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善然戦士ゼンゼ・小説版  作者: 坂本小見山
エピソード4「敵は誰」
9/16

エピソード4-①

―エピソード4「敵は誰」―



 日出づる国、日本。果てしない東の海より出でたる偉大な天体は、その純白の光で津々浦々を余さず照らし、やがては西の彼方なる異国を指して傾いでは、下りゆく紺青の帳を暫し朱く染める。光と闇の入り交じるこのひとときを、古より大禍時と言い習わす。

 漁師町の船着き場で、漁師から魚屋へ、海の幸の受け渡しが行われていた。魚屋の男は松葉杖を突いていた。

「すまねぇな、ここまで運んでもらって」

「いいのいいの。怪我したときはお互い様だぜ」

 魚屋は、魚や蟹、そして海老の跳梁する生け簀をトラックの荷台に積んだ。彼は漁師と別れ、トラックを駆った。

 トラックが人気のない住宅街に差し掛かった頃、辺りは夜闇に支配されていた。魚屋の男はふと、小さな公園の闇の中にうずくまる人影を見出し、ブレーキを踏んだ。彼は窓を開け、声を掛けた。

「大丈夫ですかい?」

「タ、タスクェテ、クダサェ・・・」

 人影は奇妙な訛りのある言葉を発した。魚屋は慌てて車のドアを開け、松葉杖を突いて人影へと駆け寄った。

「どうしたんです?」

 近付いて見ると、人影は異様に大きく、なかんづく頭が大きかった。立ち上がって振り向いたその球体関節人形のような姿は、新聞やテレビニュースで馴染み深き下級ゼーフェルであった。

 男は声にならない叫びを上げた。逃げようとしたが、ゼーフェルに松葉杖を蹴飛ばされ、転倒してしまった。

「い、痛い・・・」

 ゼーフェルはトラックの荷台を見た。生け簀から、大きなイセエビが逃げ出そうとしていた。ゼーフェルはそれを捕まえると、自分の胸部に押し当て、体内に取り込んでしまった。ゼーフェルの体は変形しはじめた。

"Zelme je fizen ladlef mer derzadez nau ze…"

 ゼーフェルはゼゼール語で不敵に嘯きながら、松葉杖を失って歩けなくなった男に迫った。

 それ以降に男の姿を見た者はいない。



 翌日、怪獣対策室チームゼットの基地、ゼットフクイの会議室で、衣笠(きぬがさ)(ひかる)隊長が事件について説明した。

「現場には生け簀の入ったトラックと松葉杖だけが残されていた。松葉杖に付着していた金属原子を山田(やまだ)君に分析してもらったところ、ゼルメタルであることが確認された」

 山田(やまだ)健美(たけみ)はゼットフォンを操作し、会議室メインスクリーンにゼルメタルのサンプル画像を表示した。

「現在確認されている限り、ゼルメタルを運用できる勢力は我々とゼンゼ、そしてゼーフェルのみです」

 唐井(からい)(まつ)は言った。

「ゼーフェルの仕業か」

 権守(ごんのかみ)語子(かたるこ)も慄然とつぶやいた。

「このごろ大人しかったのに・・・」

「今回の事件はゼーフェルが関わっている可能性が高い。我々はこれより当該地域のパトロールを・・・」

 衣笠がそう言いかけたとき、外から争う声が聞こえた。


 怪獣対策室の兵士たちともみ合う人々の持つ横断幕には

〈国賊チームゼットは日本から出ていけ!

 チームゼットを許さない会〉

 と書かれてあり、別の人が持っているプラカードには、あの吸血天使マシャエルの遺影が貼られていた。

「これより先は立入禁止です!入らないでください!」

「チームゼットはくたばれー!」

「やめなさい!」


 ゼットフクイの入口から出てきたチームゼットの面々を見て、「許さない会」のメンバーが叫んだ。

「チームゼットが出てきたぞ!」

「殺人鬼め!」

 言い返そうと口を開いた唐井を制し、衣笠は彼らに言った。

「落ち着いてください。私達の目的は、皆さんの平和な日常を守ることです」

「平和だと?笑わせるな!対話による解決をあきらめた時点で、お前たちは御国の面汚しなんだよ!」


 衣笠が毅然と信念を述べようとしたとき、脇から別の声が割って入った。

「そう言うお前らは、地球人の面汚しだ!」

 見ると、「マシャエル被害者の会」と書かれた幟を上げた別の団体が押しかけてきていた。代表の車椅子に乗った男が、拡声器を手に叫んでいたのだ。彼の被る緑のニット帽には似合わぬ猫のワッペンが縫い付けてあった。

