第39話 H.Z.M.K.R.
ろくに眠れないまま朝になった
一晩中思考を巡らせた末に行き着いた答えは『だからどうした』だった
結局、園崎が過去に『誰にどんな感情を抱いていたか』とか、『誰とどんな行為をしたか』なんて、昔のことを気にするのは俺がガキだからだ
第一、俺は園崎の彼氏でもなんでもないんだからそんなことをとやかく言う資格なんかない
ただ・・・一晩中グダグダと考え込んだことで思い知ってしまったことがある
それは、俺にとって園崎がどういう存在かってことだ
今までごまかし、とぼけてきた自分自身の本当の気持ち
園崎の『過去の男』に対する嫉妬から・・・それが炙り出された
それを思い知った時、俺の中に生まれた望み・・・欲望
俺は・・・園崎を自分の物にしたい
自分だけの物に・・・
こんな時、普通なら・・・告白して、OKを貰って、晴れて恋人として交際・・・という流れがベストなんだろう
でもあの園崎にそんなありふれたパターンが通じるだろうか
もちろん嫌われてる訳はないだろうし、彼女が俺に向けてくれてる感情は好意には違いないはずだ
但しそれはあくまでも『クロウ』というキャラクター、そして『マスター』という設定に対してであり俺自身に対してではない
・・・・・。
とはいえ・・・かりそめではあっても今現在、俺が園崎に一番近しい存在の男であることには違いないはずだ
問題は、それがいつまでもずっと続くとは限らないということ・・・
中二病なんてほとんどは一過性のものだろう
いつかは園崎も現実の世界に目覚める
そうなった時でも俺が彼女の隣にいられるとは限らない
それどころか誰か別の男に取って代わられている可能性だってある
見たこともない過去の男にすらこれほどの嫉妬を抱いたんだ
そんなことになったら俺は絶対普通じゃいられないだろう
だから俺は決めた
園崎を俺だけのものにすると
例え・・・どんな卑怯な手を使ってでも・・・
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「オハヨ、経吾」
いつもの待ち合わせ場所
やって来た園崎は朝から上機嫌だった
そんな園崎の笑顔に心の中にわだかまった薄暗い感情が消えていく
この笑顔は今、間違いなく俺に向けられている
制服のシャツからのぞく胸元には昨日俺があげたネックレスが光っていた
そうやって身につけてくれてるのを見るのは、あげた方としては嬉しい事この上ないんだが・・・
「園崎、それ。ヘアピンはともかくネックレスはちょっとマズイだろ。ウチはアクセサリー禁止だし、ホヅミ先生に見つかると没収されるかもしれないぞ」
「むう・・・」
俺の注意の言葉に園崎が眉根を寄せる
「外しといたほうがいいって」
「判った・・・じゃあ、経吾が外して」
諭すように言うと素直に従い、背中を向けそんなことを言ってきた
ごきゅ
思わず喉が鳴る
無防備な背中
かき上げた髪
普段は目にすることの出来ないうなじ
「じゃあマスター・・・お願いします」
「お、おう・・・」
平静を装い、そこへと指先を伸ばす
「ふあっ!?」
微かに指先が触れた時、園崎が身を震わせ短い声を上げた
「ど、どうした?」
予想以上の反応に驚くと共に、動揺と躊躇いを隠してそう尋ねる
「ん、大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ、だから・・・」
「そ、か・・・・ゴメンな?」
「んーん、気にしないで・・・ひゃんっ!?」
小指で軽く撫でるとまた身を震わせた
・・・ホントゴメンな園崎、わざとやって
金具を外すフリをしながら小指の先をさらに動かした
その度に園崎は身をよじり鼻にかかった吐息を漏らす
園崎・・・うなじ弱いんだな
