12、紙牌の遊戯
夜半。凌星と天遠は酒を飲んでいた。
できることなら庭の四阿を使いたかったのだが。仕事を終えた凌星は女装を解いている。
たとえ紫安のままであったとしても、宦官と侍女が酒を酌み交わしているのはあまりにも不自然だ。
仕方なくふたりは星河宮の端にある自室の前に、床几を出して座っている。
凌星と天遠それぞれが手に紙牌を持っている。本来は四人以上でする馬弔という遊戯だが、まさか柃華や侍女頭の任春を誘う訳にもいかない。
「なんで天遠ばかりが勝つんだ」
凌星は、長細い紙牌を床几にぽいと置いた。どの札を出せば、天遠よりも数が大きいか吟味したのだが。
まるで凌星の手札を読み、次に何を出すかが分かっているかのように天遠は楽々と勝利してしまう。
「不思議ですね。どうしていつも凌星さまが負けるのでしょうね」
まったく不思議ではなさそうな静かな面持ちで、天遠は杯を口に運んだ。中には竹葉清酒が入っている。
「私にももう一杯」
すでに杯を空にしている凌星が、手を天遠に突きだす。
「しょうがありませんね。薬酒とはいえ、飲み過ぎは体に毒ですよ」
とぽとぽと淡い緑の酒が、壺から杯に注がれる。白酒に砂糖と竹の葉を浸けたものだ。内臓を整え、造血や解毒にも効果があり、肝臓を強くするといわれる酒だ。
「おかしい。骰子を振って戦う盤双六なら、天遠に勝てることもあるのに」
「あれは偶然の要素が大きいですからね」
しれっと天遠は失礼なことを言った。酒が回っているのかもしれないが、顔色は変わらない。
常に穏やかで常に静か。かつて上官に裏切られたせいで、宦官へと堕とされたこともあり。天遠はなかなか人に心を許さない。
(なのに。蒼海皇女を可愛がっているんだよな)
凌星は、仄かに甘い竹葉清酒を飲み干した。酒精が高いので、喉の奥がかっと焼ける。だが、竹の香りが清々しい。
柃華に対してもだ。別に天遠は柃華と親しくしゃべっているわけではない。だが、彼女に対してうちとけた様子に見えるのだ。
「時修媛は祖国を裏切る覚悟があるが。大丈夫なのだろうか」
ぽつりと凌星は呟いた。
柃華は常に凛としている。蒼海のことは溺愛しているが、義母という立場を貫いて、甘やかしはしない。それでも蒼海と共にいる柃華は幸せそうだ。
あの笑顔が曇る……そんな姿は見たくないし、させたくない。ふと、凌星はそんなことを考えた。
「裏切るのではありませんよ」
天遠の声に、凌星は我に返る。そうだ、勝負の途中だった。
天遠が床几に置いた紙牌は、凌星よりも数が大きい。また凌星の負けだ。こうした遊戯となると天遠は手加減がない。元は武官として働いていたからかもしれない。
「私の元上官とは違います。時修媛は、陶岳国の民を守るために動くことを決意なさったのです」
空になった凌星の杯に、天遠が酒を注いでくれる。床几に置いた明かりに照らされて、壺の口から細い筋となって出る竹葉清酒が金色にきらめいて見えた。
「そうか……そうなんだな。たとえ国を守るためとはいえ、父親である国王や王太子の兄とは決別を強いられる。時修媛もつらいだろうな」
できれば自分を頼って欲しい、との言葉を凌星は酒と共に飲みこんだ。
蒼海皇女の未来視を監視するために、凌星はこの星河宮に派遣された。柃華は蒼海を養育するだけの継母でしかない。そんな風に考えていたのに。
今では柃華と蒼海、あの義理の母娘が平穏に暮らせるようにと願ってやまない。




