第36話 最終指名
王の執務室に呼ばれたのは、夕刻だった。
大評議室ではない。
装飾も、観衆もない、静かな空間。
そこにいるのは、王と、ルシアン殿下。そして、私だけだった。
「座れ」
王は短く言った。
私たちは向かいに腰を下ろす。
窓の外では、王都がいつも通り動いている。
「今回の一連の出来事」
王は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「国は、壊れなかった」
それが最初の結論だった。
「記録は残り、法は機能し、騎士団は統制を保った」
視線が、ルシアン殿下に向けられる。
「その中心にいたのは、お前だ」
殿下は、静かに首を振った。
「中心ではありません」
「ほう」
「制度が機能しただけです」
王は、わずかに笑う。
「その制度を整えたのは、誰だ」
問いは、私へ向けられた。
私は、背筋を伸ばす。
「殿下の承認があってこそです」
「逃げるな」
王の声は穏やかだが、鋭い。
「自分の役割を、正しく認識せよ」
私は、息を整えた。
「……整えました」
「壊れた時に戻せる形を、作りました」
王は、満足げでも不満でもない顔で頷いた。
「それでいい」
沈黙が落ちる。
やがて、王は正式な文書を机に置いた。
「ルシアン」
「はい」
「お前を、正式に王位後継者とする」
その言葉は、静かだった。
だが、重い。
ルシアン殿下は、一礼する。
「謹んでお受けいたします」
勝利の笑みも、安堵の息もない。
ただ、覚悟だけがある。
王は、さらに続ける。
「条件がある」
殿下が顔を上げる。
「制度改革を、途中で止めるな」
「はい」
「人が変わっても、国が回る形を完成させよ」
それは命令ではなく、託宣だった。
「エリシア」
突然、名を呼ばれる。
「お前は、どうする」
その問いに、私は迷わなかった。
「国が壊れない形を、完成させます」
「王が変わっても、変わらない仕組みを」
王は、ゆっくりと頷く。
「よい」
それ以上の言葉はなかった。
執務室を出ると、夕焼けが王都を染めていた。
「終わりましたね」
私は、そう呟いた。
ルシアン殿下は、首を振る。
「いや」
「ここからだ」
その声は、これまでよりも静かで、重い。
王位継承戦は終わった。
だが、国を守る戦いは、終わらない。
私は、隣に立つ。
もはや、救われた令嬢ではない。
制度を作り、壊れない国を目指す者として。
王は選んだ。
壊さない者を。
そして、国は――
静かに、次の時代へ進み始めた。
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