第3話 味方がいない
数日が過ぎた。
婚約破棄の話は、王都中に広がっていた。
広まらないはずがない。あれほど公然と行われた断罪なのだから。
私は、久しぶりに王都の街へ出た。
必要な書籍を買い揃えるため――という名目だったが、実際には、ただ外の空気を吸いたかっただけかもしれない。
通りを歩くと、視線を感じる。
露骨に指をさされることはない。
けれど、囁き声が、確かに聞こえた。
「……あの人でしょう」
「元・王太子妃候補の……」
「やっぱり愛想がなかったって」
足を止めず、前を見る。
何度も経験してきたことだ。社交界では、噂など日常茶飯事。
――そう、思おうとした。
本屋に入ると、店主が一瞬だけ言葉に詰まった。
すぐに取り繕った笑顔を浮かべる。
「い、いらっしゃいませ。ご用件は……」
「こちらの新しい法制史の写本を」
「あ、はい。少々お待ちを……」
丁寧な対応。
けれど、その距離は以前よりも、ほんのわずかに遠かった。
私は、もう“王太子の婚約者”ではない。
その事実が、じわじわと周囲の態度を変えていく。
屋敷へ戻ると、来客があると告げられた。
「どなた?」
「……以前、エリシア様と親しくされていた令嬢方です」
一瞬、胸が軽くなる。
応接室へ向かうと、そこには三人の令嬢が座っていた。
確かに、かつては茶会を共にした顔ぶれだ。
「ごきげんよう、エリシア様」
「ええ、ごきげんよう」
挨拶は、形式的だった。
ぎこちない沈黙。
視線が合わない。
「その……突然で、驚きましたわね。夜会のこと」
「ええ」
「でも、殿下もお立場がありますし……」
言葉が、続かない。
私は、気づいてしまった。
彼女たちは“様子を見に来た”のだ。
同情するべき相手か。
距離を取るべき相手か。
「……私、そろそろ」
最初に立ち上がったのは、向こうだった。
「今日はお顔を見に来ただけですから」
それだけ言って、彼女たちは去っていった。
引き留める理由も、資格も、今の私にはなかった。
応接室に残された静寂が、やけに重い。
「……そうよね」
呟いて、椅子に深く腰掛ける。
王太子妃候補という肩書きは、
私自身以上に、周囲の人間関係を支えていたのだ。
それがなくなれば、こうなる。
夕方、庭を歩いていると、使用人たちが頭を下げてすれ違った。
礼儀は変わらない。
ただ、以前のような親しみは消えていた。
私は、誰の味方でもなくなった。
部屋に戻り、机に向かう。
引き出しの奥から、古い帳簿を取り出した。
王太子の政務補佐をしていた頃のもの。
書き込みで埋め尽くされたページ。
自分の字をなぞりながら、思う。
――これだけのことをしてきたのに。
評価は、何一つ残らなかった。
「……私が、間違っていたのかしら」
答えてくれる人はいない。
夜の帳が降りる頃、屋敷の外から王宮の灯りが見えた。
あそこは、もう私の居場所ではない。
それでも。
それでも私は、あの場所で確かに“役に立っていた”。
その事実だけは、誰が否定しようと、消えないはずだ。
――たとえ、味方が一人もいなくても。
私は、静かに窓を閉めた。
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