第27話 フタタビ ソノサキテイ ニテ ソノニ
「き、切れちゃった・・・。ま、まあ、大事な用なら、またかかってくるだろう」
電話のところから戻ってきた園崎がそう言ってテーブルの前に腰を下ろす
まだ少し頬は赤いがいつもの園崎だ
もしあの電話が鳴らなかったら、今頃どうなっていたんだろうか
惜しいようなホッとしたような妙な気分だ
「は、はい経吾」
「あ、ありがと」
園崎が淹れてくれたお茶を二人で向かい合ってすする
ふう、なんとか落ち着いてきた
「あ、そうだ経吾。ほら・・・お待ちかねの柚子羊羹だぞ」
そう言って切り分けられ皿に乗ったものを園崎が出してくれた
そうだ当初の目的をすっかり忘れてた
俺はこれを頂きに来たんだった
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふう、御馳走さま。美味かったぜ。アリガトな園崎」
めったに味わえない物を堪能した俺は上機嫌で園崎に笑いかけた
「くふふ、喜んで貰えて僕も嬉しいぞ。経吾は羊羹がホントに好きだな」
そんな俺に園崎も微笑みを返してくる
「ああ、今日のも美味かったけど、この前食べたのもかなり美味かったなあ。園崎の作ったの」
「え、ホ、ホントに!?」
俺の言葉に園崎が目を丸くして顔を赤らめた
「控え目な甘さがちょうど俺好みでさ、食べ飽きない甘さっていうか・・・」
「そか・・・じゃ、じゃあ今度また、作ったげるから。食べにきてね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
心ならずも再訪の約束みたいになってしまった
またここに来れると思うと嬉しさに頬が緩む
女の子の部屋なんて自分からは来れないからな
それにしても・・・はにかんで笑う園崎はとても愛らしい
園崎にはいろんな面がある
まるで多重人格のように様々な顔を見せる
それが目まぐるしく変化して揺らぐ様はとても危なげで・・・
でもその全てが魅力に溢れていて見てて飽きない
こんな風に感じる俺は異常なんだろうか
もっとも、園崎の場合は病理的な意味での多重人格というより単にキャラブレが激しいだけな気がするが
そんなことを考えつつ園崎を見ると俺の胸元あたりの虚空をじっと見つめていた
「?・・・どうした園崎?なんか付いてるか?」
「いや、何でもない。フッ・・・ままならないものだなリアル世界とは・・・どんなに目を凝らしてみても選択肢が現れないのだからな」
そんな意味不明な中二的セリフと共にニヒルに笑う園崎に俺は苦笑を返す
やれやれ相変わらずだな
「あ、そういえば園崎。例の『ご褒美』は何がいいんだ?テスト結果の」
「ああ、そうか。うーん、そうだなあ・・・」
俺の言葉に園崎は人差し指をあごに当て、考える仕草をする
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
しばらく虚空に視線をやって考え込んでいた園崎だが、やがて次第に口元を緩ませていくと何やら口の中でぶつぶつと呟きはじめた
「・・・・・ほら、欲しいんだろ?俺の『ご褒美』・・・は、はい、欲しいれふ・・・く、ください・・・じゃあ、ちゃんとおねだりしてみろよ?・・・わ、わかりまひた・・・あ、あたしにご、ご褒美く、ください。お、お願いひまふ・・・どこに欲しいんだ?・・・ふ、ふあっ!?・・・はっきり言ってみろよ、その口でな?・・・は、い・・・あ、あたしの・・・こ、ここに・・・『ご褒美』を・・・くらはい・・・ここってどこだよ?・・・うくっ・・・・そ、それは、その・・・あ、あたしの・・・・・」
「そ、園崎?」
恍惚とした表情で緩んだ口元から謎の呟きを漏らし続ける園崎に困惑して声をかけると、彼女は全身をびくんと震わせた
「わわわわわわわわわわ、何?経吾?」
「・・・園崎、ヨダレ垂れてるぞ?」
そう指摘すると慌てて口元を拭いながら繕うように表情を引き締める
「こふんこふん・・・な、なんでもない気にするな」
そんな園崎に俺は諦め混じりの溜息を漏らす
「で?決まったのか?」
「ふむ、いざとなるとすぐにはな・・・有効期限とかはあるのか」
「期限て・・・、別にいつでもいいけど・・・忘れても知らないぞ?」
「じゃあ、紙に書いとく」
園崎はそう言うと立ち上がり机へと行き何か書き始めた
肩たたき券みたいな感じか?
思わず苦笑が漏れる
たまに園崎は子供っぽい事をする
俺はそんな園崎の背中を微笑ましい気分でしばらく眺めていた
「よし、書き終わったぞ」
しばらく後、園崎は鼻息荒く俺にそのB5くらいの大きさの紙を見せてきた
「どれどれ?」
受け取って見てみると女の子っぽい可愛らしい便箋に園崎の丸っこい字が細かく書かれていた
「えーと、『その一、甲は乙に対し何時如何なる時も一度だけ無条件に従わなければならない・・・』って、契約書かよ!?」
俺は思わず書面にツッコミを入れた
「ほら経吾、ここにお前のサインを入れるんだぞ」
そう言いながら園崎が俺にボールペンを差し出してくる
俺はげんなりした視線でそれを見詰めた
これは安易にサインしてしまっていいのか?
