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8、油紙の中

 鳩舎から出た蒼海の衣や髪には、白い羽毛が何枚もついていた。柃華は羽毛をつまんで、ふっと息を吹きかける。


「わぁ、ゆきみたい。すごいね、リンホアさま」

「本当ですね。夏なのに淡雪のようです」


 ふわふわと風に流されていく羽毛を、柃華は眺めた。少し腰を落として、蒼海の肩に手を載せながら。

 雪を思えば、自然と北国の故郷に気持ちが引きずられる。


 柃華は威龍が出した書状を開いた。遠い天空を運ばれても、兄が喫っていた煙草の臭いが紙には残っている。八角草(はっかくそう)の煙草だ。


 ――有思月(ヨウシーユエ)、手筈はどうだ? 妹に妊娠の兆しはあるか? なければそのまま妹が冷宮送りになるように進めていけ。

 渋る父を説得し、柃華を南洛国に嫁がせたのは私だ。

 だがあれは、女として出来損ないだ。こちらは次の娘を用意している。王族の庶子だ。すでに南洛国の言葉と礼儀作法を学ばせた。閨で宣皇帝を虜にするように、娼婦が用いる技をこれから仕込むところだ。

 状況が整い次第、宣皇帝に娘を献上する時期を検討する。


 びっしりと細かな字で書かれた内容を、柃華は読んだ。

 懐かしいはずの陶岳の文字。だが、記されているのは忌まわしい内容だ。


 知らなかった。父は柃華を後宮に入れることに乗り気だと思っていた。頭角を現し始めた威龍に父が説き伏せられたなど、柃華はまったく知らなかった。


(威龍兄さまにとって、女はすべて道具でしかないんだわ)


 柃華だけではない。思月も、本来歩むはずの人生から逸れさせられた。そして柃華の次の側室として用意されたという娘。庶子であるから、柃華はその娘と面識はないだろう。

 王族の血を引いている。ただそれだけで、その娘は性技を仕込まれて隣国に送られる。

 柃華はすでに利用価値のない道具だ。


 はかない雪のような羽毛の向こうに、凌星と天遠が立っているのが見えた。その表情が翳っているのは、陽射しの加減ではないだろう。


「時修媛。大丈夫か?」


 柃華は敢えて明るい表情を浮かべて「はい、問題ありませんよ」と答えた。


「凌星さま。この鳩をわたしが育ててもいいでしょうか」

「ん? ああ、まぁそうだな。鳩を放っておくわけにもいかぬだろうしな。逃がさぬようにな」


 まるで奥歯に物が挟まったかのように、凌星の言葉は明瞭ではない。珍しい、と柃華は思ったが。


(そうか。この鳩は問題を抱えているんだ)


 人に飼われてきた鳩が野生で生き延びられるとも思えない。柃華はその点だけを考えていたが。確かにこの三羽は通信用の鳩だ。

 空に放てば、すぐに陶岳国の威龍の元へと向かうだろう。もし文もない状態で長兄のところへたどり着けば、密偵である思月になにかあったと威龍は察するだろう。


 とはいえ、定期的な連絡を欠かせば。これもまた威龍が疑いを持つ。思月の企みがばれて、彼女がすでに後宮を去ったなど知らぬのだから。


「この鳩を情報操作に使おうと思います」


 蒼海の肩から手を離した柃華は、まっすぐに立って凌星を見据えた。


「もしわたしが陛下の子を出産すれば、長兄の威龍は動くことでしょう。世話係、教育係とばかりに、陶岳国の者を送り込んでくるはずです。祝いを述べるため、献上品を捧げるため。その中に刺客を紛れ込ませることも考えられます」

「刺客……父上を暗殺するためにか?」


 ごくりと凌星が唾を飲み下す音が聞こえた。


「長兄は、実の妹であるわたしを冷宮送りにすればいいと考える男です。冷宮は食事も乏しく穢れた環境です。今は夏ですが、冷宮に幽閉されている者は冬場は凍りつくような寒さに、命を落とすこともあると聞きます」

「やっ!」


 突然、声を上げたのは蒼海だ。ぎゅううっと柃華の腰にしがみついてくる。小さい体のどこにそんな力があるのかと思うほどだ。


「リンホアさまは、そんなとこいっちゃだめ。ツァンハイがまもってあげる」


 蒼海は強く瞼を閉じて、声を張りあげる。

 そうだ。蒼海は愛されて育った子だ。そして母である皇后が亡くなった後は、疎まれるつらさも知っている。


「わるいやつは、ツァンハイが『めっ』ってしてあげる。やっつけてあげる」


 柃華は腰を落とした。そして険しい表情をしている蒼海を抱きしめる。


(皇后娘娘。あなたの蒼海はとてもとてもわたしを大事にしてくださるんです)


 まっすぐに愛情を向けられると、どうして泣きたくなるのだろう。肩が震えそうになるのを、柃華はなんとか堪える。


「だいじょうぶだよ。ツァンハイがいるからね」

「はい……大丈夫ですよね」


 幼い手が、柃華の背中をとんとんと軽く叩く。


 ああ、蒼海はきっとこうして皇后娘娘に背中をさすってもらったのだろう。泣きやませてもらったのだろう。

 不思議だ。蒼海を守るために継母の名乗りを上げたのに。蒼海も柃華を守ろうとしていたなんて。

 ほんのわずかの間に、蒼海は確かに成長している。

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