37話目 失う事
魔法が爆ぜる音、金属同士がぶつかり合い放たれる不快な音、剣に切り裂かれた兵士の断末魔、戦場を覆っていた。恭介達はすでに激化している戦場に着いた瞬間、その光景を見た。
「ナハト・レイ、俺達は今回、バラバラに突撃して敵の勢いを崩す。そうすれば、こっちは態勢を立て直せるだろうからな。メグ」
「なに?」
「メグは後方から殲滅魔法じゃなくて単発式ので援護射撃をしてくれ」
「うん」
「よし、各自突撃だ!」
ナハトは左へ、恭介は中央、レイは右に突入する。すぐに三人の姿に気付いた。敵兵が攻撃をしかけてくる。
敵の後方では漆黒の禍々しい鎧を着たヴェオウルフが大剣を振っていた。その横で指揮官のクレイ将軍が伝達兵に乱入した三人の対応策を部隊長に伝えるために奮闘していた。
「落ち着け…出来るさ」
「坊主」
「カイザーさん…」
達也は緊張していた顔を若干緩めるとカイザーの方を見た。達也はカイザーの素顔をしらないためヴェオウルフと言う事は知らない。右手に握る得物を握りしめて前に向かって構える。
「その、剣は飾りか?」
「いえ…すいません。俺は大丈夫です」
達也の持つバットは鈍器ではない。見た目はバットだが、斬る事が出来る。そして、普通のバットの様に中は空洞ではなく金属の塊だ。
「自信を持て、気合をいれろ。いいな?」
「はい。行きます!」
眼前の光景を睨みつけ駆け出す。右では仲間の兵士が敵兵を切り裂き悲鳴があがる。左では仲間がランスで貫かれ断末魔をあげる。次第に心を恐怖が支配し始める。バットを握りしめ自らを奮い立たせた。その時、目の前の味方が真っ二つにされた。その陰から出てきたのは鴉羽のような髪の紅眼の少女だった。手には血の滴る刀、見た瞬間、本能的に危険を悟った。
達也の姿を見た少女は驚いた顔をした。その隙を逃すものかとバットを頭上へ振り上げる。瞬間、一閃。袈裟掛けに少女を切り裂いた。否、少女の居た場所を切り裂いた。気配を感じ下を見る。そこには少女が小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。怒りを覚えたが、何も出来ない。次に起こった事は達也が予想だにしていなかった事だ。刀を支えにして少女が蹴りを放った。ただの蹴りではない。脹脛から魔力を放出し威力を増した一撃である。達也の鎧を凹ませ遥か遠くへと吹き飛ばす。後方に在った木をへし折り、もう一つの木を傾けてやっとの事で止まった。
恭介は驚いていた。何せ、向こうの世界の友人と再会したのだ。驚くのは当然だろう。友人を殺さぬように蹴りで戦場の外へ吹き飛ばし、周りの敵兵を切り裂く。右から斬撃が来る。体を右へ捌き、その遠心力を活かしたまま首を飛ばす。真横に振るわれた剣をしゃがんで避け立ち上がると同時に切り上げ、背後へ雷を放つ。
「邪魔だ。ファイアー・レイン」
炎の雨が恭介の周りに降る。一瞬にして、周りを火の海にした時、おかしい事に気づく。ナハトとレイが苦戦しているのだ。
ナハトは周りを囲まれ力をドレインの魔法で吸われていた。ナハトの得意レンジは近距離戦闘の為、つかず離れずの微妙な立ち位置に立たれると、善戦は困難となる。さらに魔力をドレインで吸われている為、魔法の使用も困難であった。かわってレイの得意レンジは中距離からの魔法使用とナイフによるヒット・アンド・アウェイだ。剣士達が来る為、必然と近距離戦闘となる。二人は次第に怪我を増やしていっていった。二人を助けようと敵を斬って近づこうとするが次々と無尽蔵に敵兵が涌いてくる。
「ナハト!レイ!」
【なんだ!?今は忙しいから後にしてくれ!】
「ああ!クソ!」
湯水の如く現れる敵を恭介の後方でゼトも、苦戦していた。
恭介は前方の剣を振りかぶっている敵兵に向かって腰の剣を外し投擲した。虚を突かれ驚いた瞬間、脇の鎧の隙間へ切っ先を差し込み真下へ切り裂く。飛んできた魔法で切り裂き、振り返りざまに隣の敵を斬る。
「皆!防御魔法を使え!デカイの一発使う!」