なんか下半分に免責事項やらなんやらって文字がびっちり書かれてるんだが・・・
この読む気を無くす細かさは悪徳詐欺商法の契約書みたいだ
「ほらほら、早く名前を書き入れるんだ。下半分には気にすることはない。それっぽい雰囲気を出すために適当な言葉を入れただけだから」
園崎が悪徳商法の営業マンみたいな笑顔で悪徳商法みたいな営業トークをしてくる
まあ、金銭が絡むような契約書じゃないし、まあいいか
俺が名前を書き入れると園崎は満足そうに顔を緩ます
「しかし、それっぽい雰囲気を出すためとはいえ、よくこんなにびっちり書いたな・・・、なになに、『甲と乙は病める時も健やかなるときも互いに・・・』」
「うわわわわわわ!た、たいした事は書いてないんだから細かいところは読まなくていいんだ!」
慌てたように俺の手から便箋を取り上げる園崎
その慌てっぷりに一抹の不安を感じる
「ほ、本当におかしな事は書いてないんだよな?」
「あ、当たり前だ。心配するな。こんなのはただのお遊びの契約書だろ。ちょっと契約書の体を成してれば法的な拘束力が発生するかもしれないがそれはささやかな問題だ」
「いや、それ大問題だろ!?」
「いーからこれはもう気にするな。・・・こふん、それよりも経吾、せっかくだから何か他の事をしようじゃないか」
なんかわざとらしく話題を変えてきたな・・・
「よし、けーご、けーご。ゲームしよう、ゲーム」
「んー?まあいいけど・・・この前みたいに格ゲーか?」
「ふむ、まあそれが一番燃えるしな。ただそれだけじゃ面白みがない・・・何か賭けないか?」
「賭け?カネをか?」
「それはダメだ。学生の身で金銭を賭けるのは倫理的に問題があるだろう?」
「まあ、そうだな」
園崎は父親からの教育で金銭に対する倫理感が厳しい
「ただ金銭に代わるそれなりの物でないと面白くないな。負けた時のリスクが大きいほどスリリングだ」
リスクが高い物ねえ・・・
・・・・・。
いかんいかん
マンガなんかでよくありがちな、えっちい展開を妄想してしまった
アホか俺は
「よし、こういうときのお約束だ。シンプルにお互いの身につけているものをチップの代わりとしようじゃないか」
「・・・は?何言ってんの?オマエ?」
「ほら、マンガなんかでよくあるだろう?つまり・・・脱衣だ」
「なんだとおおおおお!!!!???」
アホがいたよ。目の前に。ドヤ顔で
「あ、あのなあ・・・」
「ふふん、負けた者が身ぐるみ剥がされるのは昔から当然の事だろう?そして身体にゴザを巻いて逃げる帰るんだ」
どこの時代劇だよそれは・・・
つーか、別の意味での倫理感に問題があるだろ、それ
俺は軽い目眩を覚え掌で顔を覆った
・・・・・・・・うへ
・・・いかん、自然と顔が緩む
この展開は俺にとって美味し過ぎる
上手くすれば女の子の・・・それも園崎のハダカが拝める
・・・・・見てえ、すげえ見てえ
・・・いや、別に相手が園崎だからって訳じゃなく
男なら誰でも女の子のハダカは見たいもんだろ?
「なんだ経吾、自信が無いか?負けて恥をかくのが怖いのか?」
園崎がからかうようにそんな事を言ってくる
「そこまで言うなら・・・やってやろうじゃないか」
俺は内心の感情を隠し、あくまでも園崎の挑発に乗った風を装いそう答えた
ヤベェ、スゲえワクワクしてきた
こふん、だが俺は紳士だ
何も園崎を丸裸にするような真似はしない
下着姿になった辺りで手打ちとしてやろう
お互いのチップを頭の中で計算してみる
まず俺、制服の上着はもう脱いでしまっているから・・・上からワイシャツ、ネクタイ、肌着代わりのTシャツ、ベルト、ズボン、パンツ、靴下×2・・・合計8
園崎はと見るとカーディガン、ブラウス、ロングフレアスカート、靴下×2、服の中身は判らないがたぶん・・・それぞれ上下の下着。『身につけているもの』が条件だから頭の十字架ヘアピンも入れて・・・合計8
『チップ』は同数と見ていいだろうが俺にとってかなり有利だ
俺は最悪、最後の一枚まで粘れるが、園崎は残り3枚目が消えた時点で下着姿だ
「それで何のゲームをやるんだ?また格ゲーか?」
「うむ、それが一番燃えるしシンプルに勝敗が決まるしな」
園崎のその答えに俺は内心ほくそ笑んだ
実はこの前、古本屋で昔のゲーム雑誌を見つけてこっそり買ったのだ
ちょうど格ゲーの特集号でこのまえ園崎の家でやったのも載っていた
しかも、隠しコマンドなどや無敵時間の発生条件なども詳細に・・・
今度また園崎と対戦ゲームすることもあるだろうと思って何気なく買ったんだがこんな思わぬ役に立つとは
もちろん実際に操作して試したわけじゃないが知ってるのと知らないのとじゃ全然違うだろう
くく、悪いな園崎
お前の下着姿、たっぷり楽しませて貰うぜ
邪悪な心に支配された俺は唇を歪め笑うのだった
(つづく)




