16 イシスの神殿
熱砂のイシス。かつてこの大陸の中央に存在した巨大な湖は、今では無数の熱砂の波と赤熱する岩の大地に変わっていた。
砂の中から吹き上がる熱気が空間を揺らし、視界すら歪ませている。
「やっぱり、普通の環境じゃないね」
リゼが顔をしかめ、額の宝石に手を触れる。
「ここ、時間の流れも歪んでいる。少し気を抜いたら、永遠に彷徨うかも」
ハルトは、腰の鞘からコアブレードをわずかに抜き、光の反射を確認する。
剣は応えるようにわずかに震え、何かを示すように輝いた。
「剣が、導いてくれている。神殿は……、たぶんあっちだ」
彼らが向かう先には、巨大な炎の柱が空へ突き刺さっていた。
それは神殿の結界でもあり、標でもある。
やがて、砂嵐をこえたその先に、それは現れた。
『イシスの神殿』
巨大な球体と螺旋状の構造を持つ、”神の記録”を保管する空間。
全体が赤熱した金属のように輝き、近づくだけで皮膚が焼けるほどの熱が襲いかかる。
「この中に、『神の記憶』が眠ってる?」
「うん。でも、中には残滓じゃない本物がいる。神喰らいがここを破壊しきれなかったのは、その存在が守っているから」
ハルトは深く息を吸い、神殿の扉へ手を伸ばした。
扉は静かに開き中に入ると、そこは完全な無音だった。外の灼熱が嘘のように、ひんやりとした空気が漂う。
だが、その静けさの中には、目を開けたまま眠る巨神の気配があった。
広間の中央、そこに立つのは、人の形を模した、炎の鎧に包まれた存在。
「来たか。光の継承者よ」
「君は、誰だ?」
「我は『ヴィヨルド』。神々の時代、記録の守り人にして、”裁定の代行者”だった者」
その名に、リゼが目を見開く。
「この存在は……、本物。”記録に刻まれし神の人格そのもの”!」
ヴィヨルドは、剣を突き立てるように地に構える。そして、告げた。
「証明せよ、継承者。お前に記録を託す資格があるか、その剣に問おう」
空気が爆ぜる。次の瞬間、炎の渦が襲いかかる。
ハルトは剣を構え、吠えた。
「なら、答えるよ。俺の意思で!」
戦いが始まった。
炎と光の斬撃が神殿を揺らし、時折その奥に眠る、記憶の片鱗が垣間見える。
”神々が交わした契約”
”世界を繋ぐいくつもの道”
”神喰らいの正体”
そして……、ハルト自身の名が?古代の言葉で刻まれていた。
(なぜ?俺の名が神の記録に……?)
ヴィヨルドの斬撃が止まる。そして、剣を収めると、静かに頭を下げた。
「その閃光と意志、確かに見届けた。ならば、記録を託そう」
神殿の中央に、純白の水晶球が浮かび上がった。それは”刻まれし神の記録”。世界そのものの根幹に触れる『最深の知識』。
「だが、注意せよ。それを垣間見た時、お前は二度と元の人間には戻れぬ。それでもなお、望むか?」
ハルトは、わずかに躊躇したあと、強く頷いた。
「この世界を守るためなら、俺がどうなろうとも構わない」
彼が記録に触れた瞬間、光が溢れた。
彼は見た。
”世界が生まれた瞬間を。神々が設計を終え、消滅していった記憶を。そして、喰らった存在が、全てを再構築しようとしている現実を。”
そして最後に、記録はこう告げていた。
”最終設計は、神喰らいによって書き換えられつつある。だが、それを止める鍵は光の継承者にあり。書き換えられる事こそが書き換えられるであろう”と。
記録は消えた。残されたのは、ハルトの掌に刻まれた新たな印。
それは、神の設計権限を意味する紋章だった。