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氷おにぎりを求めてくる雪女が、夏の猛暑で死にかけている  作者: 平木明日香
第1章 設定温度マイナス18度!??
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第1話 エアコン代がやばい




 「氷おにぎり」




つぶらな瞳でそう呟いてくる女子が1人。


…いや、正確には「女子」ではない。


“彼女”は限りなく人間に近い姿をした「妖魔」という存在であり、国際退魔師協会でも危険視されている“A級”のモンスターである。


「モンスター」というと聞こえが悪いかな。僕にとって彼女は友達で、一緒に暮らしているルームメイトでもある。


…もちろん、“妖魔と一緒に暮らしてるなんていうことは”、口が裂けても言えない。


妖魔は人に害をなす存在として世界的に認知されており、国際的な法律に基づいて育成された「退魔師」と呼ばれる専門的な知識を持ったハンターに、討伐、——及び、粛清される宿命にあるからだ。


“妖魔対策法”によれば、妖魔を匿ったり、妖魔の討伐を阻害してしまうような行為を働いてしまえば、最大で10年以上の懲役に科されてしまう可能性もある。


つまり、僕は今絶賛罪を犯している状況にある。


妖魔と暮らしているという事実を口外してしまえば、僕のキャリアも人生も、全ておじゃんになってしまう可能性があるっていうことだ。


幸い、僕の家族や友達にも、そのことをまだ知られてはいないけど。



「寒ッ…!」



彼女がいる部屋、「クーラールーム」は、知り合いの博士に作ってもらった特設仕様の部屋で、「雪女」としての彼女が快適に過ごすための部屋となっていた。


部屋全体の空調システムを改造し、室内温度がマイナス18度まで設定できるようになっているため、人が過ごすにしてはあまりにも寒すぎる。


そして、電気代がバカ高い。


一学生のバイト代だけでは到底まかないきれないほどの金額が毎月のしかかってきているのだけど、とくにこの夏は、空調システムがイカれてしまうくらいの暑さだった。


外の日差しとか空気とかがほんの少しでも入ってしまうと、余裕で温度が上昇してしまう事態に…



ということで、クーラールームには窓もないし、隙間風が入るような場所は無い。


おかげで巨大な冷凍庫のように空間全部が冷え切っており、裸足で歩けば凍傷が起こってしまうほどだった。


彼女からすればマイナス18度でも全然“足りない”んだとか。元々極寒に住んでいる妖魔だから、寒ければ寒いほど快適だそうで。そうは言っても、これ以上は設備的に難しいし、何より電気代が…


彼女にもできれば節約気味にしてほしいとお願いしてる。室内温度がマイナスにさえなっていれば、“一応は”過ごせる環境にあるらしい。マイナス2度くらいあたりから「猛暑」らしくて、できればマイナス10度くらいが良いそうだった。


…はあ、幸先が思いやられる。


今月は2万くらいかな…?


夏休みに入ったらできるだけバイトのシフトを入れてかないと、まともな食事にすらありつけなくなる可能性が…


「氷おにぎり」


「うるさいなぁ」


今持ってくるから待っててよ。ったく、たまには自分で取りに行ったらいいのに。階段を降りればすぐじゃん。しかも、ただの氷じゃなくて「氷おにぎり」ときた。彼女のために何個もストックしているが、今日はもうこれで7個目だ。すぐにできるもんじゃないんだから、少しは控えめにしてほしい。そもそも部屋には、彼女が食べる物が山ほどある。クーラールームは僕からすればただの業務用の“冷凍室”だった。氷はもちろん、彼女の好きなアイスクリームやシャーベットが、棚の上から下までズラッと並んでいた。キッチンの冷凍庫に入りきらない物は、ひとまず彼女の部屋に置かせてもらうのが日課だった。


お腹が空いたんなら、適当に何か食べればいいじゃん。


そう言うと、彼女はムッと顔を膨らます。いつものことだし、彼女が頑固なのを知っているから黙って取りにいくことにした。

 

彼女の名前は、“たま”という。


氷咲たま。


僕と同い年で、青い髪と青い瞳を持つ。自他共に認めるサバサバ系女子。極度のめんどくさがり屋で、一日中ゲームをしてるエリート級の引きこもり。部屋の中でひんやりクッションを椅子がわりにし、どでかいイヤホンを耳に取りつけながら快適なスローライフを満喫してる。


スローライフ…ではないか。


自由気ままな生活を送ってるって言っておこうかな?国際的に危険視されている妖魔にしては、かなり平和な日常を送っているのではないだろうか?あれもこれも全部、“博士”のおかげなんだけれども。



僕たちは今、3人暮らしをしている。


僕とたま、そして、博士。



僕には両親がいない。


それは子供の頃からだった。


僕の家族は「妖魔」に殺された。


5歳の頃のことだ。


僕はその時の記憶を、今でもハッキリと覚えている。僕の両親はただの一般人だった。父親は印刷会社に勤める会社員で、母親は地元の老人ホームで働く介護士だった。何気ない日々を送っていた。なんの変哲もない日常が、穏やかな時間のそばに広がっていた。


突然失われたんだ。


それは、足音もなくやってきた。



忘れられない出来事だった。




 ——ガチャ




冷蔵庫のドアを開ける。今日はまだ、何も食べてない。そういえば、博士が焼きそばを焼いてくれてたな。大学の講演会か何かで、昼からは出かけてた。


えーっと、確かレンジの中か?


