第1話 婚約破棄の夜会
本作は
婚約破棄から始まる、静かな逆転と救済の物語です。
・主人公はすぐに無双しません
・派手なざまぁは後半です
・評価されなかった努力が、少しずつ報われていきます
「理不尽に捨てられた側が、
正しく評価される話が読みたい」
そんな方に、届けば嬉しいです。
王宮の夜会は、いつもよりも華やかだった。
無数の光を反射するシャンデリア、色とりどりのドレス、ざわめく貴族たちの声。私はその中心で、静かに立っていた。
――今夜は、本来なら祝福の場であるはずだった。
「エリシア・フォン・ルヴェール」
名を呼ばれ、私は顔を上げる。
視線の先に立つのは、王太子アルノルト殿下。かつて、十年以上も私の婚約者だった人。
彼の隣には、淡い色のドレスを纏った令嬢が寄り添っていた。男爵令嬢セリーナ。最近、殿下の側にいると噂されていた少女だ。
胸の奥が、わずかに軋んだ。
「ここに宣言する」
アルノルト殿下は、よく通る声で続けた。
「私は、本日をもってエリシア・フォン・ルヴェールとの婚約を破棄する」
一瞬、時が止まったかのように感じた。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
驚き、好奇、期待、そして――嘲笑。
私はそのすべてを、ただ受け止めていた。
「理由は明白だ。彼女は冷淡で、王太子妃としての資質に欠ける。政務の場でも笑顔ひとつ見せず、人の心を理解しない」
冷たい言葉が、淡々と投げつけられる。
「それに比べ、セリーナは違う。彼女は優しく、民の気持ちを理解している。私は、彼女こそが未来の妃に相応しいと判断した」
隣のセリーナが、潤んだ瞳で私を見る。
まるで、被害者のような顔で。
「……エリシア様、ごめんなさい。でも、私……」
震える声。
同情を誘う仕草。
私は、何も言わなかった。
言い返す言葉は、いくらでもあった。
夜を徹して政務資料をまとめたこと。
殿下の失言を裏で修正し、外交問題を未然に防いだこと。
笑顔よりも結果を優先してきた理由。
けれど、それらを語ることに、何の意味があるのだろう。
「……異論はあるか?」
アルノルト殿下が、形式的に問いかける。
私は一礼した。
「ございません」
会場が、再びざわめいた。
「婚約破棄を、受け入れます」
声は、不思議なほど落ち着いていた。
この瞬間、私は理解したのだ。
――もう、私の役割は終わったのだと。
殿下の視線が、一瞬だけ揺れた。
けれど、それもすぐに消える。
「よろしい。では、これにて――」
宣言は終わり、夜会は再開された。
祝福される二人と、取り残される私。
誰も、私のもとには来なかった。
ただ遠巻きに、囁き声が飛び交う。
「やっぱり地味だったものね」
「愛想がないって聞いていたわ」
「王太子殿下も、我慢していたのよ」
そのすべてが、他人事のようだった。
――本当に、そうだったのだろうか。
ふと、視線を感じて顔を上げる。
会場の端、柱の陰に、ひとりの青年が立っていた。
第二王子、ルシアン殿下。
社交の場ではほとんど目立たない存在。
穏やかな微笑を浮かべ、静かに周囲を観察している人。
なぜか、その視線だけが、私から逸れなかった。
彼は、何も言わない。
ただ、すべてを見ているようだった。
胸の奥で、名前のつけられない感情が揺れる。
その夜、私は王宮を後にした。
長い間、私の居場所だったはずの場所から――
何も持たずに。
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