1、大好き
宣皇帝に、蒼海は呼び出された。蒼海の養育の状況を確認するためだ。当然、柃華も付き添わねばならない。
「ツァンハイ、いかなくてもいいよ?」
先に支度を終えた蒼海が、椅子に座っている柃華の顔を見上げる。星河宮の自室で、柃華は任春に簪を挿してもらっていた。
柃華は、普段はじゃらじゃらとした装飾品はつけないのだが。なぜかここぞとばかりに任春が、金の耳飾りや翡翠の簪、翡翠の中でも特別に高貴で高価な琅玕の腕輪を柃華に装着させるのだ。
気合です、気合ですよ。柃華さまの美しさを陛下に見せつけるのです。という無言の圧を感じる。
「いかなくてもいいとおもうんだけどなぁ」
口を尖らせながら、蒼海が体をもじもじと動かす。
(わたしも行かなくていいと思いますっ)
柃華も声を大にして言いたいが。さすがに自ら陛下に頼んで蒼海の養育者になった以上、現状の報告は義務だ。断ることは許されない。
ああ、面倒だ。椅子に座った柃華は、蒼海をぎゅっと抱き寄せた。
「へへっ」と皇女らしからぬ笑みを浮かべて、蒼海が柃華にしがみついてくる。蒼海の柔らかな髪に顔を埋めると、優しい香りが鼻をくすぐった。
「そうだ。凌星さまが陛下に報告をなさればいいのでは?」
ちょうど侍女の紫安に扮した凌星が、壁にもたれて腕を組んでいる。暇そうな凌星を見て、柃華は思いついた。
「なんで私が父に会わねばならんのだ」
「でもわたしの監視であり、蒼海さまのお目付け役ですよね」
実際には蒼海の未来視の力を監視するのも、凌星の仕事なのだが。任春もいるので、あえて口にせずにおく。任春は、蒼海の能力を知らないのだから。
「そうか。分かったぞ」
組んでいた腕をほどいて、つかつかと凌星が近寄ってくる。沓の裏は布でできているので、硬い音はしない。けれどそう聞こえるほどの勢いだ。
な、なに? 激突しそうな速さで凌星がやって来るので、柃華は身構えた。しっかりと腕に蒼海を抱きしめたまま。
ぶつかりはしなかった。だが、柃華の視界が閉ざされる。
ぎゅうっと力任せに拘束されたように、体が動かない。
「あの。凌星さま?」
「よしよし。父に会うのが怖いのだな。気丈なそなたとはいえ、苦手もあろう」
女性のなりをしていても、凌星は男性だ。腕の力は強い。柃華も蒼海も抜け出すことができない。
「素直に怖いと甘えればいいのに。そうすれば私もそなたの願いを無下にはしないぞ」
(わたしは陛下にお会いするのが怖いのかな?)
自分の気持ちを、柃華は理解できていない。側寫術は、人の心理や行動、考えを読み取るものだが。どうしてか、自分自身の心を読むことができない。
「くるちぃよぉ」
もぞもぞと体を捻りながら、蒼海が柃華の棟の間から顔を出す。まるで池から上がったように、ぷわっと大きく息を吸う。
そのさまが愛らしくて。柃華は思わず笑ってしまった。
「凌星さま。謁見について来てくださいますか?」
「うむ。頼まれれば、仕方あるまい」
ようやく凌星は腕の力を緩めてくれた。不思議なことだが、蒼海と共に凌星の腕の中に閉じ込められた時。柃華はこの三人が家族のように思えたのだ。
柃華と蒼海は義理の関係であり、血は繋がっていない。凌星との関係も親しいといっていいのか分からない。
なのに、こうも安心するのはなぜだろう。
「ズーアンもいっしょにいくの? じゃあねツァンハイね、おててをこうするの」
蒼海は、柃華を椅子から立たせた。そして右手で柃華の左手を握り、左手で凌星の右手を握る。
「て、あげて。あげて。はやく」
「え? 腕を上げればいいんですか?」
「上げてどうするんだ?」
柃華と凌星が同時に腕を上げた時。蒼海の足が床から浮いた。
「うわぁぁ。たのしー。ぷらんってなるよ。たのしいね」
蒼海の歓声は、まるできらきらの水晶の粒が舞うみたいだ。さっきまでの憂鬱な気持ちが一瞬にして消え去った。
「もういっかい、あげて」
請われるままに、大人ふたりは腕を上げる。床を蹴った蒼海が、軽やかに宙に浮かぶ。重さから解き放たれたかのように。
「すごいね、ぴょーんってなったよ。たのしいね。リンホアさま」
「はい。高く上がってかっこいいですよ、蒼海」
蒼海が笑っているだけで、柃華の心は温かくなる。もっともっと笑ってほしい、大好きな蒼海さま。
そんな柃華の気持ちが通じたのだろうか。
まだ空中にいる蒼海が、柃華を見つめた。黒翡翠の瞳を煌めかせて。
「リンホアさま、だーいすき」
着地の瞬間、薄桃色の裙がふわりと広がって花が開いたように見えた。




