第10話 夜会の余波
小さな変化は、意外なところから表に出る。
それは、王宮で開かれた、ささやかな夜会の席だった。
「最近、北部の倉庫の件、少し楽になったそうですよ」
貴族の一人が、何気なく口にする。
「書類の確認が減ったとか」
「第二王子殿下の管轄でしたか?」
その会話は、噂話にもならないほど軽いものだった。
けれど、“何かが変わった”という感触だけは、確かに残る。
私は、その夜会に出席していなかった。
第二王子殿下の判断で、当面は表に出ないことになっている。
「今は、結果だけを積み上げればいい」
そう言われ、私は頷いた。
静かに働く。
それが、今の私の役割だ。
夜会の片隅では、別の空気が流れていた。
「……最近、殿下がお忙しそうですね」
セリーナが、第一王子の袖を引く。
「前よりも、執務の時間が増えているような」
「気のせいだ」
アルノルト殿下は、そう言って取り合わなかった。
「国のために動くのは当然だろう」
だが、その表情には、わずかな苛立ちが滲んでいる。
以前なら、政務の多くは“自然と片付いていた”。
今は、そうではない。
「……北部倉庫の件、聞いたか?」
側近が、控えめに声をかける。
「第二王子のところで、管理方法を変えたらしい」
「大したことではないだろう」
アルノルト殿下は、即座に切り捨てる。
「そんな細事で評価が変わるはずがない」
だが、胸の奥に引っかかるものがあった。
――なぜ、今まで問題にならなかったことが、急に改善される?
その疑問は、答えのないまま残る。
一方、私の執務室では、静かな時間が流れていた。
新しい帳簿様式の最終確認。
現場からの小さな報告の整理。
地味で、目立たない仕事。
「……これで、いい」
自分に言い聞かせるように呟く。
評価されなくてもいい。
誰かに褒められなくてもいい。
結果が、積み重なれば。
それだけで、十分だ。
「エリシア」
ルシアン殿下が、執務室を訪れた。
「夜会で、少し話題になっていた」
「……悪い意味では、ありませんか」
「いい意味でも、悪い意味でもない」
殿下は、穏やかに言う。
「だが、“何かが変わった”とは、確実に感じられている」
それは、進展だった。
「焦らなくていい」
殿下は、私の手元の書類を見る。
「君のやり方は、時間が味方をする」
その言葉に、私は小さく頷いた。
夜会の終わり、セリーナは一人、窓辺に立っていた。
「……おかしいわ」
第一王子の周囲が、少しずつ忙しくなっている。
余裕が、減っている。
それは、彼女にとって不安の種だった。
理由は分からない。
ただ、胸騒ぎだけが、消えない。
その夜、王都のどこかで、同じ思いを抱いた者は少なくなかった。
静かに、確実に。
歯車が、噛み合い始めている。
私はまだ、表舞台に立っていない。
けれど。
夜会の余波は、確かに広がっていた。




