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恭介くんの数奇な生活  作者: 熊海苔
第2章 新大陸侵攻
48/65

5 名無し――休みの一時と王子の策略

 その日は平和だった。退屈と言っていいほどに、避難してくる大陸民もいなければ女達の根城を襲撃するべくがしゃがしゃと鎧を鳴らせ歩いてくると言う事もない。云ったって平凡、これまでにないくらいの休みだ。

 そのせいか、もしくは連戦だったせいか。女はベットの上で心地よさそうに昼寝を楽しんでいた。扇状に広がった白髪が窓から入り込む光を受けキラキラと輝いていた。胎児の様に丸まって寝ている姿はいつもの柔らかさの中に凛とした感じではなく、幼く無邪気な少女のような印象を与える。すぅ…すぅ…と緩やかなリズムを打つ様に寝息を立てていた。


ガチャ……


 と、女の部屋のドアが開いた。クウである。いつもの御使いの様な服ではなくひざ丈の黒いワンピースを着て、女の部屋の中を覗いた。紙が乱雑に散らばり羽ペンが転がっている机、刀が立て掛けてあるイスへと視線が移動した後、ベットの上で寝息を立てて眠りこける女に視線が止まる。そのいつもと違う雰囲気の女に自然と口元が緩んでいた。気が付いて口元を引き締めるとそっと女に近づいていった。クウに気づく気配はなく、大きめの胸を呼吸に合わせて上下させていた。


「まったく…これで昨日死神みたいに敵を殺していたんだなんて想像出来ないわ」


 クウの独り言が部屋に漏れる。女は身震いをするとごろりと寝がえりをうった。起きそうにない事にクウは溜息をつくと、刀の立て掛けてあったイスをベッドの傍に置き本を読み始めた。

 ペラリ…ペラリ…と本を捲る音と外から聞こえる鳥のさえずりが共に部屋を満たす。なおも女は寝たまま幸せそうな寝顔をクウに見せている。

 窓から外を眺めれば、中庭で元気に走り回る子供たちや訓練に性を出している男たち、洗濯物を干す女たちの姿を見ることが出来るだろう。久し振りの貴重な休息日を人々は思い思いに過ごしていた。

 太陽が空のてっぺんを過ぎた頃、眠そうに目を擦りながら女は起きだした。


「おはよう。名無し」

「……おはよう」


 起きたての女はふらふらとクウに近寄り抱きついた。あまりに突然の事だったので、クウは少しの間硬直していたが次の瞬間顔を真っ赤にして女を突き放した。付き離せれて机へ倒れ込む。

 お分かりだろうか?机の上にはインクボトル、蓋は閉まってはいるがゆるゆる、必然的に机に衝突した時蓋が外れ女にインクがボトルごと飛んできて頭からかぶった。束の間の静寂、女の白髪を青黒いインクが伝う。


「……お風呂行ってきたら?」

「…そうだね」


 痛い沈黙が広がる。女は気だるそうにタオルを取り出しとぼとぼと部屋を出て行った。女が部屋を離れていったのを確認すると、頭をぐしゃぐしゃと掻き毟り「うがー!」と奇声を発して落ち込んだ。クウは女を外へ行こうと誘いに来たのだがこの始末である。

 行動を起こそうとしても起こせない自分が嫌いだなんて考えてもっと自己嫌悪する。そんな事を繰り返して、ベットの脇に座りこむ。


(アタシはアタシが嫌いだ…)


「何やってるのよ。アタシは」

「何やってるんだろうね?」

「名無し…」

「それじゃ、出かけようか」

「え?」

「私を誘いに来てくれたんでしょ?なら、行こう?」

「え、う、うん」

「私は――」


 何か言い掛けて黙る。それにクウが振り返ると女は笑顔を向けて言った。


「私はクウの事嫌いじゃないよ」

「な、なな、何を言って!?」

「だから、そんなに自己嫌悪しなくていいからさ」

「う、うん…」

「また~、照れちゃって~、初々しいな~」


 クウのわき腹を肘でくいくい押す女にそろそろイラついてきたのか。スパァン!と軽い音と共に女は頭を叩かれる。女はちょっと涙目になりながらクウの腕を引っ張って外へ出た。天高く昇った太陽の光が二人に降り注ぐ。若干憎む様な目で太陽を見上げる。


