14 リゼ
ロイドを後にして数日。
ハルトは一人、東の大河沿いに広がる草原地帯を進んでいた。
背後には、崩壊と再生を経た都市。
その光景は、遠く離れてなお彼の心に火を灯していた。
新たな目的地は、帝国領最北の自由都市。
そこに、”神喰らい”と呼ばれる存在が潜伏しているという情報を得たのだ。
「”神喰らい”。なぜそんな存在が、今になって動き出す?」
ハルトは独り言のようにつぶやいた。
だがその疑問に答えるように、空気が震えた。
風が止み、地面が微かに揺れる。
何かが近づいている。
彼の視線の先、草原の彼方から黒煙が上がる。
それはただの火災ではない。
炎と共に、大地が呻くような低音を発していた。
「これは、戦いの跡か?」
ハルトが駆け付けた先にあったのは、焼き払われた小さな村だった。
木々は焦げ、土は抉れ、建物は影も形も残っていない。
そしてその中央に、なんと、一人の少女が座り込んでいた。
白銀の髪、紅の瞳。
その身には、古代語で刻まれた呪印が浮かんでいる。
ハルトが近づくと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……君が、ハルト?」
まるで知っていたかのような口ぶり。
「君は?」
「私はリゼ。『リゼ・フォン・ザキレシア』。
この村の守り人だった者。そして、”神喰らい”の追跡者でもある」
その名には、聞き覚えがあった。
リゼ・フォン・ザキレシア。この名は確か、数百年前に滅んだ王国の、噂に名高い女性騎士団長と同じ名前。
にもかかわらず、今、目の前にいる少女は……。
「君は、……まさか」
「ああ。私は、”呪縛者”。時を喰らい、終わりのない戦いを生き続ける者」
彼女は、笑った。
その笑みに、どこか諦めと、希望の残滓が混ざっていた。
「ハルト。君は”光の継承者”らしいね。なら、私と一緒に来て。
次の”神喰らい”の兆しがある、北方の断崖都市ギアンテへ」
ハルトは答えを迷わなかった。
「わかった。行こう。俺も知りたい。”神喰らい”が、この世界に何をもたらそうとしているのか」
そして二人は、北を目指して歩き出した。
旅を始めて五日目、ハルトとリゼはようやくギアンテへ到着した。
この都市は、断崖絶壁に沿って築かれた旧王朝の遺構であり、今はほとんどの区域が廃墟と化していた。
にもかかわらず、住人がわずかに存在し、都市機能の一部は維持されている。
それは、かつての栄華と神話を求めて集う”遺物狩り”の者たちが支えているためだった。
「静かだな、死んだ街みたいだ」
ハルトは、石畳に響く自分の足音を聞きながら呟いた。
「でも、ここには”息づく亡霊”がいるよ」
リゼが不意にそう言った。
「亡霊?」
「文字通りじゃない。けれど、かつて神に抗い、滅んだ一族の生き残りが潜伏している。そして、その中に、”神喰らい”が紛れている可能性があるの」
リゼの表情は、いつになく険しかった。
ハルトたちは、情報を得るために市壁内の酒場『ログラスの泉』を訪れた。
そこは遺物狩りや傭兵たちのたまり場であり、よそ者を試すような視線が突き刺さる。
そこへ一人の老男が、ハルトたちの方へと近づいてきた。
背中には古びた銀色の剣、片目に黒い眼帯、その風貌は……、歴戦の戦士を物語っていた。
「”瑠璃色の目”の少年、そして呪印が刻まれた女。噂どおりだな」
「俺たちを知っているのか?」
「俺の名は『オギザエル』。元はこの都市を守っていた者だ。だが今は、見届けるだけの亡霊さ」
その言葉と同時に、壁の裏で何かが動いた。
直後、爆発音。
酒場の窓が破壊され、影が飛び込んできた。
黒い鎧を纏い、顔を仮面で覆った異形の戦士。
その背からは、黒煙のようなオーラが立ち昇る。
「”神喰らい”の尖兵!」
ハルトは咄嗟に『コアブレード』を引き抜いた。
周囲の空間が瞬時に歪み、時が凍るように遅くなる。
「リゼ、援護を!」
「了解!」
刹那、戦闘が始まった。
仮面の戦士は、ただの物理攻撃ではない。
剣を振るうたびに、空間が削られるような感覚、まるで、次元そのものを斬る”異能”だった。
「こいつ、神喰らいと同じ力を持ってる!」
「でも違う。これは”複製体”……本体じゃない。けど、殺しにきてるのは本気だよ」
ハルトは、剣を振るいながら”違和感”に気づく。
この敵は、俺の動きを、読みすぎている?(まさか、俺の”未来”を見てるのか?)
リゼが叫ぶ。「ハルト、背後だ」
だが、それすらも敵は読んでいたかのように、すでに回避の構えを取っていた。
「なら、未来すら断ち切る!!」
ハルトの剣が赤く輝き、完全な『次元切り』へと移行する。
一振りで、敵を空間ごと引き裂き、仮面の戦士は後方へ吹き飛んだ。
「やった……?」と息を漏らした瞬間、敵の仮面が砕け散り、地面に転がった。
あらわになったその仮面の下には、まだ十にも満たない少女の顔があった。
「なっ……!」
「リゼ、殺すな!」
リゼの攻撃が寸前で止まる。倒れた少女は意識が薄れながらも呟いた。
「”あの方”に伝えて、”ハルトが目覚めた”と………」
そして、彼女の体は、黒い霧となって消えた。
残されたのは、仮面の欠片と、神の文字が刻まれた片羽の装飾。
それは明らかに『光翼兵器』の一部だった。
「この子は、人間じゃなかった?」
「いや、”神を模して造られた者”だよ。そしてその設計者こそが神喰らいの中枢にいる存在」
リゼの言葉に、ハルトははっきりとした意志を宿した。
「決めた。俺はこの神喰らいを追う。この世界に、どれほどの真実と絶望があろうとも」
この戦闘を見ていたオギザエルが囁いた。
「なら、教えよう。”神喰らい”の一人は、北東の『熱砂のイシス』に眠る神殿にいる。
だがそこへ向かうには、『禁呪の門』を通る必要がある。気を付けて行けよ」