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5、行方不明の鳩

 陶岳国の威龍からの返事はすぐに届いた。当然だ、黒水族との和睦を信じて疑わない威龍にとっては寝耳に水。まさか黒水が南洛国と友好関係を結ぼうなどと考えもしないだろう。


「威龍兄さまの鳩が、二羽しか戻ってきませんでした」


 星河宮の奥に設置した鳩舎で、鳩に水と餌をあげながら柃華は眉を寄せた。


「猛禽に襲われたのかも知れないな。そのために三羽を同時に放っているのだろう?」

「もし襲われたのなら可哀想なことをしました。でも、そうでない可能性もあります」


 二羽の鳩は気が立っているようで、鳩舎に入っても翼を大きく広げて畳もうとしない。飛行中、陽に照らされていたからだろうか。鳩は日なたの匂いがした。


 威龍からの書状を開くと、黒水族への怨嗟が綴られていた。恨み言の後には、思月への指示が書かれていた。


 ――井紅雨(ジンホンユィー)という娘がいる。大罪を犯して今は獄中にいるが、そいつを俺の従妹として南洛国に送る。

 柃華が冷宮に放りこまれた今、空いた修媛の座が埋まってしまっては元も子もない。柃華の侍女であった任春を、紅雨の侍女としたい。

 お前から任春に話をつけてくれ。黒水族の頭領が宣皇帝に近づく前に、急ぐのだ。こちらも井紅雨を献上する用意を整える。


 ああ、これではいけない。柃華はため息をこぼした。

 もしこの書状を思月が目にしたら。紅雨だけが威龍に厚遇されていると思うだろう。実際の紅雨は、性の道具としてしか扱われていなかったのに。

 だが、その事実を知らない思月にとっては、罪人の方がいいのかと激怒するに違いない。


 この書状が思月の手に渡っていなくて良かった。そう考えた時。柃華は背筋に悪寒が走った。


(本当に? 本当に思月に、この情報は届いていない? それは確実?)


 なぜなら鳩は一羽、行方不明だからだ。鷹や鷲に襲われたと考えるのが普通だろう。

 だが、もし誰かに弓矢で鳩が射られていたら? たまたま羽を休めた時に、誰かが鳩を捕まえてしまったなら。

 考えたくはないが。楽観視はできない。


 侍女たちの仕事が終わった夜。回廊の吊り灯籠の明かりが短い夜を照らしている。蒼海はすでに寝ているので、部屋の明かりは落としてある。

 卓には蝋燭を灯し、柃華と凌星、天遠の三人が集っている。夜とはいえ、星河宮にいる凌星は侍女の姿のままだ。


 夏の盛りを過ぎたこともあり、開いた(まど)から入る夜風は涼しい。りり、りりりと虫の音が重なって聞こえる。


「思月になりすますのも疲れただろう」


 凌星が、柃華の杯に酒を注いでくれた。金木犀の花を浸けこんだ桂花酒(けいかしゅ)は、卓に置いた手燭の明かりに照らされて、淡い金色に澄んでいる。


「これはもう側寫の域を超えていますが」


 礼を告げながら、柃華は杯を手にした。金木犀の華やいだ香りが、ふわっと立った。

 柃華は、次兄の愁飛(チョウフェイ)から届いた(ふみ)にも目を通す。中には気がかりなことが記してあった。


 ――噂で耳にしたのですが。あなたがたいそう可愛がっている子が、いつかのことを語るそうですね。かつて繁栄した一族から聞いたことがあると、話している者がおりました。重々気をおつけください。


 愁飛は、常に万が一のことを考えて文章での明言を避ける。次兄が注意喚起しているのは、蒼海の先見(さきみ)を知る者がいることだ。かつて繁栄した一族とは、今は滅ぼされた(グオ)家。


 郭一族には、副宰相の地位でもある御史大夫のほかにも、地方の高官を務める者がいた。

 おそらくは陶岳との国境(くにざかい)も、郭一族が統べていたのだろう。


 柃華は、部屋の奥の架子牀(かししょう)に目を向けた。薄い帳の奥では、蒼海が眠っている。

 寝顔は見えないが、きっと柃華があげた陶器人形を握りしめていることだろう。


 愛しい娘が利用されぬよう。健やかに育つよう。それだけが柃華の望みであるのに。

 郭一族は滅ぼされる前に、知り得た情報を流したのだろう。卑怯なやり方だ。


 ふと足音が聞こえた。星河宮の門から続く石を敷いた道を、やってくる音が聞こえる。

 こんな時間に? 室内にいる柃華と凌星、天遠は息をひそめる。


 これが日中なら、侍女や宮女の話し声や作業の音、鳥の声に紛れて気づきはしないだろう。だが、今は更夜(こうや)だ。虫の音すらも聞こえないので、些細な音も拾うことができる。


「何も変わってないじゃない」

「ねぇ、もうやめましょうよ。あなたを後宮に入れただけでも、私は叱責されるわ。それに妃嬪の宮に勝手に入るなんて。共犯になるなんて、絶対にいやよ」


 女性二人が、声を落としてしゃべっている。凌星は、ふっと息を吹きかけて明かりを消した。


「私が確認して参ります。お二人はここでお待ちください」


 音もなく部屋を出ていったのは、天遠だ。

 ざわざわと聞こえるのは、女たちが庭を横切った時に枝葉に腕や体が触れる音だろう。


 すぐに天遠は部屋に戻って来た。気配も感じぬほどに、闇に溶けた動きであった。

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