7、空を行く鳩は
「分かります。孤高ですよね。すっごく分かりますっ」と、同調したのは任春だ。なぜか表情が輝いている。
「確か陶岳国では、雪蓮という花が、高山に咲くのだろう? 淡い黄緑の半透明の花弁が、深い青空を背景に開くそうではないか。誰でもがたどり着くことのできない高い峰。吹く風はあまりにも強く、蜜や花粉を運ぶ虫も丸花蜂しかおらぬ過酷な場所だな?」
「たしかに雪蓮はありますが。お詳しいですね」
「あー。まぁな。それくらいは常識だ」
凌星は常識だと言うが。柃華ですら、雪蓮の咲く高みまでは登ったことがない。
「わたしの名前は、雪蓮が由来だそうです。玲瓏たる華であるように。なので柃華と。どんな場所であっても気高く咲くことができるように、とのことです」
「ならば、ぴったりだな。確かに異国の民を蛮族と罵る者もいる。だが、君は高嶺の花なんだ。この私と並ぶとそれが二倍にも三倍にもなる。人目を引いて当然だ。もっと自信を持ちたまえ」
「は、はい」
柃華は、凌星に背中をバシバシと叩かれた。ちょっと、いや、かなり痛い。
「凌星さまは、自信に満ち溢れていますよね」
「そう見えるか?」
凌星は目をすがめた。元々、迫力のある美形だ。笑顔でなければ、その美しさは凄さえある。
(変なことを聞いてしまったかな)
柃華は思案した。皇帝陛下のもと、いずれは領地を拝する王になる人なのだから。自信があって当然だ。
女装を命じられて後宮に入っても、侍女として勤めても、堂々とした態度である。
所属する場所や見た目が変わっても、自分自身に変化があるわけではないと割り切っているのだろうか。
(わたしは……陶岳国にいるときは、もっと自分に誇りがあった気がする)
後宮は広い。だが、紅い塀の外に出ることはできない。
蒼海を育てると、陛下に申し出たが。あの機会がなければ、未だに皇帝陛下と言葉を交わすこともなかっただろう。
「自信があるように見えているのなら、何よりだ。そうふるまっているのだからな」
「え?」
思いがけない言葉を、凌星は発した。その琥珀の瞳が、澄みきっているように見えた。まるで寂しさを宿したかのように。
柃華は、凌星のことを何も知らない。ただ、陛下の即位よりも前に生まれた子で。母親の身分が高くはなかったので、皇太子には立てられなかった。
彼が長らく王宮を離れていたのは事実だが。その理由については、さまざまな推測が飛び交っていた。
女官との結婚を反対されたとか。宦官に無理心中をさせられそうになったとか。
凌星と日々を過ごすうちに、それらは根も葉もない噂だと柃華は分かるようになった。
(この人は、誰かに執着なさることがない。誰かの執着を許すこともない)
凌星は、柃華のことを「孤高」だと評したが。彼もまた同じであると感じた。
(わたし達はある意味、似た者同士かもしれない)
「まぁ、私のことなどどうでもいい。それよりも今は琵琶の弦が切れた原因を探すのが先決だ」
確かにそうだ。凌星といると調子が狂う気がする。
凌星はただ、柃華が蒼海を正しく導いているか。蒼海の未来を語る力を監視する、その二点だけで星河宮に留まっているのに。
バサバサバサ、と羽音が聞こえた。柃華は空を見あげた。あまりにも鮮やかな青に目が痛い。鳥が三羽飛んでいく。鳩だ。
三羽の鳩が、北に向かっている。
――三羽いるのは、どれかが飛べなくなったり猛禽に襲われた場合の予備だ。険しい山を越えて人が運ぶよりも、鳩の方が早いのだ。
子供の頃に、長兄の威龍から聞いた話を思い出した。
「凌星さま。南洛国でも、通信に鳩を用いるんですか」
「鳩? 意味が分からんが」
「鳩の背や足に文をつけるんです。竹を削った筆ならば、細かな文字が書けますし」
「なぜ書簡を鳥に託さねばならんのだ。人が管理せねば失くしてしまうだろう。それに鳥よりも馬の方が速いではないか」
確かに凌星の言うことも尤もだ。ただし、平坦な土地の広がる南洛国での常識だ。
柃華の頭の中で、何かがつながった。
回廊に不審者の足跡はない。いや、残らないようにしたのだろう。沓全体を布で覆えば、足跡は残らない。
それに……。柃華は思い出していた、蒼海の言葉を。
――でんか、こんにちは。たかーいよ、はやくて、びゅーんなの。
あの時、蒼海の黒い瞳は紫に澄んでいた。未来を語る時の特徴が、はっきりと表れていたのだ。
「どうかしたのか? 時修媛」
凌星に尋ねられて、柃華ははっとした。
「私、分かったような気がします」
側寫をするには証拠がない。いや、むしろ証拠が残っていないことが、犯人を推測する手がかりになる。
「琵琶の弦を誰が切ったのか。その動機や目的も含めて、真相をお伝えします」
柃華の周囲に、凌星や蒼海をはじめ全員が集まった。