こんなふうになる姿・・・他の誰かにも見せたことがあるんだろうか・・・それとも、俺が初めてなのか
「外れたぞ・・・」
やり過ぎて疑われる前に、止める事にした
よし・・・ちゃんと、ギリギリ自制は効いてる
夢中になって、我を失ったりはしてない
昨日の夜・・・
園崎が過去に好意を向けた相手に激しい嫉妬を感じた時・・・
同時に自分自身の園崎に対しての気持ちをはっきりと自覚した
今までごまかしとぼけて・・・否定しようとしていた本当の気持ち
俺は園崎が・・・
それを認めた上で俺は、今まで自分に課していた戒めの方向性を修正することにした
園崎に対して軽はずみなことはしない
そう、これからは・・・慎重に行う
疑われないよう・・・少しずつ・・・確実に
園崎の心に、身体に、俺という存在を刻み付けていく
中二病から現実に戻っても園崎にとって俺が一番の存在であり続けるように・・・
そう、出来れば・・・俺無しじゃいられないくらいに・・・
くっきりと深く・・・刻みつける
これは純粋に俺を信頼してくれてる園崎の気持ちを利用する卑怯なやり方だ
だが、それでも・・・園崎が他の男の物になるなんて堪えられない
だから、俺以外の男が入り込む余地も無いくらいに園崎のココロとカラダに俺という存在を覚え込ませるんだ
どんな汚い、卑怯な方法を使ってでも・・・
「経吾・・・また邪悪な顔してる・・・カッコイイ・・・」
「うわぅ!?」
うっとりしたような園崎の声に俺はハッとして意識を現実へと引き戻した
いかん、己の思考に埋没しすぎていて周りの状況を忘れてた
「・・・せ、先輩?今の顔、物凄い陰惨でしたよ・・・。悪を企む秘密結社の幹部的な・・・」
「よ、義川くん?目の下に凄いクマが出来てるけど・・・寝不足なの?」
俺が一人黙考しているうちに、いつの間にかサクマと委員長が合流していた
「フッ・・・委員長にはこの悪魔的魅力が解らんようだな。このクマの味わい深さが解らんとは・・・」
純粋に俺の体調を慮ってくれてる委員長に対し園崎がそんな言葉を返す
「おぉー、そう言われてみれば、なんとなくフドウアキラっぽくてカッコイイかもです」
「おお、デ●ルマンか!?・・・やはりダークヒーローとしてあれは格別の存在だよなあ」
「ですよねー。そしてフドウアキラといえば忘れちゃいけないのが・・・」
「アスカリョウだろう?くふふ・・・アキラとリョウ、やはりあの二人のカップリングは最強にして至高だ」
「ですよねですよねー。センパイ的にはアキラとリョウ、どっちが攻めだと思います?」
「そうだなあ、僕的な好みでいえば・・・」
おい、なんか不穏なガールズトークが始まったぞ
「ワタシ的にはですねー。悪魔融合前のヘタレな感じのアキラも結構ツボだったりするんですよねー。総受け的な感じがもう・・・」
「くふ、あれはあれでなかなかにそそるよな・・・・」
「ヘタレ総受け系男子が鬼畜俺様系へと豹変とか・・・ギャップ萌えが堪りませんよねえ」
・・・やめろサクマ、園崎に余計な刺激を与えるな
また厄介な前世設定が追加されたらどうする
俺は寝不足でくらくらする頭でそんなやり取りに半眼を送るしかなかった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「眠すぎて味がわからん・・・」
昼食のパンをもふもふと頬張りながら俺はげんなりとした声を漏らした
午前中の授業は舟を漕ぎながらもなんとかこなした
何度も襲い掛かるスイマー・・・もとい睡魔との静かなる戦いは痛み分けに終わった
俺はなんとか眠りに落ちることはなかったものの、とっていたはずのノートに書かれていたのは解読不能の象形文字だった
「隣で一部始終を見ていたが・・・凄かったぞ経吾、無意識下における自動書記・・・未知の言語により記述されたこれには一体なにが書かれているのか・・・。宇宙からのメッセージ?それとも人類終末の預言か・・・」
