6 外の世界
刃が光を裂く。
”使徒”の肩口に、鋭く突き刺さった。
だが、血は出ない。
代わりに、無数の”文字”が空中にばら撒かれた。
『エラー:コード断裂』
『再構成:影核強制展開』
ハルトが剣を引き抜くと同時に、”使徒”は再びその姿を変えた。
全身から黒い霧が噴き出し、今度は翼を持つ獣の形へと変貌する。
クミーラが悲鳴を上げた。
「嘘。あれ、魔物でも、魔術でもないっ!なんなのよ、あいつ!」
ハルトの額から、初めて汗が伝った。
だが、彼は剣を下げない。
むしろ、心の奥底で、「それでも、やれる」
と確信していた。
彼の中で、何かが目を覚ました。
翼を持つ”使徒”が咆哮した。
黒い音波が空気を裂き、ハルトの耳に直接突き刺さる。
(この声は……脳を揺らす!)
膝が震える。
だが、踏みとどまった。
剣を握る両手に、力を込める。
それは恐怖に抗うためではない。
今、この状況に”応じてしまっている”自分自身を受け入れた証だった。
「クミーラ」
ハルトは背後にいる少女の名を呼ぶ。
「あの獣、俺一人で戦わせてくれないか?」
「ハルト」
彼女の声には、怯えと、信頼の両方が宿っていた。
それを背に受けて、ハルトは前を向く。
「俺はまだ、何も知らないしわからない。けれど、俺の中にあるこの力……確かに、聞こえている」
風がざわめいた。
剣の表面に、光の文様が浮かび上がる。
”記憶”のような何かが、脳裏に流れ込んでくる。
風の流れ、光の奔流。剣技『奔流。第一式』
無意識に構えを取っていた。
剣が、まるで意思を持つかのように、手の中で脈動する。
「うおおおおッ!!」
突進。
一瞬の加速。地を蹴ったその刹那、ハルトの身体が光に包まれた。
目にも止まらぬ速さで、”使徒”との距離が消える。
黒翼の獣が咆哮するが、それすら遅い。
「喰らえ……ッ!!」
『奔流一式:破光斬!』
斬撃が光の帯を描いた。
まっすぐに、”使徒”の中心を切り裂いた。
ドォンッッッ!!!
爆風。
地面が揺れ、黒い霧が四散する。
空に浮かぶ影が、悲鳴のような音を残して消えていった。
そして、静寂。
砂埃の中、ハルトは一歩、また一歩と歩を進めた。
その剣先には、もう敵の気配はない。
「勝った……の?」
クミーラの声が、どこか現実味を帯びていた。
「わからない。わからないけど……」
その時だった。
空から、無数の光の粒が舞い降りてきた。
その中心に、一つの”存在”が浮かんでいた。
「ようやく。目覚めたか、”光の継承者”よ」
金色の瞳を持つ、美しい女がそこにいた。
彼女は、確かに人ではなかった。
その背にたなびく、六枚の光翼が、そう物語っていた。
クミーラが言葉を失う中、ハルトは剣を構えたまま問う。
「お前は……誰だ?」
「私は”フォース=ガレリア”。この世界の”外”から来た者。そして、あなたの本当の”導き手”」
眩い光が空に揺れていた。
その中心に立つ”ガレリア”は、まるで幻のように浮かび、柔らかく微笑んでいる。
「あなたの名は。鳳凰寺波音。異界の民。
この世界”ライト=アルディア”において、光の継承者と定められし者」
ハルトは剣を下ろすことなく、視線を鋭く保つ。
「……”継承者”って、どういうことだ」
「あなたは選ばれたのです。
”彼方の門”を越え、魂の芯に(古き光)のかけらを宿した。それは偶然ではなく。宿命」
「宿命……」
クミーラが思わず声を漏らす。
ガレリアは続けた。
「この世界には、幾度となく闇が迫りました。かつては”光の王”と呼ばれる存在がそれを封じてきました。が……いまや、王も、剣も、すでに失われた」
ハルトの脳裏に、先ほどの”記憶”のような剣技がよぎる。
「じゃあ……この剣は?」
それは『光環剣グランザイル』。かつて王が使っていた聖剣の一部。あなたの魂が、それを呼び戻したのです」
(俺が……呼んだ?)
ハルトは自分の手を見下ろす。
そこには確かに、熱く、しかし優しく脈打つ剣があった。
「あなたはこの世界を変える可能性を持っている。けれど、それは”強制”ではない」
ガレリアの声が穏やかになる。
「選ぶのです。ハルト。
”このまま元の世界に戻る”こともできます。だがもし、”この世界の運命と向き合う”なら、その剣が、あなたに本当の力を導くでしょう」
ハルトは沈黙した。
一瞬、頭をよぎったのは、元の世界、見慣れた街、家族、何気ない日常。
でも、それは”戻ることのない夢”のように遠くに感じられた。
(俺は……戻る場所を、もう過去へと置いてしまったんだ)
そして、今目の前にある”現実”。
クミーラの怯えた顔。
この世界の運命が、今、確かにここにある。
「俺は、逃げない。この剣が、誰かを守れる力なら。この命が、この世界に必要なら、戦うよ」
クミーラが、泣きそうな笑顔を浮かべた。
ガレリアは微笑みを深くし、そっと地上へと降り立った。
「その答えを聞けて、よかった。では、導きましょう。”光の旅”の始まりへと」