第23話 残るのは記録
中間報告が王へ提出されると聞いたのは、修正作業が完全に落ち着いた翌日のことだった。
「……もう、ですか」
思わずそう口にすると、ルシアン殿下は静かに頷いた。
「監察官の仕事は早い。特に、記録が揃っている場合はな」
私は、言葉を失った。
まだ何かが決まったわけではない。
だが、もう“無かったこと”にはならない。
それが、記録というものだ。
王宮の上階。
重厚な扉の向こうで、アーデルハイト監察官は淡々と報告を進めていた。
「第二王子殿下管轄については、全体として安定しています」
机の上には、簡潔にまとめられた報告書。
「数値の変動は小さく、原因と修正が明確に記録されています」
王は、黙って聞いていた。
「一時的な悪化も確認しましたが」
アーデルハイトは、視線を落とす。
「修正速度は迅速。再発防止策も既に実装中です」
その隣で、書記官リヒャルトが一行ずつ読み上げる。
「《運営思想:属人化を避け、仕組み化を重視》」
「《判断責任:明確》」
「《修正対応:継続的改善を確認》」
どれも、評価でも称賛でもない。
ただの、事実だ。
一方、第一王子殿下管轄について。
「現時点で重大な問題はありません」
その言葉に、王がわずかに頷く。
だが、次の行が続いた。
「ただし、改善の記録は確認できませんでした」
沈黙が落ちる。
「是正は行われていますが、再発防止の仕組みが整理されていません」
それもまた、事実だった。
王は、しばらく考え込む。
「……なるほど」
それ以上、何も言わなかった。
その日の夕方、殿下の執務室にアーデルハイトが戻ってきた。
「中間報告は、提出しました」
「反応は?」
「感情は見えませんでした」
それが、王らしい反応だ。
「ですが」
監察官は、わずかに言葉を続ける。
「記録は、受理されました」
それだけで、十分だった。
書記官リヒャルトは、淡々と付け加える。
「以後の判断は、すべてこの記録を基準に行われます」
私は、静かに息を吸った。
もう、誰かの印象や噂では覆せない。
良くも悪くも――
残るのは、記録だけだ。
監察官が去ったあと、殿下が私に言った。
「ここまで来たな」
「……はい」
「だが、まだ終わりではない」
「分かっています」
評価は、始まったばかりだ。
夜、私は一人で帳簿を整理していた。
そこに並ぶ数字は、感情を持たない。
ただ、事実を積み重ねている。
かつて、誰にも見られなかった努力。
名前も残らなかった仕事。
今は、違う。
誰が見ても、
後から見返しても、
同じ結論に辿り着く形で――
私は、そこにいる。
記録の中に。
それは、静かで、逃げ場のない証明だった。
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