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9、柃華の決意

 柃華は立ちあがり、油紙の包みを外して(ふみ)を凌星に渡した。鳩は三羽、文も同じものが三通ある。

「私が読んでもいいのか?」と、凌星は受けとる手を止めた。


「はい。皇帝陛下にお見せするわけには参りませんが。凌星さまでしたら、善処なさってくださいますよね」

「承知した」


 凌星の目が横へと動く。陶岳の文字は、南洛国と違い縦書きではない。読みや意味を柃華に尋ねることなく黙読するのだから、凌星は陶岳の言葉に精通しているようだ。


 急ぎ文を読み終えた凌星が、小さく息をつく。そして眉を下げて、柃華を見つめた。


(そんな可哀想な人を見るような目をしないでください)


 その言葉は口にできないから。柃華は微笑んだ。宙を舞っていた鳩の白い羽毛は、すでに風にさらわれてどこかへ消えた。


 向かいに立つ柃華の頰に、凌星が手を伸ばす。髪に羽毛でもついているのかと思ったら、むにゅっと頰を摑まれた。ちょっと痛い。


「何をするんですか」


 責める柃華の声が上ずった。人生で初めてではなかろうか。頰を引っぱられたのは。


「傷ついて当然のことが書いてあるのだ。無理に笑わなくともよい」

「ですが……」

「君はつらいのだから。もっと我々に気を遣わせればよいのだ」


 凌星は当然のように告げた。そして天遠に「なぁ、そう思うだろう?」と同意を求める。


「そうですよ、時修媛。凌星さまはあなたに仕える侍女なのですから。遠慮なく甘えて文句を言って、横柄に振る舞ってください。でなければ凌星さまは怠けてばかりですので、侍女失格です」


 いや、それはちょっと。と、凌星がたじろいだ。ふだんは温厚な天遠だが、主には厳しい面もあるらしい。


「天遠さんの言う通りですね。威龍兄さまのことは、わたしひとりでは抱えきれません。どうかわたしの力になってください」

「ツァンハイも、ちからあるよ」


 蒼海が薄青の緞帯(リボン)を揺らしながら、ぴょんと跳ねる。本当に頼もしい子だ。


「わたしは思月として、長兄にこちらの状況を報告します。むろん、偽の情報です」

「実の兄を謀って、君の気持は大丈夫なのか?」


 不安そうに凌星が問うてくる。当然だろう、ふつうの家庭であっても父や長兄に背くことは許されない。


 だが、柃華の家庭は王家だ。ふつうではない。家長が判断を間違えれば、家は傾く。だが、王や王太子の下した決断が誤っていたならどうだ? 家どころではない、国そのもの民のすべてが不幸に陥ってしまう。


「いずれ機を見て、兄は南洛国に兵を派遣するでしょう。その前に阻止します」

 側寫(そくしゃ)は次の犯罪を未然に防ぐ。柃華は、威龍の性格も気質も考えもよく知っている。

 陶岳国の侵攻を防ぐことは、陶岳の民をも救うことになる。あの小国が、大国である南洛国に勝てるはずがないのだから。


 分は(わきま)えねばならない。威龍はそれを見失っている。


 柃華は、鳩舎を星河宮に運んでもらった。思月が使用していたものを、そのまま利用する。

 翼を畳めば、鳩は衣の懐にでも入るほどに体が小さいのだが。さすがに三羽もいるので、柃華は空いている鳥かごを借りた。


「思月は以前、鳥かごの様子を見ると話していましたが。この鳩舎の大きさでは鳥かごとは呼べませんよね」


 思月が木切れを集めてこつこつと組み立てたのだろうか。鳩舎を抱えて運ぶわけにもいかず、荷車を使わねばならなかった。

 さすがに人に頼むのもどうかと思い、柃華は自分で荷車を牽こうとしたが。


「妃嬪が腕まくりをして、ぼろぼろの鳩舎を載せた車を牽くなどあり得ない。立場を考えなさい」と、凌星に説教されてしまった。

 結局、天遠に任せることになったのだ。


「大丈夫なのか? 時修媛。小屋を別の場所に移してしまって」


 天遠と共に、鳩舎を荷台から降ろしながら凌星が問うた。


「はい。鳩が戻るのはこの鳩舎にです。星河宮から空に放てば、同じ鳩舎に戻ってきます」

「そういう習性があるのか。詳しいな」


 凌星は腕を組んで、鳩舎を眺めた。女官の宿舎の裏手にあった時には目立たなかったが。煌びやかな星河宮の朱色の柱や、透かし彫りのある回廊の手すりの中で見ると、あまりにもみすぼらしい。


 目立たぬ場所に鳩舎を設置するしかないが。これが陶岳国と南洛国の国力の違いのよいに、柃華には思えた。


「さぁ、お入りなさい」


 星河宮の端に設置した鳩舎の扉を開けると、鳩は様子を窺った後で中に入っていった。


「ツァンハイ、とりのおせわできるよ」

「では、わたしと一緒に餌や水をやりましょう。掃除もしないといけませんよ」

「う、がんばる」


 蒼海は、両手をぐっと握りしめた。

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