失敗
今の俺は見た通りのただのジジイだが、かつては、自分で言うのもなんだがな、凄腕の殺し屋だったんだよ。冗談だろうって?いやいや、本当のことだよ。まぁ信じられないのも無理はない。とりあえず信じられなくとも、そういうことにしておいてよ。そうじゃないと話が進まないので。
俺は依頼に合った殺しの方法を考える。
毒殺、絞殺、刺殺、銃殺。
ときには事故のように偽装工作をすることもあった。
当然、俺は警察に捕まったことはなかった。ましてや疑われたことすらなかった。
だが、そんな俺があるとき殺しに失敗し、ついに警察に捕まってしまったんだ。
しかし、それは俺がミスをしたからではない。
俺は直接クライアントから殺人の依頼を受けない。仲介を生業にする組織から殺害の依頼を受ける。このとき受けた依頼の対象は、自身で中古車販売の会社を経営する50代の男だった。俺がこの男を殺害するのに選択した方法は毒殺だった。基本、依頼に殺害方法の指定などはないが、このときはクライアントからの依頼に、対象が苦しみもがきながら死ぬようにとの内容があったからだ。理由は当然知らないが、依頼内容に沿って仕事をするのがプロというものだ。
会社の創設記念日のパーティーで、男のグラスに毒を仕込む。乾杯と同時にグラスに口をつけた男は毒で死ぬ。それが私が作った筋書きだった。
意外とシンプル?ありがち?
まぁ、そうだろう。凝った演出も出来なくはないが、その分リスクが大きくなる。
依頼を必要かつ最低限のリスクで行う。これは仕事をする上で大事なことだよ。
ちなみに、どうやってグラスに毒を仕込んだかは企業秘密としておこう。
しかし、いざ乾杯となり男がグラスを口に近づけた瞬間に異常が起こった。男は突然、不自然に毒入りグラスを手から落とした。グラスはそのまま床に落ち割れ、"毒入り"のワインが飛び散った。慌てた俺は、懐に忍ばせていた銃を取り出すと、男に向けて発砲しようとする。しかしいくら引き金を引いても弾は発射されない。
その様子に気づいた近くにいた警備員に俺は取り押さえられそうになった。俺は咄嗟にズボンのポケットからナイフを取り出すと、警備員の首を目掛けてナイフを振り下ろした。しかしナイフは俺の手から引っ張られるようにすっぽ抜けると、近くの壁に突き刺さった。俺は必死の抵抗も虚しく警備員に取り押さえられた。
その後、男の体が前のめりになると、よろけるように前へと足を踏み出した。やがて男は苦悶の表情を浮かべて倒れ込んだ。
警備員に体を取り押さえられながら俺は困惑した。どういうことだ?男はグラスにまだ口を付けていなかった。ならばまだ毒は飲んでいない筈だ。なのに、男は床に倒れ込み苦しみ悶えている。
床に倒れ込んだ男は左手で胸を鷲掴みにし、右手は何かを掴もうとするかのように宙空に伸ばす。そして悲鳴に近い声で、何かを叫ぶと、体から力が抜けダラリと横たわって動かなくなった。
会場は騒然とし、その後は救急隊や警察が来たりと大騒ぎとなった。
男は死んだ。しかし死因は心筋梗塞によるもので、俺が殺したわけではなかった。
しかし俺が男を殺そうとしていた事実は間違いなく、裁判では殺人未遂の罪で有罪となった。そして懲役10年の刑で俺は刑務所に収監された。
俺は逮捕されてからずっと考え続けていた。何故殺しに失敗したのか。それなのに何故男は死んだのか。だが、それもひょんな事から分かるときが来た。
俺がいた刑務所に、同業者の黒木という男がいた。黒木もある人物の暗殺に失敗し捕まった。驚いたことに、黒木が暗殺を実行しようとして失敗した場所は、俺が暗殺に失敗し捕まったのと同じあの会場だったのだ。俺は黒木と話せる機会を狙って、暗殺に何故失敗したかを尋ねた。
すると黒木はこう言った。
