な、何するんだよ」
不敵に笑うその女生徒に俺は多少気圧されながらも抗議の言葉を投げる
「いやなに、普通に声をかけたんじゃ面白みがないダロ?前に見たアニメのシーンを再現してみたんだヨ」
そんなセリフで彼女はキヒヒと笑った
「ま、本気で奢らせるつもりはないから安心しなヨ」
そう言いながら彼女は、数枚の硬貨を取り出すと俺に渡してきた
俺は溜息をついてそれを受け取り、また自販機へと投入する
改めていつもの練乳入りコーヒーのボタンを押した
「フフン、『マクスウェル・コーヒー』とは渋い好みダナ」
「・・・・君もな」
彼女のセリフに俺は相手の手元に視線を送りながらそう返した
「キヒ、この『ドクトル・ピーパー』の味と香りは他の炭酸飲料の追随を許さないよネ」
・・・・それを好む奴は俺の思いつく限り変わり者が多いんだけどな
カシュ
何となく二人同時に缶を開ける
俺は一口飲んでから傍らのベンチに座った
すると彼女も俺と同じようにしてから隣へと腰掛けてきた
「フヒヒ・・・今日はゆずっちと約束があってネ」
そうか園崎の用事ってこの子とのか
「・・・えーと、園崎なら今、忘れ物して学校に戻ってる」
「ふーン・・・」
彼女は俺の説明に曖昧な返事をすると、その視線を俺に向けてきた
値踏みするように足の先から頭のてっぺんまで眺め回してきて俺は若干居心地が悪くなる
「な、なに?」
「いやね、やけにゆずっちが君に御執心みたいだからサ・・・どうやってあのゆずっちを手なずけたか興味あってネ」
なんか前にも同じような事言われたぞ
「別に手なずけてなんて・・・それに俺達は別に・・・付き合ってるわけじゃ・・・」
「フム・・・ゆずっちも昨日電話でそうは言ってたけド・・・・付き合ってもいない女に色々アクセサリーとかプレゼントしてるんダ?・・・キミって女たらしなのかイ?」
「た、たらし・・・!?」
「まあゆずっちは顔の作りもいいしカラダつきもエロいしネ。・・・あのヤバい性格差し引いても男にとっちゃたまんないだろうネ」
「・・・・」
『カラダ』目当てなんだろう、と暗に言われてるみたいで俺は多少憮然となる
ただ自分自身、そうなんじゃないかという後ろめたい気持ちもあって俺は言葉が出なかった
「でもあのゆずっちがリアルの男に入れ込むなんて今でも信じられないヨ。一体どんな手を使ったんだイ?」
「・・・ノーコメントだ」
この子も中二病で園崎の友達だ
あのCDを知ってるかもしれないし、もしかすると聞いたこともあるかもしれない
さすがに園崎みたいに一声聞いただけでそれに思い当たるほど聞き込んでる人間はいないだろうが、些細なきっかけでバレる可能性はある
極力余計な事は言わない方がいいだろう
俺はそっぽを向き缶をあおった
「フム・・・漫画なんかだと無理やり凌辱して性奴隷に・・・ってのが定番だけど、ゆずっちはまだバージンみたいだシ・・・・」
「ごふっ!?」
吹いた
「りょ、凌辱って・・・あのな、女子高生がそんな単語をサラっと口にするなよ」
俺はむせながら彼女をたしなめる
・・・でも・・・やっぱり園崎って・・・まだ、なんだ・・・
「ん?どうかしたかイ?」
「べ、別に・・・それより君は?園崎とは中学からの友達、なんだっけ?」
「友達・・・か。そうだな、僕とゆずっちは言うなれば・・・『盟友』かな」
間違いない・・・この子も中二病だ
「もっとも中二の夏休みまではろくに会話したことすら無かったんだけどネ」
「中二の・・・夏休み?」
あれ?何か引っ掛かる・・・・
―――中二の夏休みだったかな
―――あの子、家出したことがあったのよ
脳裏に園崎姉のセリフが甦ってきた
「それで・・・どうやって親しくなったんだ?きっかけは?」
「フム、きっかけか・・・その時僕は夏のイベントに向けて新作を描いてたんダ」
「ふーん・・・」
このまえ園崎、この子は漫画を描いてるって言ってたっけ
「食料調達にコンビニへ出かけたその帰りダ。泣きながら一人で公園のベンチに腰掛けたゆずっちに会ってネ。一応クラスメイトだったし、ほっとけなくて声をかけたんダ。・・・ま、それまで同じクラスとはいえ、ろくに話したことも無かったんだけどネ。クラスの問題児の僕と真面目な優等生のゆずっちとではグループも違ってたし」
・・・・え?
