7 失われた都市
天に描かれた円環が、輝きを増す。
巨大な光の輪がゆっくりと地表へ降り、淡い音と共に宙に浮かぶ門となった。
それは空間に開いた”転移の扉”と呼ばれる古代の魔術だった。
ガレリアが一歩下がり、扉を指し示す。
「『ロイド』かつて”光の王”が築いた、失われた都市へ。
あなたたちの旅は、そこから始まります」
ハルトは剣を背に収め、クミーラの手を取る。
小さく震えていた彼女の手を、ぎゅっと力を込めて握り返した。
「行こう。クミーラ」
「……うん」
二人が門をくぐった瞬間、視界が真っ白につつまれた。
次の瞬間。
空気が変わった。
乾いた風が頬を撫で、辺りには廃墟となった石造りの建物が並んでいる。
古びた塔や朽ちたアーチ。その全てが、時の流れを物語っていた。
「ここが……『ロイド』?」
クミーラが息を呑む。
彼女の目には、半ば崩れながらも威厳を保つ大聖堂の姿が映っていた。
ハルトが足元に転がる古い剣を蹴り除いた時。
「やっと来たか。お前ら」
背後から声がした。
聞き覚えのある、軽薄そうな声だ。
振り返ると、そこにいたのは……
「テツ!?おまえ、どうしてここに!」
赤銅の髪を肩で揺らす青年。
不適な笑みを浮かべ、傷だらけのマントを翻して立っている。
「おう、俺もこの世界に”呼ばれた”らしくてな。奇跡的に今まで生き延びてたんだよ」
テツ・イシノモリ。
ハルトの高校時代のクラスメイトであり、格闘技全国大会の常連。
その豪快な性格と、どこか掴めない器用さで人気を博していた男だ。
「まさかお前も転生してたなんて……」
テツは肩をすくめる。
「おまえだけ特別扱いだと思うなよ。オレはここで”闇の使徒”と戦う部隊にスカウトされてさ。なかなかに忙しかったんだぜ?」
クミーラが訝しげな眼を向ける。
「闇の、使徒?」
「おっと、話すのは後だ。ここは、まだ”安全”じゃねえ」
その言葉の直後だった。
地下から、低い唸り声と共に地響きが広がる。
「来やがったか」
テツが振り返り、構えを取る。
彼の腰には、黒鉄のような二本の短剣が収まっていた。
「”影喰い”だ。最近、こいつらが廃墟の地下から湧いてきててな。
ちょうど腕が鳴るところだったんだ。ハルト、共闘といこうぜ?」
ハルトは剣を抜き、頷いた。
「こっちも力を試してみたかった。いくぞ、テツ!」
こうして、かつての学友と共に迎える初の本格戦闘が始まった。
黒い霞みが地面の割れ目から滲み出すように広がっていた。
そこから現れたのは、四足で這いずる異形の獣。”影喰い”だった。
毛皮は煤けたような闇色、瞳は真紅に光り、口元からは紫色の涎が滴っている。
その姿は狼にも似ていたが、背には羽の名残のような骨が飛び出し、身体は不自然に長い。
「3体……いや、奥にもまだいる!」
クミーラが後退しながら詠唱を開始する。
その魔力の流れを、ハルトは感じ取っていた。
「先手を打つぞ! テツ、左を任せる!」
「了解だ! 久々に暴れるかぁ!」
ハルトが飛び出し、正面の影喰らいと互いにぶつかり合う。
”風刃の構え”。風の気配を纏い、剣を水平に振る。
斬撃が空気を裂き、1体の影喰らいの左前脚を切断。
獣が悲鳴を上げる前に、ハルトはさらにもう一撃を叩き込む。
……が、影喰らいの動きは止まらない。
傷口から黒い煙のようなものが吹き出し、瞬く間に再生し始めたのだ。
「なに!?再生するだと。厄介な!」
その瞬間、テツの短剣が別の影喰いの頭部を貫いた。
「ハルト。こういう奴はな、芯を潰せばいいんだよ!」
彼の武器はただの鉄ではなかった。
闇を裂く魔銀『ミスリル』を練りこんだ対魔獣短剣。
そして、テツ自身の闘気がそれをさらに鋭くしていた。
「魔核を狙え!ハルト。胸の中心に黒い結晶がある!」
「了解。クミーラ、援護を!」
「おっけー。いくわよ、『光鎖チェーン』!」
彼女の魔法が光の鎖を編み込み、影喰いの動きを封じる。
その一瞬に、ハルトの剣が閃く。
ザシューーーッ !
黒い獣の身体が崩れ、残されたのは砕けた魔核の破片だった。
その破片からは邪気が失われ、空気が清浄になる。
「終わった、か。」
3体の影喰いは倒れたが、クミーラの顔に安堵はない。
「この数は、”前触れ”かもしれない。まだ他の何かが、近づいてきている」
テツが肩をすくめながら、石壁にもたれた。
「上等だよ。こっちも、会わせたい奴がいる」
「会わせたい?」
「俺たちと同じだよ。”転光者”だ。……オレ以外にも、ここで目を覚ました奴がいるんだ」
ハルトとクミーラは顔を見合わせた。
それは、彼らの旅が自分たちだけのものではないことを示していた。
”運命の奔流”は、すでにいくつもの選択を見せ始めていた。