「どうやら、あそこは不死人の地だったんだよ。それを知らなかったのが失敗した理由だよ」
「不死人の地?」
「そう、その場所では絶対に人を殺せないと言われている」
「まさか、そんなことがあるはずがない」
「俺にはかつて相棒がいた。いつも一緒に"仕事"をしていた。そして俺たちはある人物の暗殺の依頼を受けた。そして俺が暗殺の場所に決めたのがあの会館だった。だが相棒は反対した。あの場所では絶対に失敗するから他の場所にしようと。だが、依頼の期限を考えると、あの場所以外に実行できるチャンスはなかった。俺は相棒を説得したが、あの場所は不死人の地だから暗殺は絶対に失敗すると言って相棒は譲らなかった。最後まで話し合いは平行線を辿り、今回は相棒抜きで俺一人で仕事をすることになった……。そして結果はご覧の通り。見事に失敗して今ここにこうしているという訳だ」
そこまで話すと黒木は顔を伏せ、深く息を吐いた。「俺は相棒の忠告を無視したばかりに、ここにいる。どうやら、お前も同じみたいだな」
俺は黙って頷いた。男は毒を飲む前に倒れ、俺の銃は発射されず、ナイフは手からすっぽ抜けた。殺し屋として完璧に準備したはずの俺の「殺し」の行為すべてが、あの場で無効化されたかのように失敗した。それは単なる偶然やミスではない、決定的な何かの介入を感じさせた。
「あの場所で人が殺せない?そんな場所があるなら、何故俺が殺そうとした男は死んだんだ?」俺は訊いた。
黒木は顔を上げ、冷たい目で俺を見据えた。「…お前の獲物は、毒を飲む前に死んだんだろう?心臓発作か、別の病気でな。つまり、あれは『殺された』んじゃない。『死んだ』んだ。不死人の地が防ぐのは、『人為的な死』、つまり『殺し』だけだ。寿命や病気のような自然な死は、あそこでも起こる。俺の相棒はそう言っていた」
俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。男の死は、不死人の地によって「殺し」が防がれた結果、偶発的に発生した「自然死」だったというのか。そして俺の銃もナイフも、対象を「殺す」という意図を持った行為として、その場で効力を失った。
「じゃあ、相棒は何者だったんだ?何故そんな場所があることを知っていた?」俺は畳みかけた。
黒木は再び目を伏せた。「相棒はな……、俺が請け負う『殺し』の依頼を、裏で管理している組織側の人間だったんだ。あいつらは、殺し屋たちを使いつつも、ある種の『均衡』を保つために管理や調整をしている。そして、不死人の地の存在も当然に把握し、殺しの依頼が成立するか否かの判断材料の一つにしているらしい。俺が相棒の忠告を無視したのは、前の依頼に失敗していた焦りもあって、あの依頼を逃したくなかったからだ。今思えば、あいつは俺を、あの『不死人の地』での失敗から救おうとしていたのかもしれない」
黒木はそこで言葉を切った。その顔は、ただ失敗したことへの後悔だけでなく、何か底知れない秘密に触れてしまったかのような恐怖に歪んでいた。
「俺たちがいるこの裏の世界には、まだ知られていないルールがある。俺はそれを知った。だが、知ったところで、もう遅い。そしてお前もな」黒木はそう呟き、遠くを見つめた。
俺はその時にな、自分が失敗した理由を知ると同時に、殺し屋として生きてきた世界が自分が思っていたよりもずっと複雑で、危険なルールに支配されていることを悟ったんだよ。あの失敗は俺の殺し屋人生の終焉を告げる、決定的な出来事だったんだったことを俺は知った。
そして俺は今、ただただ怯える毎日だ。何故かって?組織は非情さ。使えなく無くなった駒は容赦なく切り捨てられる......。なあ、あんたは知らないか?不死人の地がどこにあるのかを。