「今日は暑いね~」

「今日も!暑いのよ」

「そうかなぁ?」

「それはそうと、どこに行くつもり?」

「ん~……こっち」


 方角的には南、この先には結構な大きさの湖があり、水生系の獣人と言うよりも魚人達が住んでいる。彼らに協力を求める物だと思ってクウは女の後を付いて行った。が、湖を目前とした所で方向転換、森の奥へと進んでいく。

 少し歩いたところで遠くから微かに旋律が聞こえてきた。ゆっくりとした旋律につられるように女は道なき道を迷う事なく突き進む。前方の木々の途切れ目から光が差し込んでいる、そこへ向かって歩みを早めた。

 視界が開けるとそこでは黒髪の少女が白いピアノの黒い鍵盤の上で指を走らせていた。


「亜矢?」

「誰?」

「達也が居たからもしかしてって思ってたけど……来てたんだ」

「え~と、どちらさま?」

「ちょいちょい。こっち来て」

「?」


 女が呼ぶと亜矢と呼ばれた黒髪の少女がとことこと女に近づいて行った。そっと耳元で囁く。


「(今は見た目はこんなんだが亜矢、お前の知ってる行方不明になった友達だよ)」

「(!?)」

「(シー!声が大きい。ちょっと都合で名前を明かしてないんだ)」

「名無し、何話してるのよ?」

「い、いや、なんでもないよ?」

「ふ~ん…」


 ジ~トとした目で見つめられ冷や汗をだらだらと女は流し始めた。その姿を後ろから亜矢が笑いをこらえながら肩をポンッと叩いた。期待した面持ちで女が振り返ると満面の笑顔で「がんばっ!」と爽やかな笑顔でサムズアップ。懇願の視線を送るも無情にも返還され肩を落とした。

 勘弁したように両手を上げ振り返った。その時、湖の方から怒声が響いた。聞いた瞬間、女は助かったと言うような表情になりながら駆けて行った。そのあとを追うようにクウと亜矢が駆けていく。

 湖に着くと魚人同士が取っ組みあいながら怒鳴り合っている。そばで一人の女性がオロオロとしているが何も意味をなしていない。片方が拳を振りかぶった所へと女が仲介に入った。


「なんだ!お前は!?邪魔するな!」

「あ~、はいはい。ストップ、ストーップ。まずは話し合おう」

「るせぇ!!」


 右からのストレートを体を半身にしてかわし顎にフックを入れる。片方の魚人の男がカクンと膝から崩れ落ちた。女はもう一人に「あなたもやる?」と視線を向けると、両手を持ち上げて降参を示すようにウンザリとした顔を向けた。追いついたクウと亜矢は状況がよく分からず首を傾げるばかりだった。


****


「それで、なんで喧嘩してたの?」

「こいつが俺の女に手を出そうとしたんだよ」

「だから、出してねぇって言ってんだろうがよ!」

「んだと!?」

「はいはい。落ち付いて、今は話し合い殴り合いじゃないから」

「チッ…」

「で?問題の彼女さん。真相は?」

「彼は、その、助けてくれただけです……からまれちゃって…」

「と、言うことだけど」

「本当?」

「ああ、ここらのワルガキ共が手出そうとしてやがったからぶん殴って助けただけだ」

「らしいよ。彼氏くん」

「……らしいな。そいつらが来たぞ」

「報復ってやつ?」


 いかにもな男達がこちらに近づいてきていた。男二人と女はそちらに向き合った。二人は女を手で制したがその手をはねのけて横に並んだ。近づいてくる男達は明らかに殺気立っており二人を見た途端拳を握り女達に向かって駆けてきた。


