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恭介くんの数奇な生活  作者: 熊海苔
第2章 新大陸侵攻
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ひ弱なヒーロー 2

おかげさまで20万アクセスを超えました。これからもよろしくお願いします。

 涼は恭介の言葉に耳を疑った。ただの生き倒れだと思っていた女性が今まで自分が求めていた物を与えると言っているのだ。


「本当にくれるの?」

「もちろん。けれど、タダで―――とはいかない」

「それは解ってる。それで、僕は何を差し出せばいいの?」

「……お前の一番大切な物」


 恭介の白くほっそりとした指が涼の鳩尾辺りから上に向かい滑って行き、およそ心臓がある辺りを指差す。

 恭介が何を望んでいるか理解した涼は、我知らずのうちに後退りをしていた。その姿を見て薄い笑みを浮かべ広がった距離を縮める。

 腰に手を回され逃げようにも逃げる事は出来ない。グッと近づいてきた美しい顔にドキリと心臓を弾ませる。しかし、異性を前にした時のものとは根本的に違っていた。自分の手ではどうにもならない様なモノを相手にした時―――レベルが違うもののトラウスを前にした時と同じ感じだ。確かに恭介の顔は美しい。しかしだ、今、涼が彼女から感じているのは未知の自分よりも圧倒的に存在としての格の違うモノを前にした時の恐怖だ。


「怖いか?私が怖いか?」

「ぁ……あぁぁ………」

「それを感じても足りない物をお前は求めた。自分にとっての限界の・・・鍛練を積もうとせず、他人に求めた」

「ちがっ…」

「何が違う?」


 嘲笑うかの様に涼に問いかける。初めから彼が答えるとはまったく思っていない恭介は口を挟ませずに続ける。


「動く物を相手に剣を振ったか?素手での練習もしたか?一日たりとも休まずに鍛練したか?していないのだろう?それで、どの口が『違う』なんて言えるんだ。自分で必死に、ただ、ただ、我武者羅に鍛えてもいないくせに胸を張って頑張ったと言えるか?」

「……それは」

「なんだ?言いたい事があれば言えばいい」

「ぼ、僕の何を知ってて言えるんだ」

「ならば、何故、鼓動のリズムが崩れた?動揺したのだろう?図星を突かれて、自分でも分かっていたことを言われて」


 責められて黙り込む涼に恭介は満面の笑みを浮かべ言う。そんな弱い心で何を護る?何を持ってして正義の味方の名を語る?何が善で何が悪だ?全てが疑問だった。そして、恭介に問いかけられ答えが出せない。これまでルカに聞かれた時は即答できた。『弱い人を護るのが正義の味方だ!』そう答える事が出来た。けれど、彼女を前にしてそんな子どもの理論など通じるはずがない。

 そんなことを言えば―――


「そう。その護られた人は本当にそれを望んでいたのか?それはただの自己満足なんじゃないか。それを恐れて言おうとしない。“偽善者”と言われるんじゃないかと保身に走る。それが人だからな」


 また、ドキリと大きく心臓が脈打つ。彼女の言うとおりだ。口でなんと言おうが、自分の言っている事はただの現実を知らない子どもの絵空事。


「今日は許してやる。明日、ここで返答を聞かせて貰うからな」


 それだけ言い残すと恭介はその場から忽然と姿を消した。さも、元からそんな人物が居なかったかの様に。


****


 それから、何をしていようとも涼はずっと恭介に言われたことを考えていた。自分は自己の欲を満たす為にしていたのだろうか?ただそれだけが常に涼の思考を満たしていた。答えの無い様な問題。時間が経つにつれてそう思えてくる。何が正解なのだろう?