園崎がノートを眺めながらそんな呟きを漏らしていたが、俺は過度の眠気の為ツッコむことも出来なかった
そして昼休み
『天気がいいから昼食は外で食べよう』という園崎に手を引っぱられ俺達は屋上に来ていた
そこに放置されたままになっているベンチは、金属部は錆び付き木製の部分はところどころ塗料が剥げてはいるが座るには問題ない
それに並んで座り購買で買ったパンを食べる
俺はヤキソバパンと唐揚げマヨパン、飲み物は冷たい烏龍茶だ
どれもそれなりに濃い味付けの筈なんだが眠すぎて味が感じられない
ちなみに隣で食べる園崎はシベリアとロシアパン、そして500mlパックの牛乳だった
・・・スゲエ甘そうだな・・・ここの購買シベリア売ってんだ・・・
他にも色々とツッコミたいところはあったが眠気のため言葉を発する気も起きない
ただ妙にピロシキが食べたくなった
「くふふ、眠そうだな経吾。時間になったら起こしてやるから少し寝なよ」
食べ終わり、ぼうっとしている俺に苦笑を向けて園崎がそう言ってきた
「悪いな園崎。そうさせて貰うよ。さすがにこの状態じゃ午後の授業は確実に寝ちまう」
俺は園崎の提案に素直に従うことにした
「うん、そうしな。・・・はい、マスター」
園崎はそう言うと自分のふとももをポンポンと叩いた
「・・・ん?」
「だから・・・ひざまくら」
「・・・。」
・・・・・・・・・・なんだとおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!???
一瞬で眠気が飛んだ
「お昼寝をするマスターにひざまくらするのはドールとして当然でしょ?」
当然なの!?
動揺してブレる視線をゆっくりと下に向ける
そこにあったのは陽光を跳ね返し神々しく輝く絶対領域
ここに頭を乗せるだと・・・!?
そ、そんな畏れ多い行為を・・・!?
「どうしたの?時間もったいないよ?」
「えと・・・じゃあ・・・失礼します」
俺はうやうやしく頭を下げてからベンチの上に仰向けで横になる
そしてゆっくりと頭をそこに・・・乗せた
ふかっ
「・・・・」
・・・・・・!?
ヘブン!?
なんだよこの感触!?
俺が密かに憧れ購入を夢みていた西●のオーダーメイド枕が霞んで見えるぜ
「ど、どうですか?マスター・・・。寝心地・・・わ、悪くない・・・ですか?」
「素晴らしいです。エクセレントです。最高の夢が見れそうです」
「そっか・・・よ、よかった。誰かにひざまくらするなんて初めてだったから・・・って、経吾?なんで涙ぐんでるの?」
「いやなんでもない・・・ちょっと日の光が眩しかっただけだ」
この感動をうまく言い表す言葉が見つからない
自分の語彙力の乏しさがどうにももどかしい
「園崎、重くないか?」
「だ、大丈夫・・・ただ・・・」
「ん?」
「経吾の髪の毛が・・・んっ・・・う、内ももに当たって・・・感じ・・じゃなくて・・・ちょ、ちょっとくすぐったい、だけ・・・」
「・・・・・・・。」
「経吾?なんで膝を立てた体勢になったの?」
「い、いや。こうした方が寝やすいかなと思って・・・」
「そうなんだ」
いや、本当は肉体の一部が硬化してきたからです
「子守歌でも歌ってあげられればいいんだけどよく知らないんだ。ゴメンね」
俺の頭を撫でながらそんなことを言う園崎
髪の間をくぐる指が気持ちいい・・・
「じゃあ鼻歌でもいいかな?」
そう言うと寝入るのに最適といえる音量でハミングを始めた
どこかで聞いたことのあるメロディ・・・
・・・そうか、これはしばらく前、よく姉さんが歌ってた曲・・・
だけど確かアニソンかなんかだったよな・・・・
でも・・・なんかすごく耳に心地好い・・・
園崎の奏でる優しい音色・・・
頭の下にある柔らかい感触・・・
