偶然の出会い
さてと、始めましてね。
私の名前は、藤野朱理っていうの。言っとくけど、性別は男よ。
外見的には、まあ顔は女っぽいけど体は十分鍛えてるし、服装も気をつけてるから男に見えるわね。
女っぽいのは、喋り方と名前だけ。なんで、こんなしゃべり方については気にしないで。長くなるし。
まあ、そんなことはどうでもいいの。
実は、あたし運命の出会いをしちゃったのよ。
その子はね、素直で優しくて穏やかで、それにとっても可愛いの!もう、食べちゃいたくなるぐらい!
その子の名前はね、園田陽っていうのよ。
(まったく、何なのよあいつ!自分で取りに来なさいよ!)
マンションの廊下に差し込む朝日が、朱理の徹夜明けの目に染みた。
「俊治の奴、次ぎ会ったら百合ちゃんに前の恋愛事情ばらしてやるわ・・・・」
そう呟けば、幼馴染兼自分の担当者である男の顔が浮かぶ。
朱理は、そこそこ売れている小説家だ。言われれば、恋愛物だろうと推理物だろうと書く。
幼稚園の頃から、つまりは四歳からの付き合いであるから俊治とは、かれこれ二十四年の縁がある。そのせいか、いささか気安いところがあり、徹夜明けでも原稿を出版社の所に持っていくことも少なくない。
「まったく、何であたしが・・・」
ぶつぶつ呟いていたせいで、朱理はまったく前を見ていなかった。
何かにぶつかった様な感覚の後に、朱理は座り込んだ。
「いった・・・・」
徹夜明けの疲労などのせいか朱理は、簡単に倒れてしまった。
「すいません!大丈夫ですか?」
ほんの少し低めで落ち着いた声がした方を見ると、慌てた様子の誰かが立っていた。
(女、よね?)
背は高い。180近くあるはずの朱理より少し低いぐらいだ。
が、胸の部分を見ると少し、いやなかなか出ている事を見れば、女である事は確かだ。
顔立ちは凛々しく、切れ長の瞳が印象的だ。鴉の濡れ羽の様な黒髪は、背中まである。
「あの、起き上がれますか?」
女の声に、朱理は我に返る。目の前に差し出された手を取り、起き上がった。
「すいません、ぼんやりしていて。お怪我は?」
「別にないわ。」
朱理は面倒なことになったと、顔をしかめた。
女顔とはいえ、どう見ても男である朱理がこの喋り方をして、良い顔をする者はなかなかいない。
女なんかは、噂や陰口などが面倒でたまらないのだ。
「そうですか。よかった。」
(は?)
朱理の予想に反して、その女は安心した様な声を出した。
「この階の方ですか?」
「え、ええ。」
「私は、前の月に越してきた園田といいます。よろしく、お願いします。」
「こ、こちらこそ。」
そう返事を返すと、女はへにゃりとした笑顔を浮べる。
何なんだろう、この生き物は。凛々しい顔立ちとはまったく違う、愛らしい笑顔に胸がキュンキュンすることを、朱理は感じた。
「それじゃあ。」
そう言って、去って行く女の後姿を朱理は、呆然と見つめた。
そして、女の姿が見えなくなると、小さく呟いた。
「欲しい・・・・」
彼女が欲しい!自分だけに微笑んで、自分だけに話し掛けて、自分だけに触れて欲しい。
「ここに住んでるなら、 また会えるわね。」
幼馴染には散々協力したのだから、自分の時にも協力してもらおう。
朱理は、上機嫌でその場を後にした。