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氷おにぎりを求めてくる雪女が、夏の猛暑で死にかけている  作者: 平木明日香
第1章 設定温度マイナス18度!??
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プロローグ



 古来より、人は名づけることで恐怖を封じ込めようとしてきた。


 闇に潜むものを「妖怪」と呼び、異国では「悪魔」と記し、学術の場では「妖魔」と定義した。だが、いかなる名称を与えようとも、それらは幾世紀にもわたり人の営みの傍らに在り続けてきた。村落を凍てつかせ、都市を狂気に沈め、時に密やかに、時に露骨に、人の心へと巣食いながら。


 近年、国際的な共同研究により、ある仮説が提示された。


 ——妖魔は、人の「心」から生まれる。


 憎悪、嫉妬、後悔、絶望、そして歪んだ願望。そうした感情の澱が、長い年月を経て異形の生命として顕現する。生物学的起源は人間と共通しながらも、その在り方は人の枠を逸脱している。


 この発見は世界を二分した。


 討つべき敵か。

 あるいは、向き合うべき“もう一つの人類”か。


 各国は水面下で対策機関を設立し、その中核として結成されたのが、世界魔物対策討伐機関——N.D.C.S.O。


 非公開の条約下に置かれたこの組織は、国家の枠を超え、妖魔の調査・封印・討伐を一手に担う。表向きは災害対策機関。だがその実態は、人類存続の均衡を保つための、最後の砦である。


 N.D.C.S.Oの傘下には、各地域ごとに委任された前線部隊や協力企業が存在する。非国家団体WR (ワールド・ランディング)社もその一つだ。彼らは“デビルハンター”の養成と派遣を担い、魔物化現象——通称「放浪病」に対する実働部隊として機能している。


 放浪病。

 それは、妖魔の干渉によって人の精神が侵蝕され、やがて人格と理性を失う現象だ。


 初期段階——フェーズ1。

 通称“ゾンビ”。魂が抜け落ちたように彷徨い、無害に見えながらも社会から切り離される存在。大半はこの段階で命を落とす。


 だが、ごく一部は次の段階へ進行する。


 精神を乗っ取られ、意思を奪われ、やがて“媒介”となる。

 人の夢や記憶、通信網、電波、あらゆる「回線」を通じて妖魔の領域を拡張する触媒へと。


 黒の一帯。


 それは、妖魔の瘴気が一定濃度を超えた区域を指す専門用語だ。目に見えぬ汚染は、やがて黒い煙のように可視化し、都市の一角を静かに蝕む。


 そして——。


 2026年。

 私は、その黒を目撃した。


 放課後の帰り道、交差点の先に佇む古びた電話ボックスから、黒い煙が立ち上っていた。炎ではない。煙でもない。光を拒絶するような、濃密な闇。


 その瞬間、胸の奥に焼きついていた記憶が疼いた。


 一学年上の先輩、後藤由紀。

 明るく、誰からも慕われていた彼女が、緑間高校の屋上から身を投げた日。


 私は何度も夢で見ていた。

 彼女が落ちる光景を。

 フェンスの向こうに横たわる、血の色を。


 予知夢。あるいは、干渉。


 あの日、間に合わなかった私は、ずっと自分を責め続けていた。


 ——なんで、あんなことが起きたんだろう。


 答えは、あの電話ボックスの中にあった。


 そこは異界へと繋がる“回線”。

 A級妖魔——ユラマキキ。通称、夢魔。


 人の魂に入り込み、精神の主導権を奪う存在。夢を媒介に増殖し、都市単位で汚染を拡大する危険個体。


 2029年7月。

 未来の記録によれば、熱海市はこの妖魔によって一時封鎖される。街全体が暴徒化し、理性を失った人々が互いを傷つけ合う。


 発端は、緑間高校の“ある女子生徒”。


 その名を、私はまだ知らない。


 だが確かなのは、私はすでにその渦中に足を踏み入れていたということだ。


 「久しぶりだな、透子」


 肩を叩いたのは、幼い頃に別れた幼馴染——スズだった。

 彼女の胸元には、WR社のバッジが光っていた。


 生まれつき瘴気への免疫を持つ異常体質者。

 古来より裏稼業として妖魔狩りを担ってきた神楽坂家の末裔。

 そして、N.D.C.S.Oの委任を受ける前線部隊員。


 彼女は言った。


 「あそこは汚染されてる。免疫を持たない人間は近づくな」


 信じられなかった。

 だが、否定するには黒は濃すぎた。


 さらに、私は知ることになる。


 自分自身もまた、死者の魂に干渉する資質を持っていたことを。


 夢を通じて未来の断片を見る力。

 それは偶然ではなく、妖魔と同質の波長を持つがゆえの“共鳴”だった。


 世界は単純ではない。


 N.D.C.S.O内部では、別の議論も続いている。


 人と共存を望む妖魔の存在。

 大阪では、A級妖魔“雪女”と契約を結んだ若き退魔師がいるという噂もあった。

 妖魔が必ずしも敵ではないという証左。


 ならば、討つべきは何か。


 妖魔か。

 それとも、人の心に巣食う絶望そのものか。


 私はやがて、時空管理局WCNAの一員として、並行世界へ飛ぶことになる。

 2029年の惨劇を未然に防ぐために。


 これは、後に“火剣使いの封魔”と呼ばれるまでの、私の前日譚。


 黒い煙の向こう側で、確かに何かがこちらを見ている。


 人の夢を喰らい、未来を歪める者。

 星を喰らうほどの野心を抱く、深淵の存在。


 あの日、電話ボックスから立ち上った黒は、単なる瘴気ではなかった。


 それは、人類がまだ直視できていない真実の影。


 妖魔は外から来るのではない。

 私たちの内側から生まれる。


 だからこそ、この戦いは終わらない。


 ——そして、すべてはあの黒い煙から始まったのだ。





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