ほんのりと漂う甘い香り・・・
それらが溶けて混じり合い、甘美で暖かい闇が広がっていく・・・
その気怠く心地好い闇の中に全身が蕩けていくような感覚・・・
ほどなくして俺の意識は深い眠りの奥底へと埋没していった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「起きなよ経吾、予鈴鳴ったぞ」
そんな声で俺の意識は眠りから覚めた
目を開けるとそこには柔らかく微笑む美少女・・・
「え?天使?」
「?・・・経吾、寝ぼけてる?」
美少女が眉を寄せ苦笑する
だんだんと頭がはっきりしてくるうちに自分がどういう状況だったか思い出してきた
そうだ、俺は園崎のひざまくらで・・・
急に顔全体が熱くなり俺は慌てて身を起こした
「あ、ありがと園崎・・・おかげで、よく眠れた」
短時間でも上質な睡眠だった為、頭はかなりすっきりしていた
それだけに自分がたった今まで園崎に身体を預けて無防備に寝ていたことが気恥ずかしい
「だろうな・・・ヨダレ垂れてるぞ」
くすくすと笑いながらそう指摘してくる園崎の言葉にまた顔が熱くなる
急ぎハンカチで口元をぬぐう
「あは・・・ここにも・・・ついちゃってる」
言われてそこを見ると・・・
園崎の左のふとももが濡れ光っていた
「!?・・・ご、ごごごごご、ごめん園崎!!」
「へーきだよ。わざとじゃないんだし。気にしなくていいよ。・・・け、経吾のだから別にイヤじゃないし・・・」
俺の不始末に園崎は笑って許してくれた
「ホ、ホントゴメンな・・・ふ、拭くな」
「う、うん・・・」
濡れた部分にハンカチを当てる・・・
よかった・・・スカートやニーソにはついてないようだ
・・・でも、
内ももの方に伝い流れ落ちてる・・・
ごきゅ
思わず喉が鳴った
震える手で・・・そちらにもハンカチを動かす
「んあっ・・・」
園崎が短い声と共に身をよじる
「あっ・・・ゴメ・・・」
その声に慌てて手を引っ込めた
「だ、大丈夫・・・それより・・・裏側にも・・・ついてるみたいだから、そっちも・・・」
「あ、ああ・・・判っ」
思わず言葉が止まった
園崎が片足を膝立ちにして、ふとももの裏側を晒してきて・・・
その付け根、
ニーソと同柄の布地が・・・目に飛び込んできて心臓が跳ねた
その布一枚隔てた向こうには・・・園崎のオンナノコの部分がある
生唾を飲み込もうと喉が動くが口の中はカラカラになっていた
震える手を伸ばしふとももの裏側を拭う
俺の手の動きに合わせて柔らかなふとももがふにふにと振動し、付け根にあるその布地も僅かに形を変える
今、園崎のなかで最も敏感な部分が俺の手の届く場所にある
園崎の身体に
俺を
刻み付ける・・・
俺を・・・
俺を
刻み・・・つけ・・・
・・・・
・・・・・って無理無理無理無理!!
いきなりハードル高すぎだって!!
他の場所に比べてもリスク高すぎだ!!
いくら得られるリターンが桁違いでも、しくじった時のリスクが計り知れない
そう、これはリスク回避だ
決して俺がビビリでヘタレだからではない
「ン・・・ふぁ・・・」
園崎が微かに熱を帯びた吐息を漏らした
その声で自分がその一箇所をガン見してた事に気付いた俺は、慌てて身を離す
「お、終わったよ園崎・・・他に濡れてるとこ、ないよな?」
「・・・・うん。まだ・・・濡れてはいないと・・・思う・・・」
「え?」
「え?・・・・・・・・・・うわわわわわ!なんでもないなんでもないなんでもない!!」
顔中を真っ赤にした園崎がよくわからない言葉を上げ顔の前で両手を振った
そんな中、耳に届いてきたのは・・・午後の授業開始のチャイムの音
「って、ヤバい!い、行くぞ園崎」
「わわわ、う、うん」
食べ終わった袋や容器を引っつかみ俺達は慌てて屋上を後にした
(つづく)




