決別
ぞろぞろと森を進む影があった。その列はまるで大蛇の様に途切れぬ様だ。
その先頭を進む人物――恭介は、左手に握る刀、神魔刀を見て首を傾げていた。これまで神魔刀は使い終わると自然と姿を消していたのだ。それが今回の戦闘後、いつものように消えずその手の中に残っていた。これには首を傾げざるを得ない、なぜ消えないのか。
そもそも――
「あいつが、こんな戦如きで満足する訳がない……なにかあるのか?」
「どうしたの?いきなり独り言なんか言い始めて」
「ん?何でもないよ。そろそろ日も暮れるし、ここらへんで野営かなと思ってさ」
「それもそうね……みんな!野営の準備をして」
クウの掛け声で各々が自分の仕事をする中、パンドラが恭介の元へと駆け寄ってきた。何事かと思った面々がそちらに視線を向けるのとパンドラが恭介にジャンプして抱きついたのは同時だった。
まあ、おっさん'sからして見れば微笑ましい絵だがクウからしてみればすっごく面白くないだろう。恋する乙女は大変である。えぇ、それはもう
さてさて、そんなハプニング(クウからしてみれば)の中でもちゃくちゃくと野営の準備が進み、おっさん'sは酒をガバガバ飲んでいた。ちなみに魚人の皆さんは船のそばでお留守番だからここには居ない。
そんなおっさん'sから離れた場所で恭介も酒を飲んでいた。そこまで飲んでいる訳ではないが結構な量を飲んでいた。こいつは自分の年齢の事を忘れているのだろうか?隣ではパンドラが楽しそうに足をぶらぶらさせながら歌を口ずさんでいるのがなんとも可愛らしい。
「どうした?そんな笑顔で」
「なんでもなーい。けど、一緒に居ると楽しいなぁって」
「お前は本当に可愛いなぁ」
頭を撫でると目を細めて気持ちよさそうにするパンドラを見て恭介も笑う。
そんな最中、木の生い茂った場所から琴雪がクウへと近づいた。
「おい。そろそろ……」
「……分かってる」
「なら、いい」
いつもとは違う声色で琴雪は言うと茂みへと消えていった。恭介は琴雪がクウに近づいた事に気づいていたが、会話までは聞こえずにいた。
「どうかしたのー?」
「いや、なんでもないよ」
パンドラに笑顔で言うと、1つのテントへ向かう。垂れ幕をそっと腕でどかしながら中へ入る。ふむ、と一度頷くと床に座り込んだ。そこへ後からついて来ていたパンドラがちょこちょこと歩いて来て恭介の胡座の上へ座った。
何か言おうと口を開きかけたパンドラに恭介は唇に人差し指を当て喋るなとジェスチャーする。
「念のためにトランクに戻っておいてくれ」
「んー?よく分かんないけど、分かったっ!」
淡く輝くと元のトランクに形が変貌して恭介の座る横に置かれた。恭介はその隣で瞑想するかのように瞳を閉じた。
それから数時間経った。なにやらテントの外が騒がしい、松明の明かりが右に左にと動き回っている。
「逆賊の恭介!覚悟!!」
「そう言う事かよ!」
テントの布を剣で切り裂き、一人の男が跳びかかって来た。トランクを振るい男を跳ね除けるとテントの外へと躍り出た。
「さてと、こいつはどういう事だ?クウ」
「どう言う?今更そんな事を言うのね。恭介、あなたに王族殺しの疑い……というより王族殺しの犯人であるあなたに対するアタシ達の動きが決まったって言う事」
「へぇ…俺が王族殺し…ねぇ」
「そうよ。そしてアタシ達が下した判断は、あなたの静粛よ」
「俺を殺すと?」
「ええ」
恭介の表情が悲しみに歪んだ。
いつも何かを失う。向こうの世界では信用を失った。こっちではナハトとレイ、メグを失った。そして…
「今度は仲間を失うのか?俺は」
ぽつりと言葉を零す。誰の耳に入る事もなくその言葉は消える。なぜだろう?と自問するが答えは出ない。何をした?俺がお前らを裏切るような事をしたか?と問いたい。けれど、自分が想定する言葉を返されれば壊れてしまう。何もかもが。
「……分かった」
「そんなに簡単に受け入れるのか?」
「あぁ。そうだ。だが琴雪、お前は勘違いをしてる」
「へぇ、何を?」
「受け入れるが諦めはしないし、殺されるつもりもさらさらない」
今にも壊れそうな心を隠して琴雪とクウをじっと睨む。これは布告だ。自分の意思をぶつける事だ。もう何にも負けないそういう意思表示だ。相手に、世界に、そして自分自身に対する。そして、宣言した。
「俺は、だれが何と言おうと王族殺しなんざやってない。それは真実だ。けど、信じないのなら俺は俺のやりたいようにやる。当然死ぬ気もない」
「俺達がここで殺す」
「無理だ。もうここから消えるからな」
「なっ!?」
恭介の足元が輝いた。魔法陣だ。それに気付いた琴雪が咄嗟にフェンリルを投げるが間に合わない。
恭介は口元に笑みを浮かべ消えた。
「くそっ!逃がした!」
「………」
「どうした?」
「なんでもない…」
クウに声をかけたが、ぼそっと答えると自分のテントへと戻って行った。
人が少なくなると琴雪は考え始めた。絶好の機会は逃してしまった。だが、確実に恭介を追いこんでいるのは確かなのだ。問題は恭介がどこへ行ったかだ。こればかりは琴雪にも知る事は出来ない。もちろん彼の主でもだ。
「面倒な事になったな」
誰に言うでもなく呟くとウッドノースのある西へ顔を向ける。高く空を割る様にそびえ立つ山脈を忌々しげに見つめると溜息を吐き、琴雪も自分のテントへ戻った。
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ばしゃっと水が跳ねる。水面に波紋が広がった。その中心には柄にもなく尻餅をついた恭介が居た。頭から水を被ったらしく長い白髪が顔に張り付いていて表情を窺い知る事は出来ない。
「最悪だ……」
ぽつりと零す。静寂で包まれている森に変にその呟きは響いた。
そんなもんだと思う。世界なんか結局プラスがあればマイナスがある。プラスマイナス0なのだ。
分かってはいる。身に沁みるほど、そんな事は分かっているつもりだった。けど…
「うっ…」
涙が溢れる。自分の意思とは関係なしに溢れ出す。
空を仰ぎ見た。
嫌になるほどの満天の星空だった。
連投です。
これからの更新なんですけど、受験生になっちゃうので難しいかもしれません。