「さっきはよくもやりやがったな!」

「るせぇ!」


 一人が相手の頬を殴った瞬間、背後で轟音が轟いた。いきなりの事にその場の全員が音源に目を向けると白と黒の巨剣で地面を切り裂いた女が居た。


「今、言うのは良いとは思わないけれど現状を分かってる?今戦争をしてるんだよ、三つの国とさ。なのに同族同士で争ってる場合?」


 女の言葉に周りは静まり返る。


「だからさ。そんな争いやめて、自分の大切な人を護る事に全力を注いだらどう?特に好きな娘が居る人は」

「もしかしてアンタ…」

「うん。解放軍を名乗ってる集団の頭」

「ようするにその解放軍に入れってことか?」

「強要はしないよ。ただ自分の大切なものは自分で護ってほしい。故郷だとか好きな人だとか家族、友人とかね」

「………俺も一緒に行っていいか?」

「私達は誰でも受け入れるよ。その代り覚悟しておいて、二度と大切な人の顔を見れなくなるかもしれないから」

「上等だ!腕っ節には自信がある。任せておけ」

「大丈夫だよ。彼女さん、私も最善の努力をするから」

「はい…あのっ…彼をお願いします」

「なんか違う気もするけど、任せて」


 女が腕を振ると巨剣は消え、根城の方向へと歩きだした。その後をクウと亜矢、魚人の男達が追った。先ほどの森の中を女を先頭にひた進む、十分も進むといつもの姿の根城が見えてきた。その大きさに新たな仲間となった魚人達は感嘆していたが何事もないかのように進む女とクウを足早に追う。ふと、城門に視線を向けると


「おっ、遅かったな」

「誰?見た事無い顔だけど」

「ああ、自己紹介が遅れたな。俺は大蓮寺琴雪だ、よろしく」

「名前はないから、名無し。それで何の用?」

「んあ?仲間に入れて貰おうと思ってな。足を運んだってわけだ」

「まあ、拒む理由はないからよろしく」


 女が手を差し出すと琴雪はその手を握り女をクイッと引っ張った。女はバランスを崩して琴雪の胸へと倒れこむと突然抱きしめられた。

 その姿を見ていた一同は皆別々のリアクションをしており、クウと亜矢以外はあまりの出来事にビックリして声もあげられていなかった。一方、亜矢は『うわっ、ドラマみた~い』などとぽつりと零していたが、隣に居るクウは並々ならぬ雰囲気を出していた。口元は引きつっておりドス黒いオーラを放っていたりする。

 突然の事に最初は目を見開いていた女だが、状況を把握すると琴雪の顔をジト眼で見上げた。が、次の瞬間これまで以上の緊急事態が訪れる。見上げた女のあごをくいと掴むとその唇にキスをしたのだ。目を見開いて顔を真っ赤にする女、キャーキャー騒ぐ亜矢、あまりの怒りにぷるぷると震えだすクウ、クウの姿を見てそそくさと城内へ退避して行く獣人達。


「なっ、なっ、なっ……」

「まっ、主目的はお前を頂くことだけどな」

「あ、あんたね!アタシの名無しになにしてんのよ!?」

「じゃあ、寝取らせてもらう」

「あはは…あはははは……こいつもう殺っちゃってもいいよね?人に勝手にキスしやがってさ。あぁ?何様?」

「ちょ、ちょっと?え~と、名無しさん?落ち着いて」

「亜矢……流石に我慢できない」


 恐ろしいほどの笑みをうかべて、手に白と黒の巨剣を携えて琴雪ににじり寄る。目のハイライトはすでに消え虚ろな目で琴雪を見据えている。流石に罪悪感やら恐怖感やらで冷や汗をダラダラ流しながら琴雪はジリジリさがって行くがそれよりも早く女は近づいて行き、白と黒の巨剣を振りかぶった。無論、刃は寝かして平面の部分を琴雪へ向けている。そしてついにフルスイングした。


