10 空中都市ヴィバイア
光の門をくぐり、周りの様子を窺う。
「ここは……?」
ハルトの目に飛び込んできたのは、雲よりも高い空に浮かぶ、神殿と庭園が融合したような美しい都市『ヴィバイア』だった。
白亜の建造物群が、魔力の光を帯びながら穏やかに呼吸しているかのように漂っている。
「信じられない……完全に、空に浮かぶ都市よ。重力はどうなってるのよ?」
クミーラが感嘆の声を上げる。
「ここは、『始原の塔』を守るためにかつて造られた神の領域。本来、人間が立ち入ることのできない場所」
カレンの声に、ほんのかすかな緊張が混じっていた。
だが、空気はどこまでも静かだった。
風の音すらなく、時間が止まったように錯覚する。
「誰も……いないのか?」
そう呟いたハルトの声に応じるかのように、ひとつの影が、空中に現れた。
白銀の髪を持つ少年。年齢は、ハルトたちとさほど変わらないように見えた。
だが、その目には、計り知れない深淵のような光が宿っていた。
「光の継承者よ。ようこそ、『神々の書庫』へ」
少年の声が響くと同時に、都市の中心部にある巨大なドームが、音もなく開かれていく。
「僕は『ゼル』ーーこの都市の番人であり、最後の『偽神』」
ハルトたちの背筋に、冷たいものが走った。
”偽神”ーーそれは、かつて世界を惑わせ、滅ぼしかけた存在とされていたはずだった。
「待て、どういうことだ。お前が、偽神!。だと……?」
「偽りの神、そうだよ。僕たちは神を模した存在。人の欲望が生んだ、力の器さ」
ゼルの言葉は、どこか哀しげだった。
「かつてこの都市では、世界を管理しようとする者たちが集まり、真の”神”に挑もうとした……その結果が、『光の奔流』の分断だ」
「光の奔流が……分断された?」
ハルトが問うと、ゼルは静かに頷いた。
「もし、君たちがこの先に進むとしたら、光の分断、つまりその再結合を目指すことになる。でもそれは、ただの破滅かもしれない。奔流が完全な姿を取り戻したとき、この世界は再び”原点”に還るんだ」
「原点……?」
「創造と破壊の交差点。すべてが始まり、すべてが終わる場所だよ。ハルト」
そのとき、ゼルの手が宙をかき、光の地図が浮かび上がった。
それは、この世界の根幹を成す”7つの核域”の位置を示していた。
そしてその中心に、まだ誰も見たことのない空白『第零領域』が輝いていた。
「君たちが探している”最後の鍵”は、そこにある。だけど、そこへ至るには、神をも超える力が必要なんだ」
沈黙のあと、ゼルは一歩近づき、ハルトを見つめた。
「もし、それに耐えられるなら。僕は君に試練を授けよう。『偽神の審判』をね」
次の瞬間、都市全体が反応し、天が鳴いた。
『ヴィバイア』の空が、低く唸るような音を響かせていた。
都市全体が、ゼルの宣言に呼応するかのように震えている。空間そのものが魔力の波に満たされ、ハルトたちは視界の歪みに包まれる。
「この都市は、”意思”を持っている。神に匹敵する知生体、『ゼロス・コード』。今から君に行ってもらうのは、都市そのものとの交信。つまり審判だ」
ゼルの言葉と同時に、ハルトの足元に幾何学的な魔法陣が展開された。
その中心から放たれる光が、彼の意識を深淵へと引きずり込んでいく。
「ハルト!!」
クミーラとカレンが叫ぶも、その声は届かない。ハルトの肉体は光に包まれ、精神のみが『都市の核心』へと導かれていった。
気が付くと、ハルトは白銀の空間に立っていた。上下左右の感覚が曖昧で、あらゆる方向に光の流れが渦を巻いている。
『汝の名を述べよ』
無機質な声が響く。だが、どこからともなく伝わるそれは、都市の”心”そのものの声であることをハルトは直感で理解した。
「ハルト。鳳凰寺波音」
『認証完了:汝、継承者たる資格を有する者』
次の瞬間、空間に巨大な鏡が出現した。
鏡の中には、”もう一人のハルト”が立っていた。
その瞳は漆黒、表情は冷酷で、光の剣ではなく”闇の剣”を握っている。
『汝、自らの心の”影”に打ち勝てるか?』
「……影……?」
『影は心の裏面。汝が恐れ、否定し、封じ込められたそれらの感情の集合体。これを超えずして、汝に力を授けることは叶わぬ』
「なるほど、やるしかないってことだな?」
ハルトは腰の光剣を引き抜いた。
鏡の中の”影のハルト”も同時に剣を抜き、お互いに見つめあった。
鏡が砕け、影が飛び出した!