15 禁呪の門
断崖都市ギアンテを後にして三日、ハルトとリゼは北東に広がる丘陵を越え、『禁呪の門』と呼ばれる古代遺跡へと辿り着いた。
そこは、あらゆる魔法を狂わせ、精神を蝕む”呪的干渉”に満ちた空間だった。
だが、その先にイシスの神殿があるのだと、オギザエルは語っていた。
「空気が、重い。まるで、空間自体が怒っているみたいだ」
ハルトが眉をひそめる。
「この門は、”世界の設計”そのものに繋がる回廊。かつて神々が使っていた、いわば世界編集ツールみたいなものだから」
リゼは冷静に言った。
ハルトは門の中心部で禍々しい光を放つ『呪刻の円環』を見つめた。
そこには、意味を成さぬ言葉が並んでいるように見えたが、彼の背の翼がそれに反応し震える。
『ゲート承認:転光者。光翼反応』
「俺、通れるみたいだ。鍵は、”背の翼”か」
「うん。あなたの中には『神核』の因子がある。もしかすると、この門は、あなたの帰還を望んでいるのかも」
そう言ったリゼの表情は、どこか悲しげだった。
門が音もなく開く。
その先には、無限に続く書庫のような空間が広がっていた。
空に浮かぶ階段、逆さまの塔、紙で造られたかのような獣、まるで……、物理法則の全てが狂った夢の中のようだ。
「ここが、旧世界の設計図?」
リゼは静かに頷く。
「正式名称は、『プロト・アーカイブ』。世界を創る神々が、自らの意思で記した”理の骨格”。
けれど今は、設計者の亡霊がここを守っている」
その時、空間が歪み、一体の人型が現れた。
それは、全身が紙とインクで構成された書物の巨人だった。
顔もない。ただ、胸部に”蒼”の刻印。
「ようこそ、光の継承者よ」
「言葉を?」
「我は『ゼフィール』。この空間の管理者であり、旧世界最後の設計者なり」
リゼが低く唸るように呟く。
「この存在感、神と等しいわ」
「質問する。お前はこの門を越え、何を望む?」
ハルトは剣を構えず、目を見据えて答えた。
「”神喰らい”の本拠を探す。この世界の真実を探し、これ以上罪のない人々を死なせない為」
沈黙。そして、ゼフィールは静かに腕を広げた。
「ならば、その覚悟を証明せよ。お前の記憶と精神を剥き出しにし、”虚無”に抗え」
次の瞬間、空間が一転する。
ハルトは、かつての世界へと引き戻されていた。
廃墟と化した地球、破壊された街、瓦礫の山、そして……、
あの時の”選択”が、彼の前に再び現れる。
「お前は、何度でもそれを繰り返すのか……」
”選べ。お前が救う者を。そして、見捨てる者を”
(やめろぉぉぉ……!)
だが、ハルトは抗い、剣を振るう。
ハァハァ……。
「俺は、同じ過ちを繰り返さない!誰も見捨てたくないんだ!!」
『コアブレード』が爆発するように光を放ち、記憶の檻を破壊する。
ゼフィールが再び現れた。
「合格だ。虚無に屈せぬ意志、それが世界をつなぐ鍵。ならば、”神の設計図”の一端を授けよう」
手のひらに浮かび上がったのは、黒曜石でできた小さな歯車の欠片。
「これは?」
「神喰らいの心臓部『ルートエンジン』。それは神の力を模倣する核。
この欠片を持つ者のみ、イシスの神殿へと至ることができる」
そして彼は、最後に言った。
「だが覚えておけ。設計者の手が全てを創ったわけではない。本当の神は”滅びの先”に現れる」
空間が崩れ、眩い光とともに門の外へと押し出されていた。
ハルトとリゼは、灰霧の風の中に立っていた。
手には『ルートエンジン』の欠片を持って。