第59話 王妃外交
王宮の応接室には、通常とは違う顔ぶれが揃っていた。
貴族ではない。
外交官でもない。
王都を代表する大商会の主たちだった。
織物、鉱物、薬品、海運。
それぞれの分野で王国の流通を握る者たち。
国家の血流を動かす人間たちだ。
彼らは一様に警戒していた。
王宮に呼ばれる理由が分からないからではない。
分かっているからだ。
そして、その交渉相手が――
私だからだ。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
私は一礼する。
形式は守る。
だが余計な言葉は要らない。
彼らは実務の人間だ。
商人の一人が口を開いた。
「要件は理解しております」
「ルーデンとの交易問題ですね」
私は頷く。
「ええ」
「現状、彼らは通関と保険で圧力をかけています」
別の商人が腕を組む。
「正直に申し上げてよろしいか」
「どうぞ」
「このままでは我々が損をする」
率直だった。
そして正しい。
私は迷わず答える。
「その通りです」
場の空気がわずかに変わる。
政治家は普通、否定する。
だが私は肯定した。
「だからこそ、提案があります」
私は資料を広げる。
「新交易枠組みの設立」
「ルーデンを経由しない直通ルート」
ざわめきが起きる。
「可能なのか?」
「短期では困難です」
私は即答する。
「ですが」
指で資料を示す。
「北方ルートと南方港を組み合わせれば」
「半年で三割の依存を削減できます」
沈黙。
商人たちは計算している。
利益。
リスク。
時間。
「……投資が必要だな」
「はい」
私は頷く。
「そのために」
言葉を区切る。
「王宮が保証します」
空気が止まる。
「保証?」
「はい」
「初期損失の一部を国家が負担します」
それは大きな賭けだった。
財政的にも、政治的にも。
だが必要だ。
「なぜそこまで?」
鋭い視線が向く。
私ははっきり答える。
「国家のためです」
「そして」
少しだけ間を置く。
「あなた方の利益のためです」
商人は理念では動かない。
だが利益なら動く。
「ルーデンに依存し続ければ」
「利益は制限され続ける」
「だが自立すれば」
「利益は広がる」
沈黙。
長い沈黙。
やがて、一人の老商人が口を開いた。
「……賭けだな」
「はい」
「だが」
彼は私を見る。
「面白い賭けだ」
他の商人たちもゆっくり頷き始める。
完全な同意ではない。
だが、拒否でもない。
それで十分だった。
「一つ条件がある」
別の商人が言う。
「何でしょう」
「途中で手を引くな」
私は即答する。
「引きません」
それが信用だ。
会議が終わる頃には、方向性は決まっていた。
完全な勝利ではない。
だが、動き始めた。
その夜。
ルーデン王国の使節館。
アルトマン大使は報告書を読んでいた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「王宮が商人を動かしたか」
予想外だった。
普通は外交官同士の交渉になる。
だが今回は違う。
「国家を飛び越えたか」
彼は静かに笑う。
「面白い」
王宮。
私は一人で窓の外を見ていた。
灯りが揺れている。
商人たちが動き始めた。
国家も動き始めた。
だが、まだ勝ってはいない。
これは一手目だ。
外交は、積み重ねだ。
そしてその先には――
もっと大きな波が来る。
私は静かに目を閉じた。
王妃としての最初の仕事は、
まだ始まったばかりだった。
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