第17話 数字は嘘をつかない
監察官アーデルハイトは、無駄な挨拶をしなかった。
「過去三年分の管理報告を」
それだけを告げ、淡々と席に着く。
隣には、見慣れない男が立っていた。装飾のない服装、手には分厚い記録簿。
「王直属書記官、リヒャルト・ノインです」
簡潔な名乗り。感情のない声。
私は一礼し、準備していた資料を差し出した。
「第二王子殿下管轄分の帳簿一式です」
アーデルハイトは受け取り、すぐに確認を始める。
ページをめくる速度は一定で、迷いがない。
沈黙が続く。
殿下は口を挟まない。
私も、説明を加えない。
――問われていないことは、語らない。
「……改善率が安定している」
しばらくして、監察官が口を開いた。
「急激な成果ではない。だが、数値の揺れが小さい」
書記官リヒャルトが、その言葉をそのまま記録する。
余計な解釈は入れない。
「人員の入れ替えは?」
「行っていません」
私が答える。
「配置と手順を見直しただけです」
「なるほど」
アーデルハイトは、淡々と頷く。
「属人的ではない、ということか」
その一言に、胸の奥で静かに息を吐いた。
私が最も意識してきた点だ。
誰がやっても回る仕組み。
「この形式は、いつから?」
「半年ほど前からです」
「半年で、この安定性……」
監察官は、帳簿から視線を上げ、殿下を見た。
「殿下」
「何だ」
「偶然ではありません」
それだけだった。
だが、その一言は重い。
書記官リヒャルトが、淡々と書き留める。
《偶然ではない》――ただの事実として。
午後に入ると、監査はさらに細部へ移った。
入出庫の時間帯。
担当者ごとの処理速度。
過去のミスと、その修正履歴。
「修正が早い」
今度は、リヒャルトが小さく呟いた。
「指摘から次の報告までが短い」
それも、記録される。
評価でも称賛でもない。
ただ、残る。
「質問は以上です」
夕刻、アーデルハイトはそう告げた。
「明日は、別の管轄を確認します」
それが、どこを指すかは言うまでもない。
第一王子殿下の管轄だ。
扉が閉まったあと、殿下が静かに言った。
「緊張したか」
「いいえ」
私は、正直に答える。
「数字は、慣れています」
殿下は、小さく笑った。
「そうだったな」
その夜、私は一人、執務室に残っていた。
帳簿を閉じ、記録を整理する。
いつも通りの作業。
ただ一つ、違うことがある。
――今日の数字は、もう私だけのものではない。
王の目。
制度の目。
逃げ場のない場所で、
それでも私は、いつも通り仕事をする。
それが、私にできる唯一のことだから。
そして――
数字は、嘘をつかない。
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