「防御態勢!!」
「天の真の神々に願う。我に仇名す者に裁きを――」
飛んでくる魔法を全て切り裂き迎撃する。近づく敵兵には凶刃を振るう。
「我求む。味方には祝福を。我求む。敵には破滅を――」
次第に、空が陰りだす。流雲が止まったように太陽光を遮る。
「幻想曲第一章――裁きの氷塊」
雲を割り、一山ほどもある氷塊が現れた。中心部には黒い物がある。兵士達は動きを止め大空を見上げていた。落ちてくる氷塊に気がついた味方が一斉に防御魔法を張り始めた。黒い物を見つけメグは焦っていた。
「もしかして、あれは…」
メグの記憶が正しければ、あの程度の防御魔法では下が壊滅する。急いで味方に最上級防御結界を何重にも張る。けれども、冷たい汗が背中を伝うのは止められなかった。
地面に氷塊が衝突した瞬間、周りに爆風が吹き荒れた。ある者は潰され、ある者は風で吹き飛ばされ地面と衝突して絶命した。
”真の神々”それはこの世界を捨てた神々、メグ達、偽りの神々の創造主、彼らが作ったこの魔法はこの世界では言い伝えられていない。神々が存在を知る程度の物だからだ。その魔法が今発動している。
「第二章――咎の巨神」
地面に接触した黒い物から腕が伸びた。その先に居た兵士を握り黒の中へと飲み込んだ。右から紅い手甲の腕が出てくる。左から蒼い手甲の腕が出てくる。黒が消えた場所に漆黒の龍神が居た。
おもむろに手を伸ばし兵士を掴んでは吸収し始める。そこへ無表情の人形のようになった敵兵が突撃する。
「ゼト!兵をさげろ!」
「なに?逃げろと言うのか?」
「見ての通り、あいつは敵味方関係なく襲う。だから第四章まではメグの元に引いてくれ」
「全軍!さがれ!メグ殿の元までだ!さがれ!」
撤退させている間も、神は人を食べ続ける。食べるたびに姿は禍々しくなっていく。
「第三章――浮獄」
金の瞳を爛々と輝かせ神は敵兵へ歩み始める。右には紅蓮を携え、左には蒼蓮を携える。当然の事のように腕を振り上げ殴りつける。握りつぶす。踏みつける。
腕を交差させ、蒼と紅の光が混ざる。そして投擲。空中でばらけ無数の針になったかと思うとクラスター爆弾のように地面に降り注いだ。
針に体を削られ、砕かれ、貫かれ、絶命する。一人、また一人と神の糧となっていく。
「第四章――祝福の雨」
瞬間、神が砕けメグの元に居る兵士達に虹の雨が降り注いだ。
雨にあたるたびに兵士達の顔から疲れが消えていく。なかには勝つぞ!俺達は勝てる!と言い出す者が現れ始めていた。が、ゼトは崩れさる神をじっと見つめていた。
「第五章――天女の戯れ」
神が崩れ去った場所に女が浮いていた。微笑みをうかべ、七色に輝く髪、純白の衣。その姿がかき消え、敵兵の目の前に現れる。自然に相手の胸部へと手を伸ばし、心の臓を引きずり出した。それを吸収するための行為をした。すなわち、口へ運んだのだ。死体からの返り血を浴び衣が赤く染まる。口元には血が一筋垂れていた。が、微笑みを浮かべたまま抉り出しては喰らう。
喰らう。
食らう。
食らう。
次第に白く綺麗だった衣は血で染まり黒く変色していた。
天女を避けながら戦うナハトの元へ風の如く向かう存在があった。カイザーである。大剣を上段より一閃
【貴様!?】
「死にぞこないが、大人しく我が糧となれ」
【お断りだぜ!】
「ならば、これでどうだ?」
片手で容易く大剣を操り、ナハトのガードを崩す。そして、腰からナイフを取り出し一刺し
「一つ目だ」
「ナハト!?」
【大丈夫だ。お前の手伝いくらい果たす】
拳を振り上げる。最後の力を振り絞りフルフェイスの兜を叩き割った。
【楽しかったぜ。あばよ】
「次はあの女か」
「お前ぇえええ!!」
恭介はカイザーの元へ駆けだす。下段からフェイントを放ち、唐竹割りの要領で斬り下ろす。その太刀筋を簡単にいなされ、腹に蹴りを食らい吹っ飛ぶ。
「お前は後だ。そこで無様に待っていろ」
「ま…待て…」
レイにターゲットをつけたカイザーは恭介の言葉に耳を傾けず残像が出来るほどの速さでレイに肉薄する。
