相手のいない愛 1
大変お待たせ致しました。
彼女はユーランドの軍人であった。そして、人一倍愛国心を持っていた。しかし、その愛国心の強さゆえに国の上層部には好かれていなかった。
サンゴールドとの戦闘の際、彼女の部下の機転によりなんとか生き延びた。いや、生き延びてしまった。どうやら当初、上層部の予定ではサンゴールド軍に恭介が居ることが分かっていたからこそ、彼女の隊を投入したらしい。あわよくば、彼女を消したかったのだ。だが、彼女は生き延びた。それが上層部は気に入らなかったのだろう。彼女が帰還する前に、情報を操作して見事、彼女を戦犯にする事に成功したのだった。
故に彼女は国を護る軍人から、国に追われる反逆者となり、逃亡生活をする現在に至るのだった。愛する国に追われ、愛する夫を殺され、彼女はボロボロになりながらも数少ない森の中でひっそりと過ごしていた。だが、その生活に転機が訪れた。
鈍色の雲が空を覆い隠し、薄暗い日の事だった。彼女はいつも通り昼食の為に狩りに出ていた時、手頃な大きさの丸々と太った猪を見つけた。
その猪を食糧にしようと決め肋骨と筋繊維で自作した弓を引き絞り矢を放とうとした時、いきなりその射線上に女が現れたのだ。だが、すでに矢は手から離れ弦の力で女に向かって飛んで行っている。彼女は女に『危ない!』と叫ぼうとしたが、言葉が声になるよりも早く矢は女に到達してしまった。
しかし、彼女の心配は杞憂だった。女が右手で矢を掴み止めていたからだ。
「えぇー……」
女に突き刺さる事がなかったのは喜ばしい事だが、攻撃を止められた事はなんだか釈然としない。と言うより元軍人としては複雑だ。結構強めに撃ったんだけどなぁと内心うなだれていると、女は彼女に気付いたのか猪にチョークスリーパーをしながら近寄ってきた。
「狙ってたのってコレ?」
「え?あ、ええ。ありがとう?」
「まあ、猪旨いしなぁ」
うんうん。と猪にチョークスリーパーをしたまま頷く女に、やはり彼女は茫然とする。大人ではないとはいえ相手は猪である。それを軽々とチョークスリーパーをかけ続けるこの女は何者だ?と疑問に思い剣を抜き女に向けた。
「何者です?答えて下さい」
「俺はレアス。何者かは知らん。自分でもよく分からんからな」
「何処の国の出身ですか?」
「異世界」
「誰が召喚主ですか?」
「表の神のペルセフォネだ。まあ、サンゴールドとユーランドとの戦闘で死んだけど」
「……召喚主が神?」
「イエスイエス。んじゃ、次俺から質問な。おねぃさんは、こんなとこで何やってんの?」
え?と彼女は戸惑った。てっきり目の前に居る女もといレアスは自分を追い掛けて来た刺客だと思っていたが為に、こんな事で動揺してしまう。自分を情けないと思う半面、刺客ではない事にほっとしていた。だが、ならばこのレアスは何者なのだろうと彼女は考える。
「え?無視?無視ですか」
1人、無視&放置をくらい拗ねるレアスを横目に彼女は更に思考を重ねる。
こんな危険な森の奥深くまで来るとなると、レアスは現地人ではない事は確定している。それでも、旅人であったとしてもこんな所へ来るだろうか?いや、それでもないだろう。あるとすれば、自殺しに来たか、ただの馬鹿か……
「いや、うん。馬鹿はないんじゃない?馬鹿だったら、もう死んでるだろうしさ」
「!?」
「あぁ、心読んでるけど、まあ気にすんな。黙ってる方が悪いから」
「…そうですね。では、ちゃんと聞かせてもらいましょう。貴女はここで何をしていたのですか?」
「何って…うーん、戦力集め?」
「戦力集めって……誰に対して戦うと言うのです?貴族か何かですか?」
「国。正確には国軍と王を傀儡にしてる奴。君を戦犯にした連中だよ。フェスティア大隊長殿」
