第52話 政治の責任
侯爵との会談の後、執務室はしばらく静かだった。
ルシアン殿下は窓の外を見ている。
私は机の上の書類を見つめていた。
地方から届く報告書。
税収。
融資。
土地登録。
制度は動いている。
だが、同時に摩擦も増えている。
「……あの男の言葉」
殿下がぽつりと呟いた。
「どう思う」
私はすぐには答えなかった。
侯爵の言葉が頭の中に残っている。
“強い王と制度は国家を止められなくする”
私はゆっくり言った。
「間違ってはいません」
殿下がこちらを見る。
「だが」
私は続ける。
「だから制度を作らない、という結論にはなりません」
殿下は苦笑した。
「お前らしい」
私は書類を一枚めくる。
グレイヴンの報告書。
再起融資は再開された。
だが、その前に潰れた商会がある。
数字では小さい。
だが人にとっては人生だ。
「……制度は」
私は言った。
「必ず誰かを傷つけます」
殿下は何も言わない。
「旧制度は曖昧でした」
「だから弱い者が搾取されました」
「ですが」
私は息を吐く。
「新制度は透明です」
「だから弱い者が耐えきれない」
沈黙。
それは制度の宿命だった。
完璧な仕組みは存在しない。
「なら」
殿下が言う。
「どうする」
私は少し考えてから答えた。
「責任を取るしかありません」
殿下の眉が動く。
「責任?」
「はい」
「制度が人を傷つけたなら」
「その責任を政治が引き受ける」
それが政治だ。
机上の設計ではない。
人の上にある仕事。
殿下はしばらく黙っていた。
やがて言う。
「……重いな」
「ええ」
私は頷く。
「だから侯爵は怖がっている」
制度は強い。
そして強い制度は国家を変える。
だが同時に。
国家を壊す力も持つ。
その夜。
私は一人で書庫にいた。
王国史の本を開く。
百年前の王。
軍事改革で国を強くした王。
だが最終的に専制に変わり、内戦を起こした。
侯爵の言葉は、この歴史から来ている。
「……なるほど」
私は小さく呟く。
彼は保守派ではない。
歴史派だ。
過去を見ている。
私は本を閉じる。
そして思う。
制度を作る者は、
その未来の責任も背負う。
翌朝。
王宮会議。
私は新しい提案を出した。
「監査機関を設置します」
貴族たちがざわめく。
「王権からも独立した」
「制度監査院」
ルシアンが少し驚いた顔をする。
私は続ける。
「制度は強い」
「だからこそ」
「制度を監視する制度が必要です」
それは侯爵の思想を一部取り込んだ提案だった。
貴族席の奥で、
ドミニク侯爵が静かに目を細めていた。
それは初めて見る表情だった。
敵を見る目ではない。
同じ盤面に立つ者を見る目だった。
政治は続く。
だが今、
戦いは少しだけ形を変え始めていた。
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