 そもそも、


「そもそも、僕は何故ヒーローに憧れたんだろう?」


 あまりにも幼い頃の事の為、涼の記憶は深い霧に包まれ思いだそうにも思い出せなかった。思い出そうとすれば記憶が逃げていく、そう感じる。

 また、問題が増えた。

 今日一日で問題が山積みだ。積まれていくだけで一つも消化できていない。何も答えの出せない自分に腹が立つ。言い返せなかった自分が無様に感じる。思い出せない自分が癪に障る。

 机の上に置いてあったペンダントを握り振りかぶったが、ペンダントは投げられる事無く涼が悔しそうに握りしめる。空しさと共に熱い物がこみ上げてくる。泣くものかと、口を真一文字に結び堪える。

 と、その時だった。

 一人悩んでいた空間に第三者の発した音が響いた。


「……誰?」

「わたしだよ。入るからね?」

「ちょっ、まっ」


 涼の制止で止まる事なくガチャリとドアが開いた。

 そこには珍しく少しばかりおめかしをしたルカが入って来た。なぜ、彼女はおめかししているのだろう?そんな疑問が浮かんでくるが、考えたところで彼女の考えている事など分かる訳がない。


「ど、どうしたんだよ?」

「散歩しよっ!」

「散歩?いきなり…なんで…?」

「だって、何か悩んでるでしょ?」

「…なんでそう思うの?」

「だって、涼ちゃん悩んでる時って鼻がひくひくするんだよ?」

「嘘だ!?」


 焦った様子で鼻をへ手を持って行くと、ルカはしたり顔で涼を見ているとそれに気付いた涼は、しまったと言いたげに顔を歪ませた。


「鎌掛けたな?」

「素直に言わない涼ちゃんが悪いんでしょ?」

「ま、まあそうだけどさ」

「だから、散歩いこっ!」


 気分転換にさ!と明るく言うルカに自然と頬が綻ぶのが涼は自覚した。

 あぁ、そうだ。

 彼女の笑顔を見て思い出す。

 彼女の笑顔が見たくて始めたんだ。

 恭介に言われた事に対する答えが出た事で、つっかえていた物が消えスッと軽くなった様に感じる。今まで忘れていたことが恥ずかしい。彼女の為に、己の為に修行を積んできたのだろう?

 自分自身に問う。答えは分かり切っている。彼女に答えを言おう。ルカの笑顔を見て、自分が何を見失っていたかはっきりした。


「ルカ」

「なに?涼ちゃん」

「僕、用事があるんだ」

「うん」

「だから、今度散歩に行こう?」

「うん!」


 笑顔で応えてくれる彼女を護りたくてヒーローになろうとした。ただ、それだけだ。そう、自分勝手だ。けれど、ヒーローや正義の味方になろうと夢見る理由は皆、そんなものだろう。だからこそ、そのを突き通す。

 涼は、いつもの場所へと走る。

 確信はない。だが、おそらく彼女はそこに居るだろうと何故か思った。

 鬱蒼と茂る森の中の獣道を走り抜け、例の広い場所へ息を切らせながら辿り着くとそこに彼女は居た。涼が今まで見た事のない武器――神魔刀を片手に静かに佇んでいた。そよ風が彼女の白髪を舞わせ、太陽が綺羅綺羅と輝かせる。やはり、彼女は人じゃないと涼は確信する。


「…やっと来たか」

「答えは出ました。僕に力をください」

「それを渡す覚悟が出来たって事でいいんだな?」

「なんでヒーローになろうとしたか思い出したから」

「……そうか。そうだな、最後にいい事を教えてやるよ。『誰かを守ろうとする時、自分は既にその誰かに守られている』ってな。それじゃあ、早速準備といきますか」


 ニッと笑った恭介は手に持つ鞘に収まった神魔刀で地面に何事か文字と図形を描き込んでいく。一重、二重、三重、そこに組み上げられたの幾つもの魔法陣が組み合わさり、絡みあい、混じり合った恐ろしい程細かく精密な複合型の魔法陣だった。

 その中心へ涼を招き入れ、神魔刀の鯉口を切る。涼やかな金属音と共に神魔刀の刀身が姿を現した。陽光を浴び煌めく刀身に心奪われていた涼は、気付かずに居た。左手に青白く輝く球体を握り、圧縮し神魔刀の柄に捻じ込み魅入られた様に動かずに居る涼の心の臓にその刃先を突き立てた。