ニヤァと笑いながら、そう言うと彼女――フェティアがぴくりと指先を動かし剣にまた手を伸ばし掛けたが、レアスはそのままニヤァと嫌な笑みを浮かべたまま、その場から動かなかった。
レアスに敵意がない事を悟ったフェスティアは、溜息とともに剣から手を離した。そのまま警戒を解かずに鋭い視線を向けていると、レアスはやれやれと言った様子で首を振った。
「どうしたら、敵意がないって信じるんだ?なんならキスしてやろうか?」
「…バカを言っている場合じゃないでしょう。仮にそれが本当ならば貴女はこんな所で油を売っている場合じゃないと思いますけれど?」
「それがそーでもないんだよな。アンタをスカウトしに来たんだ」
「スカウト…ですか?」
「そそ、スカウト。俺にゃ仲間が少ないんでね。スカウトして大きくしないと、法人税貰えないし」
「ほーじんぜい?」
「あーうん。まあいいや、俺もよく分からずに言ってるし。えっと、そんで仲間になるのオッケー?」
フェスティアが良く分からぬ様子で首を傾げる。それに対してレアスも首を傾げる。更に二人揃って首を傾げる。
あれ?とフェスティアは思う。
――確か自分で色々よく分からない事を喋っていたわりに、その内容も理解していなかったようですが……
そんなレアスの様子がおかしく感じたのか、くすりと笑いを零した。それを見ていたレアスは更に、訳が分からないと言いたげに首を傾げた。
「いえ、ただ貴女の様子がおもしろくて」
「おもしろい?どこが?」
「自分で理解しきれていない事を喋るところが」
「いやまあ、そりゃ俺の失態だけどさ。そんで、スカウトは受けてくれるの?」
「そうですね。一日程、貴女と行動してから決めてはダメですか?」
「オッケーです」
「即答ですか……まあ、いいですけど」
腕を組んで偉そうにレアスはした後、あっけらかんと人懐っこい笑みを浮かべ言った。
「んじゃ、こいつ食おうぜ。猪鍋なんてどうだ?調理道具あればの話だけど」
「残念ながら、この身一つで逃げてきたもので、調理器具は持ち合わせていません」
「んーなら、しゃーなしだな。ちょい待ち」
チョークスリーパーをしていた猪を上へ放り投げ、神魔刀を出現させ切った。もうレアスからすれば便利な刃物なのだろうが、仮にも神の武器を包丁代わりにするのは如何なものか。
首を切り落とした猪を神魔刀で刺し担いでレアスはもくもくと歩いて行く。そんないきなりの行動に呆然としていたフェスティアも、慌てて後を追い掛けた。
少しばかり歩いた位置に清流があった。そこへ剥いだ猪の皮を入れ、綺麗に洗う。綺麗にした皮の上に猪の肉を乗せた。
「なー」
「なんですか?」
「これ、どうやって調理する?」
「どうって……丸焼きにするくらいしか調理なんてしてませんよ?」
「ああ、そう…」
疲れたように言葉を零すと、肉を持ち上げ魔法で火をつけた。時間にして1分程度で、見事にこんがりと焼き上がった肉があった。もっとも中まで火が通っている訳ではなく、焼き加減としてはレアだ。
腰の後に提げていた普通のダガーで肉を裂く様に切り分けるとフェスティアに差し出した。
だが、一向に受け取ろうとしないフェスティアにレアスは首を傾げる。
「毒は入ってないぞ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
どもりながら肉を受け取る彼女に首を傾げるばかりだった。
書き始めたはいいけど、途中でネタが尽きた熊海苔です。
今回はユーランドの女隊長さんとのお話です。
フェスティアさんは、部分的な設定と容姿は、某ヨルムンのヘックスさんをパク……参考にしております。
この“相手のいない愛”では恭介くんはレアスと表記しますので、ご注意くださいませ。