「五、六っぺん、死にやがれ!クソ野郎ーーーー!!!」


 キャラがもうぶっ飛んじゃったりしてはいるが、これはもうしょうがないとしか言いようがない。いきなりキスされたのだから、取って当然の行動である。白と黒の巨剣の腹で琴雪をぶっ飛ばした女はさっぱりした笑みを浮かべ根城の中へと歩みを進めた。

 クウと亜矢が付いてこない事に気づき後ろで茫然と突っ立っている二人を呼ぶと女の自室へと向かった。


****


「さてと、亜矢。質問があるんだけれどもいいかな?」

「なに?」

「戦力として考えてもいい?」

「あたしを?どう?ナンナ」

(まあ、大丈夫じゃろう。満月さえ上っていれば――じゃがな)

「猫?」

「ん~…これでも神様だよ~あとはウルメリア~」

「お呼びでしょうか?ご主人様」


 亜矢の横には黒猫とメイド服を着た幼女が立っていた。いきなり現れた事に少しばかり驚いた女だったが、すぐに目を細める。


「彼女達は?」

「神様と魔導書に憑いていた精霊」

(ほう、お前。面白いものを憑かせておるのぉ)

「わかるの?」

(それにしてもよくそんな不安定なものを……)

「ああ、失敗作らしいからね。この神造の神。ね、レジュグリアス」

《本人を前にして言いますか?普通》

「ああ、うん、ごめんね」

《それで、なんのようです?》

「呼んだだけ、だったんだけど確認するために」

《衣になれるかですか?もちろん可能です。もう諦めたらどうですか?ほとんど同一の存在になっているのはわかっているのでしょう?》

「うっさい」


 レジュグリアスに言われ嫌そうな顔で答える。周りのメンバーがいまいち状況を把握していなかったみたいだが、そんなことに構わずじっと見つめ合う(睨みあう)一人と一柱

 すぐにナンナと亜矢が止めに入り何事もなかったが、他の国では一つ事件があった。


**ウッドノース・騎士詰所**


「ウォルドはいるか!?」

「はっ、ここに。王子どうされました?」

「ああ、最近父上の様子がおかしい。人が変わったように新大陸に船を出している。更には新たな城をも建造し始めた。母上の姿は見当たらぬ」

「それで、我々に何を?」

「うむ、クーデターを起こそうと思う。あれは父上ではない何か別のものだと僕は思う、しかも外交官に聞いた話なのだがサンゴールドを除く三ヵ国すべてが新大陸へと船を出している。どれも、おかしな話だ」

「クーデターですと?先にお聞きしますが王子、こちらの手駒は?」

「君たち近衛騎士団と全国民だ。民の皆も今の父上をおかしいと思っている、ならば立ち上がるのは王族の役目だろう?」


 ここら辺は兄妹なのだろう。思い立ったら即行動、すでに国民には密偵達に情報を流しておりほとんどの民が賛同していた。更に勝手に組み込んであるのだが――ミーナ達も恐らく攻勢に出るだろうと予測してアヴァロンは作戦を組み立てている。不確定な情報ではあるが新大陸――アカーシャで三ヵ国を敵に回して大立ち回りしていると言う『血濡れの悪魔』と呼ばれている者も居るらしい。これも不確定要素として作戦に組み込んでいる時点で、彼はかなりの博打に出ていると言っていい。

 これから本格化するであろう侵略戦争のこれはまだまだ序章である。まだまだ成長過程の策士の雛、古の龍を操る戦姫、忌み嫌われる眼を持つ心優しい魔王、そして悪魔の二つ名を持ち理から外れた白狼。

 彼らの存在がこれまでにない戦乱を呼ぶことになる。

ちなみに大蓮寺くんはトウハ出身です。

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