第30話 シスタアズ ナカヘン
姉さんのクルマに乗って向かった先はこの県下では一番の繁華街だった
ここは姉さんの付き合いで何度か来たことがある
海に近いこの街はまあ、いわゆる若者の街って奴で道行く男女は大概はカップルだ
それ以外の男は主にナンパ目的、女の方もナンパされるのが目的って感じで一人で来るには確かに敷居が高い
俺は行ったことはないが、高台にある公園は海が見下ろせる有名なデートスポットらしいし、海辺にある遊園地は大きな観覧車があってクリスマス近くにはライトアップされてテレビなんかでも取り上げられる
「えへへぇ、アリガトねえ、けーくん。一人だとさあ、あたしでも結構ナンパとかされちゃうんだよお」
「まあ、いいけど・・・」
いい加減、俺のことナンパ避けに使うのはやめてほしい
「弟を彼氏代わりにしないでそろそろ本物を作りなよ・・・」
そう言うと姉さんは頬を膨らませて抗議してくる
「何よお、偉そうに・・・、けーくんだってカノジョいないでしょ?」
だからって姉弟でこんなデートまがいの行動は虚し過ぎだろ・・・
「んふふ~、こうして歩いてると本物の恋人どおしみたいだよねえ?」
「いや・・・腕を組むのはやめてくんない?」
そう言いつつも俺は姉さんの好きにさせていた
これはいつもの姉弟のスキンシップみたいなものだ
姉さんも必要以上に密着してこないし、ましてや腕に胸が当たるなんてこともない
「あ、こんなとこ学校の友達に見られたら誤解されちゃうかもねえ」
「そう思うんなら、やらないでくれよ」
そう半眼で言う俺に、再び姉さんはにゃははと笑った
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
姉さんに手を引かれ入った店はアクセサリーなどの小物を扱った店だった
ハンドメイドらしいネックレスやブローチ、ヘアアクセサリーなどが陳列されている
家では、ひっつめ髪にノーメイクが多い姉さんだが、家の外では化粧もするしそれなりにオシャレだ
『女にとって化粧やオシャレは自分を守る鎧なのよ!それは異性からというより・・・同性からのね!』
と言うのは母さんの言葉だ
そのへんのことについては、姉さんは母さんの教えに素直に従っている
男の俺にはわからないが女同士の世界というのは色々と大変なものらしい
姉さんは飾られた商品をひとつひとつ手に取っては思案顔で眺めている
たまにそれを着けて見せては
「ねえ、これどうかな?けーくん」
とか
「これとこれだと、どっちが似合う?」
などと聞いてきて俺はそれに対して曖昧に答えを返す
女の買い物に付き合うことほど男にとってヒマなものはない
だが露骨に退屈そうにするとヘソを曲げるので最低限の受け答えをしなければならない
ある種、修行というか・・・苦行に近い
これが恋人とか好きな相手とかだったら違うのだろうか?
・・・まあ、当面そんな予定は無いが
だけど園崎相手だったら・・・退屈はしないで済みそうかな
そんな事をぼうっと考えていた時、それが目に入って心臓が跳ねた
シルバーとおぼしき素材で出来た十字架型のヘアアクセサリー
これも多分ハンドメイドなんだろう
何度か見た園崎のどれとも違うデザイン
金額はさほど高い値段じゃない
教えてやったら、きっと飛び付きそうだ
「んー?なにかよさ気なのあった?」
そう姉さんに声をかけられ俺はハッと現実に戻った
「ななな、なんでもないなんでもな・・・」
慌ててごまかしつつ、ふと店の扉の外に見えた人影に言葉が止まる
「ん?何?」
姉さんが俺の視線を追い小首を傾げる
「・・・いや、なんでも・・・・・」
今、一瞬・・・扉の外に園崎の姿が見えた気がしたんだけど
こんなとこに居るわけないよな
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「んふふー、けーくんのお陰で気兼ねなく頼めるよお」
そう言いながら姉さんは満面の笑みで大きなパフェにスプーンを突き刺した
アクセサリーショップを後にした俺達はその後、数件の洋服屋を見て回ったあと小洒落たカフェで一休みしていた
店の中はカップルで一杯だった
確かにここで女一人でパフェなんか食べてたらかなり精神的に苦しそうだ
「どういたしまして」
俺は苦笑しつつ砂糖を多めにいれたコーヒーを飲んでいた
やはり俺は緑茶のほうが好きだが、こういう店では我慢してコーヒーを飲む
そもそも俺はちゃんとしたコーヒーは苦手だ
缶入り飲料ではいつも練乳入りコーヒーばかり飲んでいるが、あれは『コーヒー』というより『原料の一部にコーヒーを使用した乳飲料』に近いし
「けーくんも食べる?はい、あーん」
姉さんがそんな事を言いながらスプーンを差し向けてくる
一瞬、先日の園崎と重なって見えて心臓が高鳴る
「いりません」
そうそっけなく答えて横を向く
姉さんは一緒に外で何か食べるときは必ずこう聞いてくる
それに対し俺はそっぽを向いて断る
もはや、お約束的な掛け合いに近い
姉さんにしても俺が断るのを見越してのセリフだ
もし、『じゃ遠慮なく。あーん』なんてしたら、どんな反応するんだろ
そんな事を考えながら目をやった店の窓
あれ?
