「親友」
悔しくない。
と言えば嘘になる。
しかし、喜一の実力も、人柄も、努力も、誰もが認めていたし、圭介もまた、例外では無かった。
ただ、7年前、喜一を剣道に誘わなければ、あそこに立っているのは自分だろうと思うと、少し気持ちが重くなる。
喜一は、いつも自分の先を行っている。
幼稚園の頃から、この時まで。
勉強も、恋も、そして、自分が一番自信を持っていた剣道さえも。
「仕方ない、か。」
まだ興奮の冷めやらぬ、といったら語弊があるが、とにかく騒がしい更衣室で圭介は一人つぶやく。
いつの頃からか圭介は喜一に負けるのは仕方がないことだ、と考えるようになっていた。
いや、そう考えなければ、才能や運などの世の中の理不尽な決まりに押し潰されるであろう事を、本能的に分かっていたのだろう。
普通に考えたら、親友に負け続けたり、勝ち続けるのはばつが悪く、耐えられるものではない。
それでも二人の関係が続いてきたのは、圭介の、人の良さと剣道への思い故であろう。
肩にタオルを掛け、上半身に汗で湿ったシャツ、下半身に袴、という中途半端な格好で、複雑な考えを巡らせていた圭介は、しばらくするとなにか吹っ切れた様に立ち上がった。
とにかく今は素直に優勝したことを喜ぼう。
俺も決勝は勝ったんだし、ね。
大将と中堅。
俺と奴の差は、今はそれだけだ。
今の時間は17時40分。
打ち上げまで、あと2時間くらい。
カラオケなら、あいつよりは上手い。シャツは、すっかり乾いていた。