今、真面目な優等生って言った?
園崎が?
「なにやら失恋したらしくてネ・・・『姉と顔を合わせたくないから家に帰りたくない』っていうんダ。声をかけちゃった手前ほっとくわけにもいかないからサ、ウチに泊めてあげたんダ。僕の漫画の手伝いをするって条件でネ。彼女が手先が器用なのは知ってたからサ」
家に帰らなかった理由は姉と顔を合わせたくなかったから?
園崎の失恋にお姉さんが関係してるって事なのか?
でも園崎姉は心当たりが無い様子だったけど・・・
「だが僕にとっては思わぬ拾い物だったヨ。ゆずっちはアシスタントとして非常に優秀だっタ。ベタ塗りからトーン貼りまですぐに覚えてネ。おまけに作るメシも美味いときタ。おかげでイベント合わせの新刊は無事に完成したヨ」
そう言って彼女はキヒヒと笑った
「リアルの男に恋したことのない僕に彼女の苦しみは解らなイ。でも知識は持っていタ。失恋の傷を癒すには新しい恋を見つけるのが一番・・・って漫画に描いてあったしネ。でもそんな簡単に新しい恋なんて見つかるもんじゃないし、第一また失恋する可能性だってあル。だから僕は教えてあげたんだヨ・・・『二次元の男』は決して裏切らないってネ」
・・・それじゃ園崎が中二病になった直接の原因って・・・この女?
「ま、あんなに成績がガタ落ちするほど、のめり込むとは思わなかったけどネ」
「お前な・・・」
「おいおい・・・そんな悪者を見るような目で見ないでくれヨ。僕的にはゆずっちの恩人だと思ってるんだヨ。ゆずっちをあのままにしといたらホントに自殺でもしかねない感じだったんだかラ。それくらいゆずっちは思い込みの激しい一途な性格だったんだヨ」
「・・・・・・。」
彼女の言葉に俺はなにも言えなくなった
失恋に傷ついた園崎はそれくらい空想にのめり込まないと心の傷が癒せなかったんだろう
「あれ?せ、先輩が園崎センパイ以外の女の子と親しげに・・・まさか浮気!?」
「なんでそうなる!?・・・・・・ん?サクマか」
不意に掛けられた言葉に反射的にツッコむとそこに立っていたのは後輩女子サクマだった
「あのな・・・この子は園崎の友達で・・・えーと、」
「サツキだ、サツキ・メイ・・・ちなみにこういう字だ」
そう言うと彼女はまるでドラマの刑事が警察手帳を見せるかのように生徒手帳を見せてきた
紗槻 冥
・・・すげえ中二病全開の名前だ
『冥』って・・・娘の名前にこの字あてるってどんなDQN親だよ
・・・って、あれ?
「お前、これ上に紙貼ってないか?」
手帳のパスケース部に入っている身分証、その名前部分は上からシール状の物が貼ってあった
「あっ!?こらっ!」
爪で剥がすとその下から別の文字が現れた
皐月芽衣
「・・・・普通だな」
「・・・・普通ですね」
「くっ・・・僕の真名を暴くとは・・・やるな貴様」
そんなセリフで表情を歪めるサツキ
「あれ、けーちゃん?両手に花でなにやってんの。修羅場?」
「なんでだよ!?」
サラっと投げかけられたとんでもないセリフに再び反射的にツッコミつつ顔を向けるとそこには・・・中学の制服を着たオーナーの娘が立っていた
「ん?磯原?」
振り向いたサクマが意外な声を上げる
あ、思い出した
オーナーの苗字、磯原だ
確か潰れた魚屋が『磯原鮮魚店』だった
「ありゃ?まるこ先輩?」
「『まるこ』ってゆーな!」
なにやらよくわからない掛け合いが始まった
「お前ら知り合いだったのか?」
「磯原は中学の時の後輩で・・・先輩こそ磯原と知り合いだったんですか?」
「んー、俺は小学校の登校班が一緒で・・・・なんで『まるこ』?」
俺はふと浮かんだ疑問を口にする
「うわわわ、気にしないで下さい先輩。ただの古いあだ名です」
「けーちゃん、ほらまるこ先輩の名前って佐久間桃果だから・・・・」
「よけーな説明すんな!ワカメ!」
「な!?あたしの名前は和夏奈です!」
「あ、そーだっけ?ごめーん磯野」
「磯原ですよ!喧嘩売ってんですかまるこ先輩!?」
「うぐう・・・そっちが先に言い出したんでしょうが!!」
「お、おいお前らやめろって」
年下女ふたりが不毛な言い争いを始め、俺は制止の声をかける
「キミの周りには随分と愉快なキャラが揃ってるみたいだネ」
サツキがそんな状況を眺めながらくつくつと笑う
「キャラ云々をお前が言うなよな・・・」
「フヒヒ・・・おや、戻ったかいゆずっち」
サツキの声に目をやるといつの間にかそこに園崎が佇んでいた
でもなんか・・・様子がおかしい
目が虚ろで・・・何かぶつぶつと呟きを漏らしている
まさか学校への往復で何かあったのか?