また、園崎の姿が見えた気がした
そんな訳ないのに・・・
今日の俺はどうかしている
事あるごとに園崎の事を考えてるような気がする
『ちゃらっちゃら、ちゃらら~』
突然姉さんのバックから電子音が響いた
「誰だろ・・・・う、ボスからだ」
取り出したケータイを開き表示を見た姉さんはそう言って顔をしかめた
ボスというのは確か姉さんの仕事の上司だったはずだ
「え?・・・はい、・・・はい。え!?今からですか?マジェスカ!?」
マジェスカって何語だよ・・・たぶん『マジすか?』って意味だと思うが・・・
「は、い・・・わかりました・・・・・・チッ!」
今、舌打ちした!?
上司なんだよね!?
半眼になる俺の前で電話を切った姉さんは手を合わせて頭を下げた
「ゴメンねけーくん、仕事で呼び出しなの。今日から休みだったはずなんだけど・・・」
「そうなんだ・・・まあ仕事じゃ、しょうがないんじゃない」
「ホントゴメンね。こんなとこまで連れて来といて・・・」
「ん、大丈夫。子供じゃないから一人で帰れるよ」
「ここの支払いは済ませとくから、ゆっくりしててへーきだからね。それとこれ電車代ね」
そう言うと姉さんは紙幣を一枚俺に渡すと伝票を掴んで慌ただしく席を立った
やれやれ・・・
姉さんの消えていった店のドアに向かって溜息をつく
姉さんはゆっくりしててとは言ったがこんなカップルだらけの店に一人取り残されてゆっくり出来るほど俺は強者ではない
カップに残ったコーヒーを飲み干すと席から立ち上がる
姉さんのパフェがまだ半分以上残っていて、もったいなかったが手をつけるのも躊躇われそのままにしておいた
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、どうしようかな・・・
店を出た俺は歩きながら思案していた
せっかくここまで来たんだからもう少しぶらついて帰ろうか?
しかし一人身にはアウェーな街だ
潔くまっすぐ帰るべきなのか・・・
そんなことを考えながら歩いていたとき耳にその声が飛び込んで来た
言い争うような男女の声
喧嘩・・・かな?
何か男女で揉めているような・・・・!?
え?
この声って!?まさか?
女の方の声に聞き覚えがある
最近毎日身近で聞いていた声
今日はほとんど聞いていない声
俺は反射的に声の方へと走り出していた
「う、うるさいぞ貴様ら!消えろ!!」
「そんなこと言わないでさあ・・・彼氏にフラれて泣いてたんだろ?俺達が付き合ってやるよ。お茶でも飲みに行こうぜ」
「黙れ!いい加減に・・・」
二人組の男
その向こうに見えた小柄な身体の少女は・・・
「園崎!」
呼びかけると僅かに目を見開いたあと、さっと目を伏せた
その瞳の端に涙の光が見えた
俺は無我夢中で走り寄ってその間に割って入る
「大丈夫か!?園崎!こいつらになんかされたのか!?」
園崎を背中に隠し男達に向かい合う
「んだよ!?・・・・・・彼氏かよ」
「チッ・・・・カノジョ泣かせたまま、ほっといてんじゃねえっての」
周囲の視線に、男達は悪態をつきながら去って行った
俺は密かに安堵の吐息を漏らす
殴り合いとかにならなくて本当によかった・・・
俺はケンカの経験なんか一度もない
今さらながらに足が震える
これがラノベやマンガの主人公だったら、『実はケンカが強い』とか『武術の心得がある』、なんてパターンがお約束だが・・・
生憎、俺はそんなのじゃない
2対1なんかでケンカをしたら100パーボコられるのは確実だ
だけど園崎の姿が見えた瞬間、後先考えずに身体が動いてしまっていた
「園崎・・・」
振り向いた俺に、園崎は複雑に表情を変化させた
信じられないように目を見開いた後、嬉しそうに微笑みを浮かべかけるが、急に瞳を曇らせ悲しげに顔を背ける
「ど、どうしたんだ?」
「べ、別に・・・・」
何だろう
学校でのぎこちなさとは違う
何か見えない壁のような物を感じる
目に見えない拒絶感・・・
「偶然だな?こんなとこで会うなんて・・・買い物か?」
「ま、まあそんなところだ・・・・」
気まずそうに歩き去ろうとする園崎の二の腕を咄嗟に掴んだ
「は、放せよ・・・・経吾」
そう言う園崎の言葉に何故か従うことは出来なかった
このまま放してしまったら今までの俺達の関係が全て終わってしまうような妙な胸騒ぎがした
それに『放せ』と口では言うものの園崎は足を止めたまま歩きだすことも掴んだ俺の手を振りほどこうともしない
「なにか大事な用があるんじゃないのか?僕の事なんてほっておいてくれ」
うん?
