第21話 小さな失敗
異変は、朝の報告で気づいた。
「……数値が、落ちています」
私の声は、思ったよりも落ち着いていた。
机の上に並べられた帳簿。
前日まで安定していた数値が、わずかだが確実に下がっている。
誤差、と言い切れない程度。
だが、見逃していい変動でもない。
「原因は?」
ルシアン殿下が、即座に問う。
「……私の判断です」
私は、視線を逸らさずに答えた。
「新しい手順を一部前倒しで導入しました。その影響が出ています」
殿下は、すぐには言葉を返さなかった。
代わりに、帳簿に目を通す。
「想定より、現場の理解が追いつかなかったか」
「はい」
私は、短く頷いた。
「説明不足でした」
言い訳はしない。
判断が早すぎたのは事実だ。
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、監察官アーデルハイトと書記官リヒャルトだった。
「……数値に変動が出ていますね」
アーデルハイトは、帳簿を一瞥してそう言った。
責める調子ではない。
ただの事実確認。
「理由は?」
問いは、私に向けられていた。
「手順変更のタイミングを誤りました」
私は、はっきりと答える。
「私の判断です」
書記官のペンが、止まらずに動く。
《数値悪化:一時的》
《原因:手順導入の前倒し》
淡々と、容赦なく。
「修正案は?」
アーデルハイトの問い。
私は、息を整える。
「段階を戻します。説明を一工程分、追加します」
「期間は?」
「三日で戻せます」
少しだけ、間があった。
「……楽観的では?」
その指摘に、私は首を振る。
「現場の反応速度は、既に確認済みです。必要なのは理解だけです」
殿下が、静かに口を開いた。
「責任は、私が取る」
その言葉に、私は一瞬だけ目を伏せた。
アーデルハイトは、殿下を見てから私を見る。
「よろしい」
短い返答。
「修正過程も、記録します」
それは、救いでもあり、試練でもあった。
監察官が去った後、執務室に静けさが戻る。
「……すみません」
私は、低く言った。
「謝罪は不要だ」
殿下は、きっぱりと言う。
「失敗は起きる。問題は、その後だ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
だが同時に、別の空気も流れていた。
――第一王子殿下の側近たちが、この報告を知った時。
「ほら見ろ」
そんな声が上がったのは、想像に難くない。
第二王子のやり方にも、綻びがある。
そう思わせるには、十分な材料だ。
私は、自分に言い聞かせる。
これは、致命傷ではない。
だが、見せ場でもない。
ただの、失敗。
だからこそ――
次の一手が、すべてを決める。
帳簿を閉じ、私は立ち上がった。
「……修正に入ります」
殿下は、静かに頷く。
「行こう」
小さな失敗は、
ここからどう立て直すかで、意味が変わる。
そのことを、私は誰よりも分かっていた。
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