第24話 名前が出る
変化は、通達という形でやってきた。
それは、王宮内の限られた部署にのみ回された、短い文書だった。
「……第二王子殿下政務補佐、エリシア・フォン・ルヴェール」
自分の名前を、公式文書の中で見た瞬間、胸がわずかに揺れた。
これまで、私は常に“誰かの補佐”であり、
名前が前に出ることはなかった。
だが、今回は違う。
役職とともに、明確に記されている。
「ついに、ですね」
マリエルが、少しだけ感慨深そうに言った。
「もう“正体不明の誰か”ではいられませんよ」
「……はい」
私は、短く答えた。
覚悟は、していたつもりだった。
だが、実際にこうして形になると、重みが違う。
同じ頃、第一王子アルノルト殿下の執務室でも、同じ文書が読まれていた。
「……エリシア?」
その名を目にした瞬間、殿下の動きが止まる。
見覚えのある名前。
いや、忘れるはずがない。
「第二王子の政務補佐……だと?」
側近が、慎重に頷いた。
「中間監査報告に基づき、正式に共有されたものです」
アルノルト殿下は、しばらく無言だった。
かつて、自ら切り捨てた婚約者。
地味で、冷たく、面白みがないと断じた女。
その彼女が、今――
「……そうか」
低く、呟く。
後悔か、苛立ちか。
あるいは、ようやく理解したのか。
その表情からは、判断できなかった。
一方、私は殿下の執務室に呼ばれていた。
「名前が出たな」
ルシアン殿下は、静かに言う。
「はい」
「怖いか」
私は、少し考えてから答えた。
「……怖くないと言えば、嘘になります」
「だろうな」
殿下は、穏やかに続ける。
「だが、今さら引き返せない」
「はい」
それは、確認だった。
そして、同意でもある。
「これからは、君個人への評価も始まる」
殿下の視線が、真っ直ぐに向けられる。
「良い評価も、悪い評価もだ」
「承知しています」
私は、迷いなく答えた。
もう、影に隠れるつもりはない。
その日の午後、廊下ですれ違う視線が変わった。
探るような目。
値踏みするような目。
そして、中には――興味と警戒が混じった視線もある。
それでも、足取りは乱れなかった。
私は、自分の執務室に入り、いつも通り机に向かう。
やることは、変わらない。
数字を見て、仕組みを整え、
問題が起きる前に手を打つ。
名前が出たからといって、
仕事が変わるわけではない。
ただ一つ、違うとすれば。
もう、誰かが私を切り捨てるとき、
“知らなかった”とは言えなくなった、ということだ。
私は、静かにペンを取る。
名前が出た。
それは、
逃げ場を失ったという意味であり、
同時に――
正面から評価される場所に立った、という意味でもあった。
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