 神魔刀に込められた青白い球体は、術式であり御魂そのものでもある。それを地面に描いた魔法陣の術式が無理矢理、別の御魂を涼の魂に混ぜ合わせる。

 刃が身を引き裂く痛みと、魂を混ぜ合わされる痛みの二重奏デュエットが涼の叫びを彩る。

 絶叫する涼の身体の周りを半透明のヒーロー然とした鎧が明滅を繰り返す。あまりの痛みにガクガクと震える涼の体が一際ビクリと震えると同時に神魔刀を引き抜き、恭介は指の皮を噛み切り滴らせた血で傷を中心に涼の胸に素早く読めない文字を刻む。

 文字が刻み終わると、今まで痙攣していたのがまるで嘘だったかの様に唐突に止んだ。そして、明滅を繰り返していた半透明の鎧も砕けると、その粒子は胸に刻まれた文字の羅列に吸い込まれた。


「く…ぁ…はぁ」

「済んだぞ。よく耐えたな」


 優しげに微笑み涼の頭を、そっと撫でる。


「これが、最後だ。私が呼んだら駆けつけろ。そして、それまでに村での事をしっかり片付けておけ、いいな?」

「え…?でも……」

「いいな?」

「……はい」


 がくりとうな垂れた涼にハンカチを投げ渡すと恭介はその場を後にした。


――――


 涼の秘密の特訓場を去る途中、恭介は思考に耽っていた。涼に言った『誰かを守ろうとする時、自分は既にその誰かに守られている』は涼だけではなく己に向けて言った言葉でもある。これまでのアカーシャ軍での自分の在り方自体がその言葉と相対するものであった。結局、自分自身も独り善がりな行いだった。それに、この身体になる前――サンゴールドでの戦争の時、あの時もたぶん自分は浮かれていたのだろうと恭介は思う。姉の時の様な失敗はしない。もう、自分が死にそうになる事無く敵を完膚無きまでに潰せると言う、驕りがあったのだ。だから、あの戦争の時もあんな楽観的な考えで戦場に出て一時的とは言え死んだのだろう。少なくとも、これまでの戦闘で独り善がりではないものがあったかどうかすら疑わしい。そこへ思考が行き着く度に胸が締め付けられる様な痛みが恭介を襲う。

 そして、裏切られた事に対して熱い物が込み上げてくる。なにが悪かったのだろう?と思う。ああ、やっぱり独り善がりだったんだ。と答えを出すが、いまいち釈然としない。それだけではないはずだ。キーワードは“王族殺し”。

 はて?と恭介は首を傾げる。戦いでかなりの数を殺したにせよ。王族は一人たりとも殺してなどいない。ならば、勘違い?いや、あの場で弁明をしたが、それはあっさりと切り捨てられてしまった。ならばどうする?決まっている。


「俺のやり方で通すだけだ」


 神魔刀を強く握りしめ涼達の居る村を去る。1つ、劔を手に入れた。まだまだ、足りないが第一歩だ。なんのしがらみを持たない仲間を作ればいい。そして、今は弱くとも強くなる人材を集めればいい。世には少数精鋭という言葉がある通り、数が少なくとも一人一人の技量があれば倍、いや、それ以上とも渡り合える。問題があるとすれば、彼の様な人ばかりだと集める度に、今みたいに胸が痛むと言うところだけだろう。

 仲間は少なく、恭介の心はぽっかりと穴を開けたままだった。

 どうも、熊海苔です。早いもので9月で御座います。皆様は、どうお過ごしでしょうか。

 今回は、早めにお届けできてよかったです。

 さて、今回でひ弱なヒーローこと涼くんのターンはしばらくお休みです。

今回のお話で伝えたかった事は力が強かろうと心が強くなかったらダメな事。そして、独りよがりな愛はダメだと言う事です。

 まあ、本文中にある『誰かを守ろうとする時、自分は既にその誰かに守られている』と言う言葉はニコ動の某幻想入りから引用させて頂きました。


 そんなわけで、次回はまた別のお話が上下2話でのお届けとなります。

 次回、「相手のいない愛(仮)」

 宣言通りになればな、と

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