あったあった。


大皿にたんまりと盛られた、博士特製の塩焼きそば。まだほんのりと温かかった。野菜を炒める音が、ついさっきまで聞こえてた。ざっと2時間くらい?博士が家を出たのは12時前だったから、多分それくらい。さっさと運んで食にありつこう。


氷おにぎり、氷おにぎり…っと


「はい、どうぞ」


「ありがと」


手渡された氷おにぎりを手に取るなり、はむっとそれを頬張った。何度見ても、僕には違いがわからない。ソフトクリームとかかき氷だと、同じ「アイス」でも全然違うって思うよ?


でも、氷おにぎりって…



ちなみに「氷おにぎり」っていうのは、ただの氷だ。おにぎりを凍らせてるっていうのをイメージする人が多いんじゃないだろうか?そもそも氷おにぎりっていうのが世間的に存在するのかどうかも怪しいんだけど、友達に聞いたら、大抵は「凍らせたおにぎり」っていう答えが返ってくる。まあ、そりゃそうだよね。

「おにぎり」なんだから、おにぎりの要素がそこに含まれていないといけないわけで。


「ねえ、あとで一緒に水族館に行かない?」


「やだね」


「なんで?」


「この前も行ったばっかじゃん。ただでさえお金がかかるのに」


彼女の目的はわかっている。僕たちが住んでいる静岡市には、大学が経営している水族館がある。『東洋大学海洋科学博物館』っていうんだけど、体長2mを超えるシロワニを始め、約50種1000個体以上の魚たちを展示している場所だ。見る場所によって「サンゴ礁」「海藻」「砂底」「岩礁」の4つの海中景観に分かれ、スロープを上がると水槽上層を、階段を下りるとトンネルの窓から水槽内を見上げることができる。


「たった750円じゃん」


「750円も、ね?」


「ケチくさい男だねぇ」


…あのね


750円もあったら一食分が賄えるじゃないか。ただでさえ生活費に困ってるのに、水族館でお金を払うなんてもってのほかだ。ちゃんとした目的があるのはわかってるよ?でも生憎、今は他に気を回せるほどの余裕がなくてね。


「放っておいてもいいっていうの?」


「…ええと」


彼女が水族館に行きたがっているのは、あの「場所」に、人目を避けて生きている妖魔がいるからだ。


“影鰐”


サメの姿をしている妖魔で、いつもは水槽の中にいる。基本的には、妖魔たちはどんな姿にもなることができる。それはたまも同じだった。もちろん各々が自分の「姿」を持っていて、それぞれが生態の「属性」を持っている。妖魔についてはまだよくわかっていないことが多いが、少なくともいくつかの生物学的なカテゴリーが、妖魔たちには存在していた。


たまは、そのうちの「人型」という種の妖魔だった。


「たまだって、人のこと言えないだろ?」


「自分のことは自分で守るよ」


街中で妖魔が発見されれば、容赦なく“討伐”の対象になる。妖魔によって危険レベルも変わってくるが、レベルの数値はあまり関係ない。それは最初に言ったように、「妖魔」という存在自体が社会にとっての“悪”だと思われているからだ。だから、外を歩くのは危険だった。例え「人」になりすましていたとしてもだ。


「妖魔を助けたい気持ちはわかるけど、自分のこともちゃんと考えないとダメだ」


「説教くさいなぁ。わかってるよ。そんなことは」


たまは、妖魔のことについてをよく知っていない。自分が「妖魔」であるということも、あまり自覚がない…というか


そもそも、妖魔自体、人間や他の生物と違って特殊な構造を持っている。ひとつわかっていることは、妖魔は「人の心」から生まれる、っていうこと。色んな説や学術的な見解があるけど、ある研究によって、“何もない空間”から妖魔の肉体の素子となる細胞が生み出されたそうだった。


そしてその研究に使われたのは、人間の「感情」だった。


劣悪な環境に置かれ、負の感情に支配された人間の脳を特殊なケーブルで繋ぎ、それを増幅する装置の容器の中で、妖魔の原始細胞に限りなく近い互換性を持つ粒子が生成された。


その粒子を、科学者は『アクシオン(冷たい暗黒物質)』と名付けた。


博士が言うには、この「アクシオン」という粒子は、僕たち人間の持つ感情の動きに由来されたエネルギーであるということがわかってきており、理性を持つ生物の細胞の中にのみ存在する、ニューロン細胞(脳や脊髄などの神経系を構成し、細胞体、神経突起、軸索の3つの部分に区別される形をもつ細胞)の素子の一つであるとされている。


その科学的な関連性や妖魔との遺伝的な繋がりは分かっていない部分が多いが、その「性質」はおおよそわかっている。


最も基本的な性質は、フィラメント構造と呼ばれる『乱雑な動きの度合い』を結ぶひも状構造の集まり(領域)であり、この「場」に於ける重力不安定性(感情の不安定性)が、エネルギーの“密度成長”を促しているとされている。


アクシオンという粒子によって構築されている妖魔の肉体は、人間と違ってその「質量」も「密度」も不安定な流域にあるとされており、この流域の中に絶えず発生している『FB(量子フィラメント)』という亜空間歪曲の“曲率“によって、妖魔としての細胞を構成する分子間力が、物質としての量子結合過程に働くとされている。


これは、妖魔にとっての基礎エネルギー、「妖力」を生み出すための原動力となっており、上記の分子間力が強ければ強いほど、扱える妖力の幅や肉体としての強度が増すと考えることができるだろう。



…と、博士から聞いただけで、詳しいことはよくわかってない。


ただ、博士の部屋にある学術誌とか専門分野の資料とかを見てると、よく目にするんだ。


妖魔についてのことや、その「正体」についての議論が、様々な分野から考察されている内容を。


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