第7話 信じていいのか
第二王子殿下の言葉は、静かだった。
「私のもとで、働いてみないか」
その提案は、あまりにも真っ直ぐで、
だからこそ、すぐに受け止めることができなかった。
「……殿下」
私は、慎重に言葉を選ぶ。
「それは、同情ではありませんか」
失礼な問いだと分かっていた。
それでも、確認せずにはいられなかった。
殿下は、すぐに首を振る。
「違う」
即答だった。
「私は、同情で人を側に置かない」
その声には、迷いがなかった。
「君を呼んだのは、結果を知っているからだ」
「結果……?」
「君が関わった政務の、その後だ」
殿下は、机の上に数枚の書類を置いた。
「これは、昨年の南方交易路の再編案。名義は第一王兄だが、実質的な設計は君のものだろう」
視線を落とす。
見覚えのある構成。
私が、夜遅くまで修正を重ねた案だった。
「こちらは、関税率の見直し。短期的には反発が出たが、半年後には収支が改善している」
淡々と、事実だけが語られる。
「君のやり方は、派手ではない。だが、必ず結果が残る」
胸の奥が、わずかに熱を持った。
評価されたことよりも、
“正しく理解されている”と感じたからだ。
「……殿下は」
私は、ゆっくりと顔を上げる。
「私を、部下として扱うおつもりですか」
その問いに、殿下は少しだけ考え込んだ。
「正確には、協力者だ」
そう答えた。
「上下ではなく、役割として」
その言葉に、息が止まりそうになる。
上下ではない。
役割として。
これまでの私は、常に“支える側”だった。
対等という言葉は、遠いものだった。
「……もし、私が失敗したら?」
「修正する」
迷いのない返答。
「私も、君も」
殿下は、静かに続ける。
「完璧な人間などいない。だからこそ、補い合う」
その価値観は、私の知っている王族のものとは、少し違っていた。
「君に、即答を求めるつもりはない」
殿下は、椅子から立ち上がった。
「辺境へ向かうまで、まだ時間はある」
距離を詰めない。
決断を迫らない。
それが、何よりも誠実に思えた。
「一つだけ、伝えておきたい」
殿下は、扉の前で足を止める。
「君が断ったとしても、私は君のこれまでを否定しない」
振り返り、まっすぐに言った。
「君の価値は、誰かに選ばれることで決まるものではない」
その言葉は、胸の奥深くに落ちた。
部屋を出たあと、私はしばらく動けなかった。
信じていいのか。
期待しても、いいのか。
また、同じように切り捨てられるのではないか。
そんな不安が、頭をもたげる。
それでも。
あの人は、私に“考える時間”をくれた。
それは、これまで一度も与えられなかったものだった。
部屋に戻り、窓辺に立つ。
王都の空は、変わらず広い。
――私は、どうしたいのだろう。
辺境へ行き、静かに生きること。
それとも、もう一度、自分の力を使うこと。
答えは、まだ出ない。
けれど。
心の奥で、小さな灯が消えていないことだけは、確かだった。




