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婚約破棄された公爵令嬢は、無能扱いの第二王子の政務を支えることになりました ~捨てた第一王子が後悔しても、もう遅いです~  作者: 藤宮レイ


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第19話 問われるのは人か、仕組みか

 再び監察官アーデルハイトが第二王子殿下の執務室を訪れたのは、その翌日だった。


「いくつか、確認したいことがあります」


 相変わらず、前置きはない。


 机に広げられたのは、昨日までの監査記録。

 第二王子管轄と第一王子管轄、その双方が並べられている。


「数値の差は、劇的ではありません」


 アーデルハイトは、淡々と告げた。


「ただし、傾向は明確です」


 書記官リヒャルトが、無言で頷く。


「こちらは、問題が起きてから修正される」


 第一王子側の資料を指す。


「こちらは、問題が起きにくい」


 次に、第二王子側。


 殿下は、静かに腕を組んだ。


「原因は?」


「人ではありません」


 答えたのは、私だった。


 一瞬、視線が集まる。


「人が優秀かどうかではなく、仕組みです」


 私は、落ち着いて続けた。


「優秀な人間に依存すると、入れ替わった瞬間に崩れます」


「……では、優秀な人間は不要だと?」


 アーデルハイトの問いは、試すようでもあった。


「いいえ」


 私は、首を振る。


「優秀な人間は、“仕組みを作る側”に必要です」


 書記官のペンが、止まった。


 私は、言葉を選ぶ。


「現場を回すのは、特別な才能がなくてもいい。判断に迷わない仕組みがあれば、人は安定します」


 アーデルハイトは、しばらく黙って私を見ていた。


「……つまり」


 ゆっくりと口を開く。


「あなたは、人を信じていない?」


 その問いは、意外だった。


 私は、少し考えてから答える。


「信じています」


「ほう」


「だからこそ、人に過度な負担をかけない仕組みが必要だと考えています」


 殿下が、静かに頷いた。


「失敗することを、前提にする」


 私の言葉を、殿下が補う。


「失敗しても、立て直せる構造を作る。それが、この陣営のやり方だ」


 アーデルハイトは、初めて小さく息を吐いた。


「……思想が、はっきりしていますね」


 評価でも賛辞でもない。

 だが、否定でもない。


「この考え方は、誰のものですか」


 監察官の問い。


 殿下は、私を見た。


 私は、一瞬だけ躊躇し、それから答えた。


「私の提案を、殿下が採用してくださいました」


 アーデルハイトは、頷き、書記官に目を向ける。


「記録を」


 リヒャルトが、静かに書き留める。


 《運営思想:属人化を避け、仕組み化を重視》


 その一文が、公式文書として残る。


 それは、小さな一行だった。


 だが、後に重い意味を持つことになる。


「最後に一つ」


 アーデルハイトは、殿下に向き直った。


「このやり方を、国全体に広げる覚悟は?」


 問いは、鋭い。


 殿下は、即答しなかった。


 数秒の沈黙。


 そして、静かに答える。


「ある」


 その声に、迷いはなかった。


「だが、急ぎはしない。壊れるものも多い」


 アーデルハイトは、その答えを聞き、ゆっくりと頷いた。


「……拙速ではない」


 それだけを言い残し、立ち上がる。


「引き続き、記録を進めます」


 監察官と書記官が退出したあと、室内に静けさが戻った。


 殿下が、私に向かって言う。


「踏み込んだな」


「……はい」


「後悔は?」


「ありません」


 私は、はっきりと答えた。


 もう、裏方に戻る気はない。


 思想を問われ、

 それに答え、

 記録に残った。


 それは、

 ただの補佐ではない。


 私は、制度の一部として――

 試され始めている。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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