「バカ共、よく聞け!チームゼットの皆さんはな、俺達人間のために、あの腐れ堕天使を駆除してくれたんだよ!」

 それに対して「許さない会」の代表者の若い女性は言い返した。

「人間じゃないマシャエルは殺してもいいと言うのか!」

「ああそうだ!くそマシャエルはなぁ、死ぬべきだったんだ!」

 その言葉を聞いたとき、衣笠はにわかに激した。

「死ぬべき命などない!」

 衣笠の鋭い声が車椅子の男を直撃した。「被害者の会」も「許さない会」も、等しく静まり返った。

「私達は、喜んでマシャエルを倒したわけじゃない。他の怪獣だってそうだ。私のことを憎んでくれても構わない。悪役を買って出る覚悟ならできている。だが、この世には戦いがある。悲しいことだが、この世には、現に戦いがあるんだ・・・」

 衣笠は悲痛な声で訴えた。自分に説いて聞かせるように。かたわらの権守の頬には一条の涙が伝った。


 そのとき、衣笠のゼットフォンに通信が入った。

「警視庁よりチームゼット。吉祥寺さわやかホームにゼーフェル出現との通報あり。出動を請う!」

「了解」

 四人は遊撃車に乗り込んだ。

「また暴力を振るいに行くのか!」

「お前ら、チームゼットの皆さんの邪魔をするな!」

 揉み合う二つの団体を兵士たちに任せ、チームゼットは事件の起きている老人ホームに急いだ。



 老人ホームでは、職員が入居者たちを避難させていた。年配の女性職員が若い男性職員に訊いた。

「ねえ、豪徳寺さん見なかった?」

「見てないです」

「逃げ遅れたのかも!」

 職員の不安は的中していた。配電盤が破壊されて影に覆われ、視界が悪くなった廊下の突き当りで、高齢女性である豪徳寺はイセエビの怪人・ロブスターゼーフェルに追い詰められていた。そこに男性職員が駆けつけ、豪徳寺を庇った。

「豪徳寺さん、逃げて!」

「私は脚が不自由だ。あんただけでもお逃げ!」

「駄目です!」

 庇いあう二人に、ロブスターゼーフェルは "Ze ze ze…" と不気味な声で笑いながらじりじりと迫った。


 突如、ロブスターゼーフェルに体当たりする者があった。ロブスターゼーフェルは吹き飛んだ。

 体当たりしたのはゼンゼであった。彼は職員と豪徳寺に言った。

「今のうちに逃げるんだ」

「ありがとうございます!」

 職員は豪徳寺を背負い、避難した。

 ゼンゼは、大剣ゼンゼフェルを抜くと、鍔の中央にある宝珠を押し込んだ。鍔が展開し、足元に出現した魔法陣から液体金属ゼルメタルが召喚され、ゼンゼの体を覆った。

"Zenzen"

 ゼルメタルは甲冑の形に凝固し、変身魔法ゼンゼンが完了した。


「あ、あの男も化け物だったのかい!」

 そう言ったのは、職員に背負われながら振り向いた豪徳寺であった。

 ゼンゼは何ら構わず、闇に蠢くロブスターゼーフェルに切っ先を向けた。ロブスターゼーフェルは愚弄するように言った。

"Jizune jevun derza fauze zelde zo zä?"

 嘲り笑うロブスターゼーフェルに、ゼンゼは矢継ぎ早に斬撃を繰り出した。しかし、ロブスターゼーフェルの硬い甲殻には傷一つ付かなかった。

"Ze…!"