【なっ!?結界!】
「無駄だ」
レイの張った結界をバターの様に切り裂き、大剣を突き刺す。
「二つ目…弱い…弱すぎる…貴様らは個々ではこの程度か!恭介!」
「てめぇ…」
「恭介!?」
「メグ!?来るな!」
「そうか。お前がまだ残っていたな」
「最終幕――神器!」
先ほどまで兵士の心臓を喰らっていた天女が恭介の目の前に現れる。恭介はおもむろに天女の胸元を掴んだ。すると、天女が白と黒の大剣に変わった。刃の根元には金色に輝く宝珠がはめ込まれている。
「神殺し――レジュグリアス」
肩に担いで構える。恭介の姿がぶれたかと思うと次の瞬間にはカイザーの頭上に姿を現しレジュグリアスを振り下ろす。寸での所で自らの大剣を間に割り込ませ防ぐ。
「ぐおっ!?」
「まだだ!」
くるりと回転し着地し、肉薄、真横へ一閃、弾かれる。
袈裟掛け、弾かれる。
切り上げ、弾かれる。
「剣に振られているぞ?」
「ぬあ!?」
足を滑らせた。見上げると大剣を振り上げたカイザーの姿、死を感じて防御態勢に入ろうとするが、メグに突き飛ばされる。袈裟掛けに振り下ろされた凶刃はメグをあっさり切り裂いた。
「メグ?」
「ごめんね。恭介、でも、私には”死”と言う物がないから、記憶はリセットだけどね。さよなら」
「そんな…」
「好きだったよ」
「やめろよ…おい…」
―――――――――
パリン
ミーナが恭介から預かったネックレスが音を立てて砕けた。
「え?……まさか…」
茫然と砕けたネックレスを見つめる。そして、ある結果に繋がった。
「シンシア!急ぐわよ!」
「ちょっ、どうしたの?」
「いいから!テレポート!」
城の中から二人の姿が消えた。
―――――――――
二人はボロボロに傷ついていた。腕から血を流し、頬も切れ全身の至る所に打撲
「さっさと…やられたら…どうだ?」
「余裕がないようだな?」
「お前こそ…」
恭介は考えていた。一撃でカイザーを倒す技は存在するには存在している。が、しかし、強力故に代償がある。その代償が大きすぎるのだ。即ち、使用者の命
放てば死あるのみ、当てれば勝ち、外せば負け。簡単な事だ。カイザーにも手段があるらしく上段に構えたまま微動だとしない。
「次で決めてやろう」
「俺のセリフだ」
レジュグリアスを脇に携えるように構える。脇構えの体勢、息を整える。
「我差し出すはこの血潮、この骨肉。主が差し出すは眼前の敵を打倒する力なり」
金色の宝珠に輝きが燈る。次第にレジュグリアスが発光し始めた。
「おぉおおおおおおお!!!」
「はぁあああああああ!!!」
漆黒の大剣と白く輝く大剣が衝突する。放たれる光が恭介の視界を埋め尽くす。最後に見たのはミーナの笑顔だった。
ミーナは丘より広がる光を見ていた。恐らく、あれがこの戦闘での最後の光だろう。光が収まるのを待ち。収まった瞬間、光源の元へ走りだした。
――――
「なにこれ……」
地面に突き刺さっていたのはミーナの父が恭介に渡した。宝剣の赤い剣だった。どこにも恭介の姿は見えない。どこにも、それにレイもナハトも、更にはメグの姿すら見当たらなかった。
突然、ミーナの肩に手が置かれた。ゼトの手である。
「ねぇ、恭介は?」
今にも泣きそうな顔で、声でゼトに問いかける。
「ねえ、恭介達は?」
ゼトはなにも答えない。いや、答えられない。
「ねえ!教えてよ!恭介達はどこ!?」
「……死んだ」
「え?」
「彼らは俺達の国を守って死んだんだ!もういない!」
「そんな……」
「ミーナ…」
ミーナの叫びが空に響いた。
これで、第一章はとりあえず終了です。まだ、キャラ紹介みたいなのを最後に入れると思いますけれども
それと、まだ『世の中平和なのが一番いいと、今更思う』、略して『世の平』は終わりませんよ!
第二章が今か今かと準備しております。ちなみに、第一章までの一人称に変わり三人称が中心です。
第二章での主人公はどうなってしまうのか!?亜矢がメイン主人公へ格上げか!?
とまあ、気になるところですが
それでは