第25話 王太后の視線
呼び出しは、唐突だった。
「王太后陛下がお会いになりたいそうです」
その一言で、空気が変わる。
王太后エレオノーラ。
先王の妃であり、今なお王宮に影響力を持つ存在。
政治の表舞台に立つことは少ない。
だが、重要な局面では必ず現れる。
――試される。
それが、直感的に分かった。
指定されたのは、王太后の私室に近い小さな応接間だった。
華美ではないが、長い時間をかけて整えられた空間。
ルシアン殿下と並び、一礼する。
「お呼びいただき、光栄に存じます」
「楽にして」
王太后の声は、穏やかだった。
年齢を感じさせない、澄んだ眼差しがこちらを見ている。
「……あなたが、エリシア・フォン・ルヴェールね」
「はい」
名を呼ばれただけで、背筋が伸びる。
王太后は、すぐに私を評価しない。
ただ、観察している。
「最近の監査報告、すべて目を通しました」
それは、事実の確認だ。
「第二王子の管轄は、安定している」
言葉を選ぶ様子はない。
「一時的な揺らぎもあったけれど、修正が早い」
私ではなく、殿下を見る。
「あなたの判断?」
「はい」
殿下は、静かに頷いた。
「最終責任は、私にあります」
王太后は、そのやり取りを見て、ふっと息を吐いた。
「……いい関係ね」
その一言が、場を少しだけ和らげた。
「エリシア」
再び、私を見る。
「あなたは、自分が目立つことを望んでいる?」
問いは、意外だった。
私は、少し考えてから答える。
「いいえ」
「では、なぜここにいるの」
逃げ場のない質問。
私は、言葉を選ぶ。
「必要とされたからです」
正直な答えだった。
「それだけ?」
「……それで、十分だと思っています」
王太后は、しばらく沈黙した。
やがて、ゆっくりと頷く。
「野心がないのは、悪くない」
だが、続く言葉は重い。
「けれど、野心のない者が、権力の近くにいるのは危険でもある」
私は、息を吸った。
「だから、仕組みを整えます」
視線を逸らさずに言う。
「誰かの善意や悪意に左右されないように」
王太后の目が、わずかに細くなる。
「……なるほど」
それだけで、多くを語らない。
今度は、殿下に向き直る。
「ルシアン」
「はい」
「あなたは、王になりたい?」
空気が、張り詰めた。
殿下は、即答しなかった。
数秒の沈黙の後、答える。
「必要とされるなら」
王太后は、小さく笑った。
「昔から、そういう言い方をする子だったわね」
そして、立ち上がる。
「今日は、それでいい」
それ以上、何も問わなかった。
退出する間際、王太后がぽつりと言う。
「……国を預けるなら、壊さない者がいい」
それは、宣言ではない。
約束でもない。
ただの、視線の行き先。
部屋を出た後、私は深く息を吐いた。
「……終わりましたか」
「いや」
殿下は、静かに首を振る。
「始まった」
その言葉に、私は頷いた。
第2部は、ここで終わる。
もう、隠れてはいられない。
もう、裏方でもない。
王位継承戦は、
静かに、しかし確実に――
本戦へと移行する。
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