俺が園崎を置いて先に帰ったから拗ねてるのか?
『ほっておいてくれ』って言うんだからそうするべきなのか?
いや、これは拗ねてるだけで本当は構ってほしいんじゃ・・・
そう考えるのは自惚れだろうか?
だけど・・・
俺は・・・ほっておきたくなんかない
「俺が一緒にいちゃ・・・ダメか?」
「!?・・・・・だって経吾、何か用事が・・・・あったんじゃ・・・ないのか?・・・誰かとデー…とか・・・・」
消え入りそうな声でモゴモゴと喋る園崎に俺は自分の状況を説明した
「用事・・・か。あるにはあったんだけど、ついさっき無くなった・・・。実は姉さんの付き合いで買い物に来てたんだけど、急用が出来たとかで置いてきぼりにされたんだ」
「ふーん・・・姉さんの・・・・・・・・・・・・・・・・、え!?姉さん?」
突然、素っ頓狂な声と共に顔を上げる園崎に一瞬たじろぐ
「あ、ああ・・・・。あれ?話したことなかったっけ?俺、姉さんがいるんだよ」
「聞いてない・・・・・、そか、あれはお姉さん・・・、そか。ふふふ、そっか・・・」
「園崎?」
それまで纏っていた、どこか刺々しい雰囲気が嘘のように消失し、途端に上機嫌になった園崎に困惑する
「じゃ、この後って、けーご用事無いんだ?それじゃこれからボクとちょっと、この辺ブラブラしない?」
「お、おう、いいぜ」
急に明るくなった園崎に気圧されつつも、その提案を断る理由はない
「明日は休みだからな。ちょっと遅くなっても大丈夫だ」
「ふふ、行こ行こ」
園崎は俺の腕を取ると弾むような足取りで歩き出した
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くははは、それで経吾は一方的に連れて来られた上にほっぽり出されたってわけか?」
「まあな」
隣を歩く園崎に、ここに来た経緯を話すと楽しそうに笑い声をあげた
「それは災難だったな経吾」
「ま、今に始まったことじゃないから・・・もう慣れてる」
まあ、最近は姉さんに振り回されることが減った代わりに園崎に振り回されてる気がするが・・・
でも、そう考えると姉さんに振り回され慣れてたから園崎の無茶振りにも割りとすんなり対応出来てたのか?
「ま、姉なんてものはどこでも同じだな。身勝手この上ない。『下のきょうだい』のことなど生まれた瞬間から自分に従うものと思ってるんだ」
そう鼻息荒く語る園崎に苦笑で返す
まあ、ウチの場合は生まれた瞬間じゃないけど・・・
「そういえば園崎も姉さんがいるんだったよな?」
「ん・・・・、まあな。姉は僕に比べて色々と出来が良くて・・・要領もいいし、美人だ・・・・・・」
そう言って園崎は僅かに表情を暗くした
『同性のきょうだい』だと何かと比べられるというし、姉に対してコンプレックスのようなものがあるのかもしれない
この話は続けないほうが良さそうだな・・・ふむ
「あ、そうだ園崎。さっき見つけたんだけど・・・・」
ふとそれを思いだし、俺は別の話題を振った
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おお、これは・・・・、ふうむ、なかなかの逸品だ」
俺達は最初に姉さんと入ったアクセサリーショップに来ていた
先程見つけた十字架型のヘアアクセサリーを見せてやると、思った通り園崎は瞳を輝かせた
そして勢い込んで財布を取り出すが、中を開けた途端にその顔を曇らす
「どうした?」
「いや、その・・・手持ちがない・・・。ここに来るのにタクシーを使ったから、もう帰りの電車代くらいしか・・・・・」
「はあ!?」
タクシーって・・・結構距離あるから、かなりの金額になったんじゃないか?
買い物に行くのに予算を交通費で使い果たすとか無軌道過ぎるだろ!?
「いや、だって・・・咄嗟に飛び乗って・・・行き先とか・・・わから・・・なかったし・・・・」
バツが悪そうにモゴモゴと呟く園崎に俺は深い溜息をついた
やれやれ・・・
俺は園崎が名残惜しそうな視線を向けるそれを手に取るとレジに向かって歩を進めた
「け、経吾?」
「えーと、その・・・、ほら昨日羊羹ご馳走になったし、その前とかも・・・、だからお礼っていうか・・・、プレゼント」
「えっ?・・・・ええっ!?プレ・・・・か、買ってくれるの!?経吾」
「あー、うん・・・・まあ」
ヤバいぞ、顔がスゲぇ熱い
思えば女の子にプレゼントとか初めてだ
恋人でもないのにアクセサリーとか身につける物なんて『重く』ないか?
引かれたりしないよな?
「あ、ありがとう経吾・・・とっても・・・嬉しい。だ、大事にするね」
はにかんだその表情に俺の中で爆発的に何かが込み上げて来る
思わず抱きしめたくなる衝動に駆られ・・・必死に思い留まった
(つづく)
■あとがき■
2014/02/05現在
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