 ゼンゼは驚き、更にロブスターゼーフェルに斬り付けたが、同じことだった。今度はロブスターゼーフェルの剣状の腕がゼンゼに振り下ろされた。

"Zez…!"

 ゼンゼは呻いた。敵の剣は切れ味こそ鈍いが、恐ろしく硬く、ゼンゼの纏うゼルメタルの鎧をも凹ませてしまった。


 彼はゼンゼフェルの宝珠を回転させると、念を込めた。刀身は赤い光を放った。

"Zenzen…fan"

 ゼンゼは渾身の一撃をロブスターゼーフェルに浴びせた。さしものロブスターゼーフェルも、その衝撃に耐えかね、

"ZEAA!"

 と奇怪な声を上げて後方に吹き飛んだ。


 そこにチームゼットが到着した。

「ゼンゼ!」

「ゼンゼ君!」

「やったか?」

 四人はゼンゼの勝利を信じた。


 しかし、ロブスターゼーフェルは衝撃に圧倒こそされれ、斬られはしなかった。

「な・・・!」

 ロブスターゼーフェルは剣状の腕を振り上げ、再びゼンゼに襲いかかってきた。

「胸を狙え!」

 衣笠の指令で、四人はゼットガンでロブスターゼーフェルにエネルギー弾を打ち込んだ。ロブスターゼーフェルは機敏にこれを躱したが、頭部の一部に四発のエネルギー弾が同時に中った。

"ZE!"

 ロブスターゼーフェルの頭部を覆う甲殻に穴が空いた。

「クォノ、クァリア、クァエスゾ・・・」

 驚くべし、ロブスターゼーフェルは片言ながら日本語を喋ったのだ。

 ロブスターゼーフェルは分悪しと見て、尻を突き出して猛烈な速さで後ろ向きに逃げ去ってしまった。ゼンゼ達は追ったが、すでにロブスターゼーフェルの姿は無かった。


 ゼンゼはゼンゼフェルの鍔を折り畳み、ゼンゼンを解除した。

「最強の奥義が効かなかった・・・」

 ゼンゼはしばし呆然と刀身を見つめていた。彼は剣を鞘に収めると、老人ホームの出口に向かって歩きだした。

「どこに行くんだ」

 唐井は訊いたが、彼は何も答えなかった。

「おい、ゼンゼ!」

 去りゆく彼の背を見ながら、権守は唐井を諭して言った。

「どこに敵の耳があるか分からないこの場所では、黙秘が至極合理的な判断よ」

「なるほど」



 人里離れた足柄山中腹の荒れ果てた豪邸の大広間に、逃げ果せたロブスターゼーフェルが入ってきた。ロブスターゼーフェルはひれ伏した。

「ゴサンクェノ、ミナサン、クォンニティアデス」

 三つある豪奢な椅子のうち、向かって右側に左側に座る長身痩躯の男が大喝した。

「何が『こんにちは』だ、ガラクタめ!負けておめおめ帰って来おって」

 向かって右側に座る筋肉質な男は立ち上がり、大きな鉾を手に執って、刃先をロブスターゼーフェルに向けた。

「無能は鋳溶かして新たなゼーフェルの材料にする」

「ユ、ユルス、クダサェ!トゥギア、クァナラズ、ヤトゥオ、タオスデス!」

 そう言って土下座するロブスターゼーフェルを、筋肉質な男は罵った。

「見苦しい。命乞いは生命体の所業だ」

 そのとき、中央の席に座る若い女は筋肉質な男を制した。彼女は威風堂々と言った。

「今の言葉に偽りは無いな?」

「ゼ、ゼー!」

 女は長身痩躯の男の方を向き、言った。

「こやつの防御力を強化できるか?」

「改造手術に耐えられれば、の話ですが」

「よろしい。どうせ防御力と逃げ足しか取り柄のない不良品だ」

 長身痩躯の男は大鎌を手に、怯えるロブスターゼーフェルに迫った。

「一度中級ゼーフェルの中身を見てみたかったんだ」


 足柄山中に、ロブスターゼーフェルの絶叫が響き渡った。


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