「・・・・・レム・・・・」
「え?」
虚ろな表情の園崎が虚ろな呟きを口にする
「・・・ハーレム・・・あたしがちょっと目を離した間に・・・けーごがハーレム状態に・・・油断してた・・・目を離すべきじゃ無かった・・」
「えっと・・・園崎?」
園崎はなにやら青ざめた顔で呟きを漏らし続けている
「やれやれ・・・そのハーレムとやらに僕もカウントされてるんじゃないだろうナ」
サツキが溜息と共に立ち上がる
「相変わらずメンタルの弱い奴だナ・・・真名で問おう園崎柚葉!」
その声に僅かに園崎の顔が上がる
「貴様はまた逃げるのカ?諦めるのカ?貴様の望みはその程度で捨てられる物カ!?」
その言葉に虚ろだった園崎の瞳に光が宿り始める
「僕は・・・諦めない・・・諦めたくない!」
「ならどうすル?」
「手に入れる!必ず!誰にも渡さない!!」
「それが他人の物だったらラ?」
「奪う!奪い取る!」
「どうやっテ?」
「どんな汚い手を・・・使ってでも!」
「キヒ・・・そう、昔教えたはずダ。例えどんな汚い手でも法に触れなければ問題無いとナ!」
「くくく・・・それは違うぞサツキ。例え法に触れることでも・・・バレなければ問題無い!」
「キヒヒッ・・・それでこそ貴様だ、ユズハ!」
「「おお~~!!」」
ぱちぱちぱちぱち
中二病女二人がモラルを疑う物騒な事を叫び合い、それに対して年下女二人が目を輝かせ手を叩いた
「お前なあ・・・また変な事を園崎に吹き込むなよ」
俺はげんなりした視線をサツキへと向けた
「キヒヒ、いいじゃないカ。おかげでゆずっちもダウナー状態から復活したろウ?」
「お前・・・絶対面白がってるだろ」
「ククッ・・・ホントゆずっちは実にからかい甲斐があっていいヨ」
「ちょ、二人で何コソコソ話してるんだ!サツキ!いつの間に経吾と親しげに!?・・・近い!離れて!」
そう叫びながら園崎がサツキに吊り上げた目を向ける
「なんだヨ、ちょっとくらいいいだろ、ゆずっち」
「ダメ!それと『ゆずっち』って呼ぶなっていつも言ってるでしょ!」
「ハン、別にいーじゃないか。ねえ君?」
「だから近い!離れろって言ってるでしょ、このトトロ女!」
「・・・・ト!?それゆーか!?ゆずっち!人が気にしてることを!」
再び女二人が不毛な言い争いを始めた
俺は仲裁する気力も湧かず、ただ深い溜息をつくしかなかった
(つづく)
〈あとがき〉
何とか更新出来ました
自分の中では週末更新が努力目標なのですが、週頭になってしまいましたね
最近どうも体力低下が著しくて睡魔に抗えないです
文章を書いてる内に寝落ちしてしまって気づくと朝で、仕事に行く時間になってます
少し早めに目が覚めた時なんかは起きぬけの虚ろな思考のまま書いたりすることもあるんですが、そんなとき書いた文章は後から読み返すと煩悩全開の18禁官能エロ小説になってて使い物にならないんですよね・・・




