偶然な再会
なんか、グダグダに・・・・
「綺麗な人だったな・・・・」
とあるマンションの一室で、陽は我知らず呟いた。
祖父が営んでいた古本屋を継ぐことが、陽の小さい頃からの夢だった。
そのために、夏休みなどの長期休暇のたびに祖父の元に通い、仕事を覚えるなどの努力をしてきた。
大学は経済を学び、祖父と共に経営していこうと言っていた矢先に、祖父が病に倒れ、急死。
「ばたばたして、店にも来れてなかったしな・・・」
元々、店は居住区としても使っていたものの、防犯など問題があったため昔から貯めていた貯金に手を付け、改築することにしたのだ。
一時的な家として、マンションを借りた。
「名前、なんていうんだろ。」
陽の脳裏には、朝方あった男性の事が浮かんでいた。
さらさらとした茶色の髪に、大きな二重の同色の瞳。長い睫毛。通った鼻筋に、白い肌。
身体つきからして、男性だと思われるが、美人と言っても遜色がない人だった。
「話し方は変わってたけど、良い人そうだったし。」
女言葉を使っていたものの、違和感は無かったし、陽の知り合いにも話し方だけ女言葉を使う者がいるせいか、抵抗は感じないのだ。
「なんだか、良いこと有る気がする。」
陽は、上機嫌に呟いた。
部屋に鍵をかけ、店に向おうと階段へと足を進める。
「あら、貴方・・・」
聞き覚えの有る声に、振り向くと後ろには昨日会った男性が立っていた。
「あ、昨日の・・・・」
陽は、驚きながら男性をまじまじと見詰めた。
昨日と同じ、見とれる様な美人顔だ。ぶっちゃっけ、女だと言われた方がしっくり来る。
「貴方、お隣に住んでたのね。」
「え、本当ですか?」
陽の質問に、男性はにっこりと笑いながら答えた。
「ええ、本当よ。私は702号室に住んでるんだけど、貴方703号室でしょ?」
「はい。ああ、そうですか・・・なら、改めて自己紹介しますが、私は園田陽といいます。」
深々とお辞儀をした、陽に朱理もお辞儀を仕返した。
「ご丁寧に。あたしの名は藤野朱理っていうの。あたしのことは、朱理って呼んでいいから、陽って呼んでかまわないかしら?」
可愛らしく小首を傾げてのおねだりに、陽はあっさりと承諾した。
「はい、いいですよ。」
「ええっと、じゃあ陽ちゃん?」
(あああああ!朱理さん、可愛い!美人って得だ!)
小首を傾げながら、不安そうにそう言う朱理が陽には小動物の様に見えてしょうがない。
「じゃあ、私は朱理さんで。これから半年間よろしくお願いします。」
陽のその言葉に、周囲の空気が凍る。
(あれ?)
場の雰囲気が変になった事を感じた陽に、朱理は優しく微笑んだ。
「・・・・半年って、どういうこと?」
(・・・何か、怒らせるような事をしただろうか?)
「あ、はい。実は、この町で古本屋を営んでいるんですが、半年後に改築が終わるのでそちらに引っ越すことになってるんです。」
その言葉で、場の空気が元に戻る。
「あら、そうだったの?」
「はい、そうです。じゃあ、店に行かないといけないので、これで失礼します。」
「分かったわ。じゃあね。」
陽は、去り際に名刺を一枚朱理に差し出した。
「これを。」
名刺には、古本屋の住所などが書かれている。
「よければ、来て下さい。新品から稀少本までお望みなら何だって手配しますから。」
「ありがとう。」
朱理の事を後にし、陽は上機嫌で店へと向う。
(ああ、本当に何か良い事が有る気がする。)